29「ウルとの時間を過ごしました」①
「……いつの間にか寝ていたんだ。んーっ、結構な時間寝ていたみたいだな。体が痛い」
ベッドの中で目覚めたサムが、体を起こして背伸びをする。
ナジャリアの民の集落を壊滅させたところまでは覚えているのだが、屋敷に戻ってからの記憶がない。
きっと心身ともに限界がきてしまい、寝てしまったのだろう。
まだ寝たりないのかあくびを噛み殺すと、くすり、と誰かが笑う声がして、横を向くと、
「おはよう、サム」
師匠のウルがベッドの横に座り、微笑んでいた。
「ウル、おはよう。……よかった」
「ん? なにがよかったんだ?」
「目覚めてみて、ウルがいてくれてよかったって思ったんだ」
サムがウルと再会してから一日と経っていない。
実は夢でした、などもあり得た。
実際、サムは今までウルと再会する夢を見て、目覚めて落胆することを繰り返している。
今回もまた夢ではないか、と疑ってしまうのも無理はなかった。
とはいえ、ナジャリアの民を滅ぼし、古の魔王レプシーと戦うなど、濃厚すぎる夢などそうそう見ることはないだろうが。
「まったく、お前は師匠離れができない子だな。いずれ別れはくるんだから、もっとしゃんとしろ。それに、お前は婚約者がいて、子供もできたんだぞ。いつまでも甘ったれじゃこまるだろ」
「それはそうだけどさ」
「魔王を倒すほどの力を持っているのに、心はまだまだ未熟な子供だな。もっと大人になれ」
「そんなことはないと思うけどね」
子供と言われ、頬を膨らませて不満を表すサムにウルが笑う。
「ほらみろ、今だって子供のようじゃないか。精神なんて肉体に引っ張られるんだよ。お前の心がいくつでも、この世界のサミュエル・シャイトはまだ十四歳のガキだ。その通りにしか生きられないに決まっているだろ」
「――え?」
「どうした?」
ウルの言葉に唖然としてしまった。
硬直するサムにウルが声をかけるが、返事する余裕などない。
(――まさか、ウルは)
緊張を覚えながら、サムは恐る恐る口を開いた。
「もしかして、ウル、知ってる?」
「なにを?」
「俺のこと。えっと、なんていうか」
『転生者』という言葉を出していいものかと悩んでいると、ウルのほうからため息混じりに言われてしまった。
「もしかして、お前は転生者だということを隠していたのか?」
「うっそぉ」
なんだ、そんなことか、みたいな感じで言われてしまい、驚いたのはサムのほうだ。
隠していたわけではないが、自ら言うこともしなかった。
それは敬愛する師匠であるウルでも変わらない。
しかし、どうだ。彼女はすでにサムが転生者だと知っていた。
「言っておくが、会ったときに、お前のことを診てやっただろ。そのときから知ってたぞ。まあ、さすがにスカイ王国王族の血を引いているとまでは見抜けなかったがな」
「いやいやいや! そんな早くから知ってたの!? 言ってよ!」
「そんなに慌てることか? あ、まさかお前、転生者だって知られたくなかったのか?」
「そうじゃないけど、そんななんでもない風な態度に戸惑ってるよ! もっとこう別の反応があるんじゃないの? 自分で言うのもなんだけど、転生者だよ! 転生者!」
サムの記憶が正しければ、はじめて会ったときだってウルが驚いていた様子はない。
「転生者だからってなんだって言うんだ? お前みたいな奴はときどきいるし、大した問題じゃない」
「そうなの?」
「お前の前世がどこの誰で、何年生きていた経験と記憶があっても、それは別の人間のものだ。今、私の目の前にいるサミュエル・シャイトのものじゃない。お前はここにいる。大切なのはそれだけだ」
「――なんだかウルらしいね」
どこかほっとしていた。
ウルに限ってありえないことだが、転生者だから彼女の態度が変わるかもしれないと言う恐れがなかったわけではない。
だが、そんなサムの小さな不安が杞憂だったとわかり、肩の力が抜けた。
「というか、お前の言動は見た目通りの年相応だぞ」
「えー? そうかな?」
「うん、ガキだ、ガキ。前世の記憶があろうと、気にすることはないよ。お前は、今のお前でいいんだ」
手を伸ばし、くしゃりと頭を撫でてくれる師匠に、サムは笑顔を浮かべ礼を言った。
「――ありがとう、ウル」
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