27「魔王たちの動きです」①
サムたちが暮らす、大陸東部から遠く離れた大陸西部。
吸血鬼たちが住まう、夜の国と呼ばれる小国があった。
吸血鬼をはじめ、獣人たちが生活をするこの国は、昼も夜も明るく賑わっている。
彼らの生活は人間とそう変わらない。
街並みも、人間の国と大差がない。
違いがあるとすれば、夜の国で貴族と呼ばれる存在は力のある吸血鬼であり、王が魔王ということだ。
ここ夜の国は、鮮血の魔王ヴィヴィアン・クラクストンズが支配する吸血鬼の国なのだ。
大陸西部から南部と北部の一部にかけて七人いる魔王のひとりである。
彼女の肩書は王だが、夜の国への関わりは少ない。
夜の国は、あくまでも魔王ヴィヴィアンの守護と支配を求めて集まった者たちによって作られた国でしかない。
国の運営は始まりの吸血鬼であるヴィヴィアに近しい貴族たちによって行われていた。
この国のルールはシンプルだ。
魔王ヴィヴィアン・クラクストンズを主人として崇めること。
魔王ヴィヴィアン・クラクストンズを裏切らないこと。
住民たちは定期的に血液を納めること。
種族による、差別、迫害をしないこと。
以上のことに、住民たちが決めた細々とした決まりがあるだけだ。
夜の国には、人間も暮らしている。
もともと大陸西部にいた人間もいれば、他の大陸からなんらかの事情があって移り住んできた者など多い。
だが、夜の国は、彼らを快く受け入れていた。
ゆえに、この国では、吸血鬼も、人間も、獣人も、安定した生活を送ることができる。
モンスターに怯えることなく、食うに困ることなく、権力に怯えることなく、健やかな暮らしを送ることができていた。
そんな夜の国の一角に、古い屋敷があった。
二階建ての、そう大きくない屋敷だ。
小さな庭と、手入れの行き届いた薔薇園、そして、放し飼いにされている魔獣たち。
そんな屋敷の中に、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズがいた。
「――あら、レプシーが死んだわ」
鈴を転がすような声が、暗い部屋の中に響いた。
わずかに部屋に差し込む月明かりだけが、室内を照らしていた。
「まさか、あの子が死ぬなんて。――よかったわね」
少女のものにしか聞こえない高めの声のはずが、まるで母のような慈しみを感じさせた。
声の主こそ、魔王であり、千年以上を生きる始まりの吸血鬼である。
「家族と会えることを祈っているわ」
月の輝く夜空にそう願うと、魔王は手にしていたワインの注がれたグラスを掲げ、飲み干した。
悠然と振る舞う魔王であるが、そんな彼女の外見は、幼い少女のそれだった。
おそらく、街ですれ違っても、彼女を魔王だとは思わないだろう。
だが、幼い少女の姿であろうと、魔王は魔王である。
なによりも、魔王ヴィヴィアンは、七人いる魔王の中で一、二を争う強さを持つ魔王だった。
眷属の吸血鬼でさえ、恐れ、神のごとく崇めるヴィヴィアンがその気になれば、大陸の地形を変えることすら容易い。
「いい夜ですね、魔王ヴィヴィアン・クラクストンズ」
「あら、最初に訪ねてきたのは貴方なのね、遠藤友也」
「こんばんは。あと、お久しぶりです」
ヴィヴィアンの部屋に、音もなく転移してきたのは、黒い詰襟を着た十代後半の少年だった。
黒髪と、まだ子供のような印象を受ける容姿を持ち、人懐っこい笑顔を浮かべたとりわけ目立つ印象のない少年だ。
「そうね、十年くらい顔を合わせていなかったわね。元気だった?」
ヴィヴィアンは、久しぶりに会えた友人を歓迎し、手ずからテーブルにあるグラスを取りワインを注いだ。
「おかげさまで。僕は、あなたと違って王じゃありませんので、のんびりした日々ですよ」
「そんな貴方が、真夜中に私の部屋を訪ねてきたのは、どんな御用?」
「もうお気づきでしょうが、魔王レプシーが死にました。今度こそ、完全に、です」
「ようやく、ね。少しだけ、安心したわ。ひどいと思うかしら?」
「いえ……僕も彼が無事に家族のもとへ旅立てたことに安堵しています」
「レプシーは貴方と仲がよかったものね。出会いは最悪でも、時間をかけて親友となった。そういえば、あの子の奥様はあなたとの縁だったわね」
過去を懐かしむように目を細めながら、ヴィヴィアンがグラスをそっと友也に渡す。
ふたりは音を立てず、亡きレプシーに乾杯した。
「しんみりしたくて来たわけじゃないんです。困ったことがあるので、ヴィヴィアンのお力を借りようかと思いまして」
「なにかあったの?」
「実は、お馬鹿な魔王ふたりが、レプシーを倒した人間に会いに行くと騒ぎはじめました」
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