11「オルドと戦います」①
書籍化決定!
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墓所は開けた場所だった。
「まさか王宮の地下にこんな広い場所があったなんて」
サムはぐるりと見渡しながら、感心した声を出す。
もっと小さな部屋のようなものを想像していたのだが、百人くらいなら余裕で墓所の中で運動できる、なんてことを考えてしまうほど広さがあった。
よくもこれだけの施設を、どのくらいの年月か不明だが長々と隠し通せてきたものだと思う。
それだけ、魔王の存在を秘密裏にしたかったのだろう。
「ふむ、魔王の亡骸のせいか、それともこの場所の特性なのか、魔力に満ち溢れているな。これなら私も万が一の時には十分すぎるほど戦えるな」
ウルは墓所に溢れる魔力を確認し、最悪の場合に備えてくれていた。
「ねえ、ウル。あれって」
「ああ、禍々しい魔力を感じるな。というか、棺が鎮座しているんだから、あれに干からびた魔王でも入っているんだろうさ」
ふたりの視線の先、墓所の最奥に厳重に守られた棺があった。
魔王レプシーの亡骸が眠っているのだろう。
棺を囲うように魔法陣が幾重にも描かれており、四方に強い力を感じる長剣が突き立てられている。そして、剣と剣を、おそらく女性の髪で編んだと思われる紐で結ばれていた。
「魔法、呪法、聖術、使えるものは使えるだけ使っている感じか。さぞ、魔王が恐ろしいらしい。私の体調が万全なら、ナジャリアの民など待たずに魔王を起こして戦いたいんだが」
「……ウルよ、それでは私の一族のしてきたことが無駄になるからやめてほしいのだが」
「冗談ですよ。冗談」
「……私には本気に聞こえたぞ」
ウルの物騒な言葉に、クライドが顔を引きつらせた。
彼女は冗談と言うも、隣で聞いていたサムにも本気に聞こえた。
「陛下、ウルリーケ、サム。――客人です」
墓所に降りてきてから静かだったギュンターが侵入者が来たことを告げた。
どうやらこちらに誘導するために結界術を操作していたようだ。
「では、出迎えるとしよう。そして、今日、この場で、ナジャリアの民と決着をつける。サム、ウルリーケ、ギュンター、頼んだぞ」
三人が静かに頷いた。
同時に、階段を降りてくる足音が聞こえてくる。
クライドは、待ち構えるように一歩前に出た。
サムもウルもいつでも攻撃をできるように身構え、ギュンターはクライドを守る結界を厳重に張り巡らせてた。
しばらくして、白装束に身を包んだ体格の良い中年男性が墓所に現れた。
金細工を下品に体のあちらこちらに身につけ、ジャラジャラと音を鳴らしている。
「……奴がナジャリアの民の長だ」
ウルがそう呟き、サムはまじまじと男を凝視する。
魔力はそれなりに感じ取ることができるが、自分やかつてのウルほどではない。
ナジャリアの民が、魔法使いなどを食らうことで力を得る信仰があるようだが、長がこの程度なら所詮は狂った民間伝承に取り憑かれていた哀れな一族だということだ。
魔法使いとして強く、スカイ王国を長年苦しめてきたと聞くが、それほどの強さを感じない。
もちろん、力を最低限まで隠している可能性もないわけではないが、サムの目にはそんなことをしているようには見えなかった。
そもそも、男の表情に、余裕など見えないのだから。
「ようこそ、スカイ王国王宮へ。ナジャリアの民の長よ、歓迎しよう」
「……これはこれは、クライド・アイル・スカイ国王陛下。お目に掛かれて光栄だ。それに、ギュンター・イグナーツ、サミュエル・シャイト、そして忌々しいウルリーケ・シャイト・ウォーカーめ」
「や、おひさ。元気だった?」
憤怒の形相でウルを睨むナジャリアの長に、彼女はわざとらしく手を振って見せる。それが、ナジャリアの長の神経を逆撫でしたのだろう、表情がより険しくなったのがはっきりと見て取れた。
「ふざけたことを言いやがる! 貴様のせいで、我が一族は壊滅したも同然だ! 戦士たちが全て殺され、戦えない女子供と、なにもできないくせに口だけは出す老害だけしかいない!」
「そりゃご愁傷様。だけど、自業自得だから、同情できないね。あと、お前らみたいな狂った化け物が滅んでも誰も困らないから」
「貴様のせいで、あと数年かける俺の計画がすべて台無しになった! このツケは、必ず支払わせてやる!」
相当余裕がないらしく、ウルの軽口にも過剰に反応してしまう。
そんな姿を見て、サムは嘆息した。
(スカイ王国を苦しめてきたナジャリアの民の長……どんな人間が現れるかと思いきや、ただの余裕のないおっさんか)
「さて、ナジャリアの民の長よ」
「オルドだ。俺の名は、オルドだ。覚えておけ。この国に引導を渡す者の名だ!」
「そうか、オルドよ。そなたの目的は全て知っている。吸血王レプシーの復活はさせぬよ」
「――サミュエル・シャイトの存在も、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーを利用しようといたのも大きな失敗だったが、一番の誤算だったのが、無能な国王だと思っていた貴様が、こちらの事情をすべて知っていたことだ」
「私の目的は、最初から一貫している。そなたたちのように、魔王を復活させようと目論む者たちを排除するだけである。それが我が一族の役目なのだ」
クライド・アイル・スカイの評価は人によって違う。
善政を敷くよき王だという声から、貴族派をのさばらせている愚か者。
悪い王ではないが、決して良い王ではない。そんな声がある。
概ね民からの人気はあるが、貴族たちからは少々舐められている、そんな王だった。
「貴族派貴族に舐められようと、国に我が一族への内通者や協力者がいようがお構いなしってわけだ」
「構いはするが、所詮はとるに足らない人間ばかりだ。王としては失格なのかもしれないが、奴らは利用させてもらった。おかげで、こうして、今、私の目の前にそなたがいる。……いや、ウルリーケとサムのおかげであるな。だが、少なくとも、これで墓守としての役目を果たすことができる」
「俺が負けるとでも思っているのか? サミュエル・シャイト、ギュンター・イグナーツ、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの三人を相手にするのは苦労しそうだが、俺はこれでもナジャリアの民の長だ。先日、この国を襲ったアナンの数倍は強いぞ」
「それは楽しみだ」
オルドの魔力が高まったことで、サムがクライドを庇うように前に出た。
「お前の相手は俺がしてやる」
「サミュエル・シャイトか。すべてはお前がこの国に来てから、面倒なことになった。俺たちの協力者を悉く破滅させたのも貴様だ! 命を持ってして償わせてやろう!」
「どいつもこいつも向こうが突っかかってきたんだけどねぇ。ま、いいよ。俺もぜひあんたにお礼をしたかったんだ」
「礼だと?」
「ウルの墓を掘り返し、亡骸を奪い、挙げ句の果てに吸血鬼の出来損ないに転化しやがったじゃないか。こうしてウルと再び言葉を交わせることには感謝しているが、あんたはウルを冒涜した。許せない」
「――はっ! 我が一族の長年の秘術を受けながら、祭壇を破壊したウルリーケのせいで、我らが転化できなくなってしまった! もう我らには、魔王を復活させ、あの方から直接転化させていただく以外の方法はないのだ!」
唾を飛ばすオルドに、サムは不思議そうな顔をした。
「そんなに人間以外になりたいのか?」
「お前のような小僧にはわかるまい。いや、生まれながら規格外の魔力と魔法の才能、そして強力なスキルを持つお前にはわかるはずがない! 俺たちのような普通の人間は、人間という種族を捨ててでも、高みに登りたいのだ!」
「なにが普通の人間だ。人食い族が、普通のはずがないだろ。お前たちは、十分に人外だよ」
「我が一族を侮辱するのか!」
「いや、心から嫌悪している。こうして言葉を交わすことさえ、不愉快だ。お前の口から、血の匂いがすると思うだけで吐き気がこみ上げてくる」
サムの挑発に、オルドは青筋を立てて激昂する。
彼が高めていた魔力の質が悪くなっていくのがわかった。
「国王様は墓守としていろいろあるんだろうけど、俺は違う。俺は、ウルを侮辱したお前たちを決して許さない。さあ、戦おうぜ、オルド。俺の本当の力を見せてやる」




