31「新しい師匠ができました」①
サムがウォーカー伯爵家に滞在して一週間が経過した。
その間に、ウルの葬儀が行われた。
葬儀はサムとウルの家族のみの慎ましいものだった。
元宮廷魔術師であったウルは王家の覚えもよかったことから、お悔やみの言葉が届けられた。
他にも生前、親交があった魔法使いたちも、ウルの死を知り悲しんだ。
「サム殿も大変だっただろう。しばらくゆっくり休みなさい」
ウォーカー伯爵家当主のジョナサンに気遣われたサムは、この一週間、間借りしている部屋で大人しくしていた。
ウルから受け継いだ魔力を感じ取る訓練や、彼女の知識、魔法、そしてスキルをどれだけ使いこなせるのか確認できる作業を繰り返していた。
途中、伯爵夫人のグレイスや、次女リーゼがお茶の誘いや、生前ウルが使っていた部屋に案内してくれたりもした。
ウルの部屋の鍵を渡され、自由に出入りしていいと許可をもらったので、時間があるときは彼女の部屋に行き、ウルを思い出すことをしている。
興味深かったのは、ウルが集めていた魔導書や魔導具だ。
コレクターだったのか、結構な数が本棚に所狭しと置かれていた。
また彼女の部屋には大量のウイスキーと煙草があった。
サムと出会った頃は病魔に侵されていたので、酒も煙草も絶っていたようだが、聞けば、かなりの酒豪でヘビースモーカーだったらしい。
ウルの知らない一面を知れたことに感謝した。
そんな一週間はあっという間だった。
「……はぁ」
サムは部屋の中でため息をついていた。
その理由は、この一週間で、自身がウルから受け継いだすべての半分も使えないことを知ったからだった。
まだ十四歳という歳若く成長過程のサムでは、才能溢れ成熟した魔法使いだったウルのすべてを使いこなすには未熟すぎたのだ。
そもそも、サムはまだ自分の魔法も十全に使いこなせているわけではない。
そんな状態で、一国の宮廷魔法使いの立場にいた優れた魔法使いの技術を使えるはずがないのだ。
「問題なく使えるのは、アイテムボックスだけか」
幸い、継承したウルのスキルは使いこなすことができる。
と、いっても、亜空間に物を入れたり出したりするだけなので使えないはずがない。
いろいろ試してみた結果、アイテムボックスに入れたものは、保存状態がそのまま維持されるということだ。
例えば、熱々の紅茶を水筒に入れてアイテムボックスに放り込んでおけば、いつでも熱々の紅茶を楽しむことができる。
これは食料の保存にも適していると思われた。
逆に、ワインやウイスキーのような時間をかけて成熟させたいものには向いていない。
もちろん、酒類でも完成された商品を保存しておくのなら問題ない。
「アイテムボックスって便利だな。さすがファンタジーの王道的なスキルだ」
アイテムボックスさえあれば、異世界を巡る冒険は楽になるだろう。
実際、ウルと旅していたときは彼女に荷物を預けるだけでよかったので、楽だった。
「ウル、ありがたくアイテムボックスを使わせてもらうよ」
最愛の師匠に感謝しながら、スキルだけではなく早く継承した魔法も使いこなせるようになろうと誓う。
まだ未熟なことは恥じるばかりだが、目標ができたことはいいことだ。
最終目標は最強の魔法使いだが、その前にウルの魔法を十全に使えるようになろう。
それが自分の成長でもあり、ウルの願いでもあり、なによりも最強に近づく一番の道だと思えた。
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる。
「はい」
「リーゼよ。入っていいかしら?」
「もちろんです。どうぞ」
サムは扉に駆け寄り、リーゼを部屋の中に招いた。
尋ねてきたリーゼは、変わらないパンツルックだったが、いつも以上に動きやすそうな格好をしていた。
「リーゼ様?」
「あのね、葬儀のあとにお姉様が残してくれた手紙を読んだの。そこにね、サムのことを鍛えてあげてほしいって書かれていたわ」
「リーゼ様が俺をですか?」
サムの記憶が正しければ、リーゼは魔法使いではない。
ならば、彼女からなにを鍛えてもらうというのだろうか。
「サムは剣術の才能がないんですってね」
「残念ながらそうみたいです」
もっと正確に言うと、武器武具全般が壊滅的に使えない。
「でも、徒手空拳ならそこそこ使えるみたいじゃない」
「はい。ウルから実戦形式で叩き込まれましたから」
「お姉様はサムのことが本当に可愛かったのね。あなたのことばかり書いてあったわ。そして、心配もしていたの」
「ウルが、俺を心配ですか?」
リーゼが頷く。
「お姉さまは魔法ではとても優れていたけど、体術などは魔法ほどじゃないわ。魔法抜きで戦えば、私のほうが強いもの」
「――え?」
思わず耳を疑った。
サムの知る限り、ウルは魔法を使わなくても強かった。
特別な流派や型などの武術を学んだわけではないが、あくまでも戦闘に必要な実戦によって培われた強さがあった。
その実力は、身体強化魔法を使ったサムが容易く捻られるほどだ。
そんなウルよりも強いと言う、リーゼの実力がどうしても想像できなかった。
「お姉様の願いはひとつだけよ。魔法は託したから、それ以外の戦いを私に叩き込んでほしいとのことよ」
「えっと、つまり?」
戸惑うサムに、リーゼは生き生きとした笑顔を見せた。
「今日から私もあなたの師匠よ。さ、庭にいきましょう」
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本年最後の投稿です。来年も本作をよろしくお願い致します!