10「侵入者です」②
真夜中に、突如として現れた侵入者。心当たりはひとつしかない。
「おいおい! 結界はどうした! まさか、今も緩めていたのか!」
サムが驚いたように声を荒らげると、ギュンターが首を横に振った。
「いや、そんなことはしていないよ。驚くべきことに、こじ開けられた。こんなことは初めてだよ」
「まずいな」
「このタイミングで、か。ま、ナジャリアの民が、なりふり構っていられなくなって単身で突貫してきたんだろうさ」
サムもウルに同感だった。
もうナジャリアの民には後がない。
長以外がウルに倒された以上、自棄になって単身乗り込んできても不思議ではない。
「陛下、ウルリーケの言うようにナジャリアの民のようです。長かどうかは僕には判断できませんが、少々厄介そうな男です」
「誘導しろ。ちょうどいい、今日でナジャリアの民と決着をつけよう」
「かしこまりました」
ギュンターが指を鳴らすと、王宮を覆っている結界の質が変わった。
「ご家族のお住まいは厳重に結界を施しました。外部からの侵入も、内部からも出入りは不可能です。近衛兵をはじめ、残っている文官たちすべてをこちらに近づけないようにしました」
「感謝する」
「ただし、これで僕は魔力の全てを結界に割きましたので、戦えないと思ってください」
「承知している。そなたは結界を維持してくれ」
「かしこまりました」
ふぅ、とクライドが息を吐き出した。
「これで王宮にいる者は安全だ。あとは、ナジャリアの民の長と決着をつけるだけだ」
クライドは、足を止めず地下へと進んでいく。
「さて、私たちは墓所に向かおう。王宮で一番堅牢な場所だ。そこでなら存分に戦える。正直に言えば、ナジャリアの民を魔王の墓所に入れることは躊躇いがあるが、魔王の存在を公にはしたくない」
ナジャリアの民を墓所に入れることはリスクが大きいが、魔王の亡骸を封印している事実を隠しておきたいクライドは、苦渋の決断をした。
「リスクが大きくないですか?」
「わかっている。だが、最悪の場合、私が一番力を使える場所が墓所なのだ」
「最悪の場合って、魔王の復活ですか?」
「その場合も含めて、王家の力を完全解放できる場所が好ましい。おそらく、私の力では、仮に魔王が復活したとしても先祖と同じように滅ぼすことはできない。封印がせいぜいだろう。で、あるなら、魔王の存在を知られたくないのだ。第二のナジャリアの民が現れても困るのだ」
「それは、わかりますが、しかし」
サムとしては不安が残る。
助言を求めようとウルに視線を向けると、彼女はサムとは違い平然とした顔をしていた。
「なんだ?」
「いや、あのさ、今って結構な緊急事態だと思うんだけど、もっと焦るなり慌てるなりしない!?」
「なんだ、そんなことか。焦ってどうする。慌ててどうする。もう敵が来たんだ、迎え撃つでいいじゃないか」
「そんな簡単な」
「なにを言っているんだ? 物事なんて簡単だ。敵は倒せばいい。それだけだ」
(そういえば、ウルはこういう人だったなぁ。今まで少しでも敵対した奴らはみんなぶっ飛ばしてきたからな)
「それに、私は別に陛下やお前たちのように悲観したりしない。ナジャリアの民の長が侵入したなら倒せばいい。魔王が復活したのなら、それも倒せばいい。それが、私たち魔法使いのすべきことだ」
「そりゃそうだけど」
「あとな、サム」
「うん?」
「お前が戦え」
「え?」
「私には魔力がない。戦えないわけじゃないが、今のサムは私より強い」
「そんなことは」
「いや、すでにお前は私を超えている。それに、先ほど調節したから、スキルも本来の力として使える。見せてやれ、サミュエル・シャイトの強さを」
信じているぞ、と言ってくれたウルに、サムはもう弱音を吐くのをやめた。
(そうだ。ウルには残された時間が少ないんだ。なら、俺がどれだけ成長したのか見てもらいたい。そのためなら、ナジャリアの民でも魔王でも戦ってやる)
「サムよ、すまないが任せてもいいか?」
クライドの言葉に、サムが頷いた。
「国王様には言いたいことがありますが、この国には大切な人たちがいますので、尽力させていただきます。それに、俺は宮廷魔法使いですから、国のために喜んで戦います」
「……頼む」
「はい。それに、俺の全力を使ういい機会です」
魔王の亡骸だの、復活を企むなど、予想外の展開が続くが、サムがすべきことはウルの言うようにシンプルだ。
――敵は倒す。
それだけでいい。難しいことは立場のある人たちに任せよう。
とりあえず、サムは、ウルの亡骸を一度でも奪い、人間以外に転化させたナジャリアの民の長を倒す。
そう決めた。




