9「侵入者です」①
王宮内を先導するクライドのあとを、サムとウル、そしてギュンターが静かに追っていた。
時折、近衛兵が四人に気づき、何事かと驚いた顔をするものの、クライドが「問題ない」と一言言えば、彼らは頭を下げるだけだ。
まさか王宮にある魔王の墓所に案内している最中だなどと夢にも思うまい。
人気がなくなり、王宮の中でも人が出入りすることを禁じられているエリアに入ると、今まで黙っていたクライドがおもむろに口を開いた。
「もともと余は、自らのことを国王などと思ったことはない。余は、いいや、私はただの墓守なのだからな」
サムは、初めてクライドが自分のことを「私」と言ったのを聞いた。
「私の先祖は、異世界から遣わされた異世界人だったと伝えられている。真偽はわからぬがね」
「まさかの異世界人ですか」
とある少年のことを思い出してサムとギュンターが嫌そうな顔をした。
最近聞いた話だと、オークニー王国は大変なことになっているらしい。
葉山勇人が手を出した女性たちの妊娠騒動から、王位を譲られた新王がヴァイク元国王を斬り捨てるなど、賑やかのようだ。
まだ向こうの国にいる霧島薫子が気になるが、今は魔王の話に集中することにした。
「大陸が戦争ばかりしている時代だった。異世界から遣わされたのは、葉山勇人のような愚かな人間ではなく、ごく普通の、戦いとは無縁の少年だったらしい」
「それはまた難儀な。どこのどいつが遣わしたのか知りませんが、ひどい話ですね」
「違いない」
ウルの同情を含んだ声に、クライドが苦笑した。
異世界で生活するなどと聞くと、心が踊るかもしれない。
実際、サムもそうだった。
だが、漫画や小説のようにはいかないのが現実だ。
怪我をすれば痛いし、病気は辛いし、娯楽もネットもなにもない。
かつて生活していた日本が天国だと思えるほど、異世界というのは実際に生きてみると辛い。
サムはそんな中、魔法を見つけ、ウルと出会ったおかげで、こちらの世界の人間として生きていけた。
しかし、戦争真っ只中の時代を、ただの学生が生き抜くには厳しいものがある。
葉山勇人のように特典みたいなものがあったとしても、普通の神経であれば、心身共に辛いはずだ。
「彼を召喚したのは、スカイ王国の前身となる国の聖女だった。聖女は勇者を支え、共に成長し、強くなっていった。そして、戦争の原因とも言える最悪の魔王吸血王レプシーと戦い、見事勝利した」
「勝利した、ね」
「そう、あくまでも倒しただけだ。滅ぼすことはできなかったのだ。それでも快挙だったらしい。だが、問題もいくつか残った。滅ぼせてない以上、復活は間違いない。ならばどうする?」
「どうするって言われましても。滅ぼせなかったから、封印したってことですよね?」
「そうだ。少年は、魔王が復活し再び大陸に戦火を広げないよう、封印した。そして、墓守となったのだ。少年と聖女はその後結ばれ、ふたりを慕う仲間たちが国を造った。それが、スカイ王国だ」
まさかスカイ王国を建国した人間が異世界人だとは思わなかった。
しかも、魔王の墓守となったことがきっかけだったとは、安易に想像できることではない。
「以来、ずっと魔王が封印されているんですね?」
「その通りだ。私の役目は、魔王の亡骸を見張り、魔王を復活させようと企む輩を排除することだ」
「……ナジャリアの民ですね」
「そうだ。サムよ、そなたは不思議に思ったことはなかったか? 王宮はギュンターとその部下が張った結界に守られている。しかし、先日、ナジャリアの戦士アナンは易々と進入した。無論、手引きした我が国の貴族もいたことはすでに把握しているが、少し簡単すぎただろう」
「――まさか」
「奴を王宮に招き入れたのは私だ」
言葉がなかった。
まさか国王自らが、敵対者を王宮内に招き入れるとは思いもしなかった。
「……どうしてですか?」
「まず、奴らの集落を突き止めたかった。犠牲が出ることを承知で、私は墓守としての役目を遂行しようとした。王としては失格だが、魔王を復活させようとする者たちはすべて排除しなければならない」
「民やご家族を危険に晒してでもですか」
「民や家族を危険に晒してでも、だ」
サムとしては、ふざけるな、と声を大にして言いたかったが、今はやめておいた。
思うことは無論ある。
ステラをはじめ、王宮には大切な人たちがいた。あの時、万が一のことがあれば、と思うとゾッとする。
「無論、複数の手は打ってあった。なによりも、万が一のことがあれば、私自ら戦っただろう」
「国王様が?」
「私は、王宮内限定ではあるが、代々王家に伝わる力を使うことができる。これは、墓守となる国王に受け継がれる力だが、時間こそ限られてしまうが魔王を倒した先祖と同等の力を発揮することができる」
「そんな力が」
思い返せば、クライドはアナンに護衛も着けずに近づき言葉を交わしていた。
万が一、アナンが牙を向けば、対処できる自信があったのだろう。
「しかし、予想外のことが続いた。それが、サム、そなただ」
「俺ですか? もしかして、アナンを殺したのはまずかったってことですか?」
「そういう意味ではないよ。今まで、ナジャリアの民に対する戦力がいなかった。事情こそ伝えていないが、ウルやデライトという力ある魔法使いがいたが、それだけでは不安だったのだが、そんなときにそなたが現れた」
「俺なんて役に立っていませんよ。アナンにも不意をつかれました。それに、大活躍したのはウルでしょう。ナジャリアの戦士をみんな倒したみたいですし」
「それも想定外であった。私は、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの力を見誤っていたようだ。……本音を言わせてもらうと、まさかウルが生き返るとは夢にも思っていなかったがな」
違いない、とサムも思う。
ウルの復活は想定外だった。
おそらくナジャリアの民にとっても同じだっただろう。
利用しようとしたウルが、まさか自分たちの拠点を破壊し、戦士まで亡き者にしてしまうとは思わなかったはずだ。
せいぜい、死者を冒涜しようとしたことを後悔すればいい。
「今まで、私以外の墓守も、多くの犠牲を出しながら、魔王復活を企む者を滅ぼしてきた。平穏な時代もあったようだが、残念ながら私の代ではナジャリアの民が立ち塞がった。おそらく、魔王の亡骸を我が国が封じている限り、同じような争いは延々と続くのだろう」
クライドは、嘆息混じりの言葉を吐き出すと、手入れのされていない廊下の壁に手を当て、魔力を流した。
すると、壁に扉が現れた。
「この先が魔王の墓所だ」
扉を開けると、地下に続く階段があった。
クライドが先頭に、埃の匂いが充満する階段を降りていく。
すると、
「陛下、お話中、失礼します。――侵入者です」
ギュンターが結界に何者かが引っかかったと告げた。




