2「驚きの再会です」
スカイ王国王都の墓地から、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの亡骸が何者かに奪われて一週間が経った。
犯人はわかっていないが、王宮はナジャリアの民が襲撃したタイミングと同じだったことから、ほぼ特定はしていた。
ただし、問題はナジャリアの民の集落がわからないということだ。
ジョナサンは、魔法軍を動かしナジャリアの民を追っている。
今までにあった目撃証言からおおよその住処を割り出し、手当たり次第にするらしい。
すでに信頼できる部下が五十名の魔法使いを率いて捜索に乗り出していた。
ウルの死を冒涜されて怒り狂ったのは、なにも家族だけではない。
ウルに偏愛を抱くギュンター・イグナーツは、自分の役目を放棄してでもナジャリアの民を見つけようとしたのだが、婚約者のクリーがうまく宥めたおかげで暴走せずにすんだ。
他ならぬ、ウォーカー伯爵家の面々が怒りを抑えていることが、冷静になるきっかけにもなったようだ。
そして、この一週間いつも通りに日々を送るのは、ウルの唯一の弟子であるサミュエル・シャイトだった。
当初、ウルの亡骸を奪われたことで、激怒したものの、今では落ち着きを取り戻して、なんでもないように振る舞っている。
しかし、彼の婚約者であるリーゼたちには、サムが怒りを押し殺しているのが容易に理解できていた。
その証拠に、つい先日も、名のある盗賊が王都近くの街を襲うという事件があったのだが、宮廷魔法使いとして派遣されたサムは、盗賊を瞬殺した。
五十人いた盗賊が、老若男女問わずたった一撃ですべて平等に両断されたのだ。
ウォーカー伯爵家に戻ってきた彼は、いつものサムだった。にこにこと笑い、優しく、素直な少年だ。しかし、いつかその胸に抱いている怒りが爆発するのではないか、と婚約者たちは心配していた。
そして、今日もサムは普段のように生活していた。
食事、軽い運動、魔法の鍛錬、婚約者の紫・花蓮と雨宮水樹と手合わせをする。
アリシア・ウォーカーと一緒に子竜の世話を焼き、ステラ・アイル・スカイ王女に手紙を書く。そして、妊娠中のリーゼの体を気遣いながら、一緒に散歩もした。
普段通りのはずが、婚約者たちの不安は消えていなかった。
一日が終わり、そろそろ就寝する時間に近づきつつあるときだった。
「だ、旦那様! 奥様! サム殿!」
門番が大きな声を上げた。
顔見知りの門番が、夜遅くにこんな大きな声を出すことはない。
緊急の何かが起きたのだと、サムが窓から飛び出した。
音もなく着地すると、屋敷の門へと走る。
「――何事ですか!?」
大声をあげた門番は、その場にへたり込んでいて大粒の汗を浮かべて動揺していた。
そんな彼の前には、ボロ布同然のローブを頭からかぶった何者かがいる。
「さ、サム殿、こ、ここ、この方が」
「うん?」
門番がローブの人物を指さすも、うまく言葉が発せられないようだった。
サムは彼を守るように前に出ると、ローブの人物と向き合った。
「……どうしてだろう、あなたから懐かしい感じがする。よろしければ、顔を見せてくれませんか? このままだとあなたを不審者として捕らえなくてはいけない。お互いにそれは望まないでしょう」
サムの言葉に、ローブの人物が少しだけ笑った気がした。
「――久しぶりだね、サム。立派になっていて驚いた。そして嬉しくもあるよ」
ローブの人物の声は女性のものだった。
「この、声は。まさか」
彼女の声を耳にした瞬間、全身に衝撃が走った。
忘れるはずがない。
忘れられるはずがない。
どれだけ彼女の声をまた聴きたかったか、何度夢に見たか、わからない。
呼吸すら止めてローブの女性を凝視するサムの前で、彼女はゆっくりローブを脱いだ。
そして、サムは自分の脳裏に浮かんでいたことが現実となり絶句する。
「まさか私と別れてから数ヶ月で宮廷魔法使い、いや、スカイ王国最強の魔法使いになっているなんて思いもしなかったよ。さすが、私の愛弟子だ」
ローブの中から現れたのは、炎のような真紅の髪だった。
少しつり目で、勝気そうな印象を与える美女がそこにいた。
彼女の名は、ウルリーケ・シャイト・ウォーカー。
サムの師匠であり、死んだはずの人物だった。
「――ウル」
「ああ、私だ。会いたかったよ、サム」




