57「戦いが終わりました」②
薫子は、婚約者たちと一緒にいるサムを見て、少し居心地悪そうな顔をした。
おそらく、訪れるタイミングが悪かったと思ったのだろう。
それでも彼女はサムに伝えることがあったのか、真っ直ぐ目を見つめると、深く頭を下げた。
「シャイト様、私のために戦ってくれてどうもありがとうございました」
「いいえ、気にしないでください。宮廷魔法使いとしてすべきことをしただけですから」
「それでも、ありがとうございました。あんな頭のおかしい男に連れて行かれたらと思うと――ぞっとします」
「でしょうね」
サムだって、薫子の立場ならナジャリアの民の集落に連れて行かれるのはごめんだ。
どんな凄惨な未来が待っているのか、想像するだけで吐き気がする。
「興味がないかもしれませんが、一応お伝えしておきますね。葉山勇人は、魔眼を失いました」
サムたちは驚いた顔をした。
葉山勇人の魔眼は、サムのスキル以外では潰すことができずにいたのだが、アナンにも同様のことができたらしい。
「食われたせいですか?」
「わかりません。あのアナンとか言う男が特別だったのでは、というお話を聞きましたが、それも確証がないそうです」
「葉山勇人はどうしていますか?」
「生きたまま目を食べられたのがよほど怖かったんでしょう。怯えてしまってベッドの中から出てきません」
「……いい薬になったようでなによりです」
「今は、ディーラ様が、そんなあいつを甲斐甲斐しく世話しています」
「まあ、そのあたりは俺にはもう関係ないということで」
オークニー王国王女ディーラが勇人に魅了されていなかったことを聞いたときには驚いた。
彼女は、彼女の意志で勇人の歪んだ欲望に協力していたのだ。
――それが愛する人の喜ぶことだからだと信じて。
愛に狂った女のことも、欲望を満たすだけに周囲を不幸にした少年のことも、サムはもうどうでもよかった。
交流会が終わったのなら、そうそうにオークニー王国に帰って欲しい。それだけだ。
「聖女様はこれからどうするんですか?」
「正直に言うと、このまま素直にオークニー王国で生活しようとは思いません」
「どうしてですか?」
「勇人はやりすぎました。どんな言い訳をしても許されることではありません。でも、オークニー王国が勝手に呼び出したのに、手が付けられないから殺そうとするという考えは嫌です。それだと、いつか私が邪魔だと思われたら殺そうとするかもしれない。一度でも、不信感を覚えてしまったら、それは消えません」
「お気持ちはわかります」
「クライド陛下が声をかけてくださいました。私は――スカイ王国に亡命します」
「おっと」
自分の寝ていた三日間にそんな話が進んでいたとは驚きだ。
だが、薫子がスカイ王国にくるのはいいことかもしれない。
王国側からしても、聖女と呼ばれるほどの回復魔法の使い手を招き入れることができるのは大きい。
薫子も、安心できる場所が与えられれば生活がしやすいだろう。
「ただ、向こうでやり残したことや、挨拶をしたい方々がいるので、一度戻ります。幸い、ヴァイク陛下も私の亡命を認めてくれましたので」
ステラが小さな声で、「スカイ王国とサム様に多大な迷惑をかけたオークニー王国側の賠償のひとつとして聖女様の引き渡しがあったそうです」と教えてくれた。
これで隣国は優れた回復魔法使いをひとり失うという大打撃を受けたのだ。
「それはよかった。スカイ王国ではなにをなさいますか?」
「聖女ではなく、ひとりの魔法使いとして働こうと思っています。紫・木蓮様のお弟子にさせていただくことも決まりましたので、回復魔法をもっと学んでたくさんの人を救えるようになりたいと思っています」
「素晴らしいお考えです」
望んでいないのにこちらの世界に呼ばれたにもかかわらず、薫子はこの世界の人のためにその力を使うと決意していた。
その志は高潔である。
ほんの少しでも、薫子のような誰かを慈しむ気持ちが葉山勇人にもあれば、彼はたとえ魅了を持っていたとしても周囲を不幸にしなかったはずだ。
それだけが悔やまれる。
「その、それですが、よ、よろしければスカイ王国に戻ってきたら魔法についていろいろご指南ください。回復魔法だけじゃなく、もっとたくさんの魔法を知りたいんです」
なぜか頬を上気させて、お願いしてきた。
サムはとくに考えずに、頷く。
「ええ、構いませんよ」
「あ、ありがとうございます! 楽しみにしていますね!」
嬉しそうにはにかむ薫子は、サムと婚約者たちに挨拶をすると、足取り軽く部屋を後にした。
残された婚約者たちは、なぜか沈黙だ。
サムは首を傾げる。
「あ、あの?」
「あの子はサムに気がある」
「はい?」
そんなことを突然言い出したのは花蓮だった。
そんな馬鹿なことを、と笑い飛ばそうとしたサムだが、それよりも早く水樹が同意した。
「そうだね。ナジャリアの民から助けてくれたサムに心奪われてしまったんだと思うよ」
「まさかそんなわけが。あはははははは」
サムは笑ってみせるが、婚約者たちが無言だった。
それがちょっとだけ怖かったのはサムだけの秘密だ。




