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306/1996

56「戦いが終わりました」①



「――――」


 目を覚ましたサムを出迎えたのは、鼻と鼻が触れ合いそうなほど至近距離のギュンターの顔だった。


「なにしてるんだよっ!」


 反射的にギュンターを殴り付けると、彼は尻餅をつき、悲しげな顔をした。


「……王子様のキスで姫が目覚めるかと思ったのに」

「誰が姫だ! いや、そういう問題じゃねえよ! 寝込みを襲うなよ!」

「――っ、そうだったね。僕としたことが、君の寝顔に胸がキュンキュンしてしまったせいで……これからは起きているときに正々堂々襲わせてもらうね」

「ちげーよ、そうじゃねーよ」

「……さて、真面目な話をすると、その様子だと元気そうでなによりだよ。なんせ三日も眠っていたからね」

「俺、三日も眠っていたのか?」


 サムは驚いた。

 ナジャリアの民の戦士アナンと戦い、彼を一刀両断したことまでは覚えている。

 その後、ステラ様と会話をして、そこからの記憶がない。

 おそらく出血多量と、魔力の使いすぎで気を失ったんだろう。


「傷は隣国の聖女殿と木蓮殿が治療してくれたから痕さえのこっていないよ。ただ、失った血は取り戻せないからね」


 立ち上がるギュンターの言葉に、サムは自分の体を確認した。

 彼の言う通り、まるでアナンに食われたのが嘘だったと思えるほど、綺麗に治療されていた。


「……ナジャリアの民、実際戦ってみてやばい奴らだった。知らない手段を使うし、人を食うことに本当に抵抗がない。まさかモンスターじゃなくて人間に喰われる経験をするとは思わなかった」

「おのれナジャリアの民め! 僕のサムの柔肌に歯を突き立てただけじゃ飽き足らず、肉を食らい血を啜るとは――なんてうらやま……おぞましいことを」

「おい、今、お前、羨ましいって言おうとしなかったか?」

「はははは、なにを馬鹿なことを。それにしても、いざというときに力になれず申し訳なかったね。僕が駆けつけていれば結界で守るくらいはできたかもしれなかったのだが、あのとき、僕は自傷行為をしていた隣国の女性たちを眠らせて結界内に閉じ込めていた最中でね。まさか、あの狂った一族が王宮に乗り込んでくるとは思っていなかったんだ」

「別にギュンターが謝る必要なんてないさ。俺が不覚をとったのは、弱かったせいだ」


 ギュンターが謝罪する必要はない。

 彼はすべきことをしていただけだ。

 サムもサムで宮廷魔法使いとして、スカイ王国に仇なそうとするナジャリアの民と戦ったに過ぎない。

 負傷したのは、サム自身の責任だ。

 非情になりきれず、盾にされた兵士ごとアナンを斬り殺すことができなかった。不意打ちとはいえ、魔眼を使用されてしまった。結果がこれだ。


「そう自分を責めるものじゃないよ。それに、魔法を使っていればもっとスマートに勝利していたはずだろう。君が魔法を十全使えなかったのは、戦闘場所が王宮だったからだ」

「それは言い訳にならないよ」

「ウルリーケもそうだが、君たちの魔法はどれもこれも強力すぎる。もっと加減のできる小技を覚えたほうがいい」


 ウルは、場所がどこだろうと気にしないで魔法を撃つような人だった。

 サムは、盾にされた兵士を殺すか殺さないか躊躇ったが、ウルなら「死ぬのも兵士の役目だ」と迷わず斬り捨てていただろう。

 サムはウルの実力に迫りつつある。スキルを使えば、かなりいい勝負ができるだろう。しかし、必ず負けるはずだ。その理由は、サムが甘く、ウルが甘くないからだ。

 敵対した相手ならさておき、無関係とはいえ兵士として役目を全うした人間を無慈悲に見捨てることはできそうもなかった。


「わかっている。最近、スキルも使い過ぎだし、もっと訓練するさ」


 キリサクモノは使い勝手がいい。

 やはり威力がありすぎる難点はあるが、当たれば致命傷だ。

 しかし、使い過ぎているせいで、今回のように対応される可能性も今後出てくる。

 アナンを倒すには、もっと効率の良い魔法が複数あった。使えていれば、もっと早くに勝負がついていただろうし、食われることもなかったはずだ。

 サムは歯を食いしばった。

 このままではウルに顔向けできない。

 まだ彼女の魔力を、魔法を、いやそもそも自分のものだって使いこなせていない。

 ここ最近、順調に戦いに勝利していたせいで、どこか調子に乗っていたのだろう。

 尊敬する師匠に、不出来な弟子であることを申し訳なく思う。


「君はまだ発展途上だ。焦ることはない、と言ってあげたいが、他ならぬ君がそう言われても納得しないだろうね」

「ああ」

「僕は信じている。ウルリーケ・シャイト・ウォーカーの後継者たる君ならば、彼女を超える魔法使いになれるのだと」

「――ありがとう」


 サムは、ギュンターに素直に礼を言った。


「ふっ、なに、気落ちしている夫を支えるのも妻の役目だからね」


 しかし、ギュンターはいつものギュンターだった。


「それがなきゃ本当にいい奴なんだけどなぁ」

「そうそう、妻と言えばリーゼたちを呼んでくるとしよう。いつサムが目を覚ましてもいいように、王宮にいるんだよ。少し待っていたまえ」


 ウインクしたギュンターが、部屋から出て行ってしばらくすると、リーゼを先頭に、ステラ、花蓮、水樹、アリシアが部屋の中に飛びこんできた。


「サム様!」


 誰よりも早くサムに抱きついたのはステラだった。

 彼女はサムがアナンに食われた姿を見ているので、気が気でなかったのだろう。

 彼女は、サムに抱きついたまま安堵の涙を流し始めた。


「サム、よかった。元気な姿を見ることができて、ホッとしたわ」

「あははは、ご心配おかけしました」


 リーゼも、心底安心したような顔を見せてくれた。


「正直、サムが苦戦するような相手がいたことに驚いているわ」

「今回は苦戦しましたが、次は遅れを取りませんよ」

「……信じているけど、サム、あなたは父親になるのだから、あまり無茶はしないでね」


 よほど心配してくれていたのだろう。リーゼも気丈に振る舞ってはいるものの、涙を流してしまい、慌ててハンカチで拭っていた。

 アリシアに至っては言葉も発することなくボロボロと泣いているし、花蓮と水樹も今までに見たことのないサムの弱った姿に困惑気味だ。


(みんなに心配かけちゃったな……反省しないと)


 決意新たにする、サムが婚約者たちにひとりひとり声をかけていると、ノックが部屋に響いた。


「あの、シャイト様が目を覚ましたとお聞きしたので」


 返事をすると、訪れたのはオークニー王国の聖女であり異世界人の霧島薫子だった。




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