52「襲撃です」
「何事だっ!」
突然、轟いた悲鳴にクライドが執務室の扉を勢いよく開け、廊下に控える近衛兵に問う。
しかし、兵士は首を横に振っただけで、彼にも困惑が浮かんでいた。
「わかりません! 現在、調査にいかせています!」
「……気のせいかもしれないが」
ヴァイク国王が苦々しい顔をして、呟く。
「ヴァイク殿、いかがした?」
「さっきの悲鳴……葉山勇人じゃなかったか?」
「俺、様子を見てきます」
葉山勇人になにかあっても気にならないが、王宮内でまたなにか問題を起こされたらたまったものではない。
サムは、クライドたちの返事を待たず、医務室に向かって走った。
「……なんだよ、これ」
医務室に向かう途中、廊下には兵士たちが倒れていた。
中には絶命している者さえいる。
「……なにが、起きたんだ?」
誰かが王宮に攻め入ったのだと考えるのが妥当だが、そんなことをする人物に心当たりがない。
(いや、もしかしたら、ナジャリアの民が今になってしかけてきたのか? だが、悲鳴は葉山勇人だ。狙いはあいつか?)
倒れている兵士たちを避けて医務室に向かおうとすると、
「シャイト様!」
「聖女殿、どうしてここに?」
霧島薫子に背後から声をかけられた。
「勇人の悲鳴が聞こえたから、女の人たちが復讐しにきたんじゃないかと思って」
「そうでしたか。ですが、ここは危険な可能性があります。一刻も早く、ご自身の部屋に戻って鍵を閉めてください」
サムが慌てて忠告をする。
敵が誰だかわからない以上、この場に薫子がいるのは危険だと判断したのだ。
「おっと、そうはいかないぜ」
そんなサムの言葉を否定する声が、医務室の中から響いてきた。
サムは警戒し、薫子を庇うように背に隠す。
医務室から現れたのは、体格のいい三十代の男だった。
簡素な白い服と、ミスマッチな金細工をこれでもかと手足に身につけている。耳や鼻にはピアスを開け、お世辞にも上品とは言えない。
そんな男の手には、意識がないのかぐったりとした葉山勇人がいた。
髪を掴まれ引きずられている彼の左目周辺には、齧られた痕が痛々しく残っていて、眼球がなかった。
「――お前、そいつの目を食ったな?」
サムがそう判断するのは簡単だった。
その証拠に、男の口周りが真っ赤に染まっていたのだ。
サムの視線に気づいたのか、男は苦笑すると、勇人の髪を掴んでいない方の手で口元を拭う。
「おっと、悪いな。俺は作法に疎いんだ」
「そういう話じゃないよ。人食いに作法もくそもあるか。いや、そんなことはどうでもいい。ナジャリアの民が、どうやって王宮に入りやがった」
「おうおう、俺がナジャリアの民だってわかるのか?」
「人を食う奴なんて、大陸でもお前らくらいなもんだろ」
「はははっ、違いねえ!」
サムの推測は男本人によって肯定された。
どうやって王宮に入り込んだのか不明だが、こいつはナジャリアの民であり、葉山勇人の左目を食ったのだ。
知識では知っていたが、こうして本当に人食いをした人間と相対すると嫌な汗が噴き出るのがわかる。
見た目は人間なのに、もっと違う別の生物が目の前にいるようだ。
サムの背後では「……え? 人食いってそんな」と、薫子が青い顔をしていた。
「もう一度聞く、どうやって王宮に忍び込んだ?」
「あー、これ言ってもいいのか? ま、いいか。要は、俺らに協力する売国奴が、まだこの国にもいるってことだ。嫌だねぇ、売国奴って、裏切り者だろ。俺なら見つけ次第殺すがな」
「その売国奴を利用しているお前が偉そうなことを言うなよ。で、どうしてそれを食った?」
「あ? ああ、こいつのことか? 俺はよぉ、魔眼コレクターなんだわ」
「コレクターだと?」
「おう。俺は魔眼に憧れていてなぁ。だから、魔眼保持者を見つけたら、片目を食らって、片目を保管するってわけだ」
「理解の範疇を超えている。そんなことをしてなにになるっていうんだ」
「食えば魔眼が宿る可能性があるんだぜ。知らなかったのか?」
「そんなことあるわけないだろう!」
あまりにも馬鹿げた返答に、サムは声を荒らげた。
しかし、男は気にしたようすがない。
「それが、過去に魔眼を食って手に入れた例があるんだよなぁ。ただ、残念なことに、今回もはずれだ。まあ、それなりに魔力が宿っていて美味かったが、魔眼が手に入らないって言うのはいつだって悔しいもんだぜ」
「狂ってるな。で、そいつの魔眼を食ったなら、もう用はないだろ。そんなクズでも、連れて行かれたら困るんだけど」
「クズならいらねえだろ」
「いいから置いていけ。そもそも、そんなクズにどんな利用価値があるんだよ?」
「こいつ異世界人だろ?」
「だったらなんだ?」
「俺らの長が、異世界に興味津々なんだよ。だから、こいつから情報を得ようと思ってなぁ。俺としては魔眼さえもらえればいいんだが、一応、これでも従順なナジャリアの戦士だ。長の言うことは聞かなくちゃならねえ」
サムはあえて会話を続けていた。
ナジャリアの民から情報を多く引き出そうとしているのだ。
男も、サムの思惑がわかっているのかどうか不明だが、いろいろ情報を喋ってくれている。
できることなら、この男を倒すのではなく、捕縛したい。
ただ、薫子を背に守ったまま、サムひとりで戦うことは難しかった。
「おっと、そうだそうだ。もうひとり聖女と呼ばれている異世界人の女がいるんだろ。そっちを連れて帰ってもいいんだぜ」
「――ひっ」
サムの背中で、薫子が怯えたように小さな悲鳴を上げた。
薫子の反応で、男がなにかに確信した顔をした。
「その女が聖女様だな? 俺はついているなぁ。目的の人間をふたりも見つけちまった。両方持って帰れれば理想的だな。片方はみんなで食べたいんだよ。異世界人の肉なんてそうそう口にできる機会はねえだろ。聞けば、魔力も魔法の才能もずば抜けているらしいじゃねえか。さぞ俺たちに力を与えてくれるだろうよ」
「お前ら、気持ち悪いんだよ」
「ね、ねえ、シャイト様、さっきからなんなの、この人たちって、食べるってなにかの比喩でしょ? そうでしょう?」
背後で真っ青になって震えている薫子に、サムは首を横に振った。
「残念ですが、こいつらは本当に人を食うんです。聖女殿、俺の背後から絶対にでないでください」
「う、うん」
「ところでよぉ。お前はさっきからなんなんだ?」
「サミュエル・シャイト。この国の宮廷魔法使いだ。王宮でこれ以上の狼藉は許せない」
「――っ、おいおい! お前がサミュエル・シャイトかよ!」
サムが名乗ると、ナジャリアの男は目を輝かせた。




