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2「どうやら異世界転生したそうです」②




「これで家庭環境も最悪だからやってられない。よく九歳までまともに育ったものだよ」


 サムの家庭環境はお世辞にもいいとは言えなかった。

 実母は体が弱かったらしく、すでに他界している。

 その後、愛人だった義母が正室となったのはいいのだが、とにかくサムを気に入らないようだ。


(そりゃ、前妻の子が可愛いわけないだろうね)


 剣の才能がなくてもサムは長男だ。

 この世界の貴族事情に詳しいわけではないが、よほどのことがない限り、爵位は長男が継ぐのが一般的だ。


 だが、義母は諦めなかった。

 サムに剣の才能がないことを理由に、父親に次期当主に相応しくないと、再三訴えたらしい。

 父親も、同意見だったようで、義母の奮闘の甲斐あってサムが当主になることはなくなった。

 以後、弟が後継と決まり、サムは放置となる。


 そんなサムの面倒を見てくれているのが、執事のデリックと、メイド長のダフネだった。

 目覚めたときに、すぐに顔を見せてくれた二人だ。

 母を失ったサム少年が孤独にならなかったのは、デリックとダフネのおかげだった。


「さて、こんな不遇すぎる境遇に転生してしまったのは置いとくとして、せっかくの異世界なんだから、俺は冒険がしたい」


 男の子なら誰でも憧れる、剣と魔法のファンタジー世界にいるのだから、冒険しないという選択肢はありえなかった。


(お約束の領地改革や、日本の遊具を作って一儲け……は、ぶっちゃけやりたくない。あの家を裕福にさせるなんてごめんだ)


 異世界ならではの生き方はいくつかある。

 だが、ラインバッハ家が潤うようなことをサムはする気がなかった。

 少しでも家の人間がサムによくしてくれていたのなら話は別だが、扱いは放置という現代日本なら大問題になること間違いなしの扱いだ。


(ま、そもそも俺がなにかしようとしても意見を聞いてもらえるわけがないしね)


 結局のところ、サムにやる気があったとしても、ラインバッハ家に改革のメスを入れることはできないのだ。


 結局のところ、サムにはこの家から出て冒険する以外の選択肢がない。

 好き好んで残りたい家ではないし、そもそもサム少年の記憶を持っていたとしても、愛着もなにもないのだ。

 ならば、異世界を堪能すべく冒険に挑んだほうがよほどいい。


「だけど、俺には剣の才能がまるでない」


 ちょっと試してみたが、悲しいくらいに剣の才能がなかった。

 ちゃんと握っていたはずの木刀が、手からすっぽ抜ける瞬間、呆れを通り越して感動さえしてしまったほどだ。


「俺に残された手は――魔法だ!」


 せっかく魔法が存在する世界なのだから、それを使わないのはもったいない。


(ただし、俺に魔力があるのか、魔法の才能があるのかどうかがわからないんだよなぁ)


 これで、魔法の才能までなかったら、泣くしかない。

 その場合は最悪、商人にでもなって、異世界で再現できる地球の物を作りまくって荒稼ぎしよう、と思う。


「魔法の教科書みたいなのがあればいいんだけど、ダフネに聞いてみようかな」


 思い立ったが吉日だ。

 サムはさっそく部屋を出て、世話をしてくれるメイド長を探す。

 すると、彼女は庭で洗濯物を干していた。


「あ、いたいた。おーい、ダフネ」

「サムぼっちゃま。いかがしましたか?」


 ダフネは、髪をアップにまとめた銀縁眼鏡をかけた二十代半ばの美人だった。

 切れ長の瞳が、少々厳しいような印象を与えるが、記憶にある彼女は心優しい、穏やかな女性だ。

 クラシックなメイド服が実によく似合っている。


 彼女に「ぼっちゃま」と呼ばれるのはくすぐったい。

 しかし、彼女なりの愛情表現だとしっているので、やめてほしいと言えるはずもない。

 ちなみに腹違いの弟は「マニオン様」と淡々と呼ばれている。

 手のつけられないわがままな悪童は、メイドたちからも嫌われているようだ。


 亡き母が、ダフネたちの同僚だったということも、自分を可愛がってくれている理由のひとつだとわかっている。

 そういう意味では、義母ヨランダもラインバッハ家で働くメイドだったのだが、もともと横柄だった性格が父の愛人になってから拍車がかかったそうで、親子そろってメイドたちから嫌われている。


「あのさ、魔法に関する本ってなにかない?」

「魔法の本ですか? 確か、旦那様のお部屋に数冊あったような気がしますが……読書ですか?」

「ううん。俺には剣の才能がないから、魔法なら使えるかなって……どうしたの、ダフネ!?」


 急に涙を流し出したダフネに、サムは慌てた。

 今の会話のどこに泣く要素があったのか、疑問でならない。


「ちょっと、ダフネ、泣かないでよ」

「うぅ……すみません。サムぼっちゃまがそんなにも思い詰めていたとは……おいたわしいです」

(――ああ、そういうことか)


 どうやら幼いながらに剣の才能がないからと、魔法に期待するサムを哀れに思ったらしい。

 母のように姉のように可愛がってくれるダフネだからこそ、サムをかわいそうに思ったのだろう。


「その、泣かないでダフネ」

「すみません。本来なら、泣きたいのはぼっちゃまですのに」

「あ、うん、それはいいんだけど、それで、魔法の本はある?」

「……わかりました。旦那様には内緒で、魔法の本を何冊か持ってきますね」

「ありがとう!」

「うぅ……旦那様も、なぜサムぼっちゃまではなく、あんな悪ガキを可愛がるのか……」


 小さな声でなにかを言っているようだったが、サムは魔法の本が手に入る喜びから聞いていなかった。


(これで魔法に挑戦できる! あとは……俺の才能次第だ!)


 剣の才能が壊滅的なのだから、少しくらい魔法の才能がありますように、と祈るサムだった。





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