27「勇者は馬鹿のようです」①
「はぁ!? 男まで妻とか、とんだ変態野郎だな!」
隣国に所属する異世界人の少年の言葉に、ギュンターはふっ、と笑った。
「失礼なことを言う子だね。君だって、複数人の恋人を連れて歩いているじゃないか」
「そこじゃねえよ! 男を妻扱いしているのが変態だって言ってるんだよ!」
「――器の小さい男だ。男だから、女だからなど些細な問題じゃないか」
「些細な問題じゃない!」
「はぁ……聞いていて情けない。サムと比べて度量のない小さな男だということはよくわかった。これ以上、君と会話するのも無駄だろう。そろそろパーティーも終わる。君は君の恋人たちを連れて控室に戻りたまえ」
「――勇者である僕に命令するのか!」
ギュンターは大きく嘆息した。
「するさ。君がどれほどオークニー王国で偉いのか知らないが、ここはスカイ王国だ。君は来賓だが、偉いわけじゃない。さ、わかったかな?」
「ふざけるな! 僕は勇者だ、選ばれた人間なんだぞ!」
オークニー王国の勇者葉山勇人は、実力はあるのかもしれないが、思考が子供だとギュンターは肩を竦めた。
成人している大人が、自分の立場を笠にきて喚く姿はみっともない。
(おっと、そういえば異世界では成人は二十歳だったような……まあいいさ、葉山勇人が愛しいサムを変態扱いした罪が消えるわけではないし、ステラに手を出したことも許されることはない)
「君もしょうがない子だね。もうすでに周囲の視線が集まっている。これだけでも恥を掻いているのに、まだなにかしようというのかい?」
「ここまで馬鹿にされて黙っていられるか! ――おい!」
勇人の声に、彼の恋人たちが身構えた。
武器こそ持っていないが、今にも素手で襲いかかってきそうだ。
無論、オークニー王国ではそこそこの腕らしい、勇者の恋人たちだが、強力な結界術を持つギュンターにとっては脅威になり得ない。
サムやウルリーケのような圧倒的な火力か、クリーのような恐ろしいスキルを持っていない限り、ギュンターにとって相手ではない。
そういう意味では、異世界の勇者という存在は未知数だが、彼の恋人程度なら、攻撃全てを防ぎきる自信があった。
「ちょっと、やめなさいよ! これ以上問題をおこさないで!」
唯一、聖女と呼ばれる少女――霧島薫子だけが止めようとするが、彼らの耳に彼女の声は届いていないようだ。
唯一、この場を収めてくれそうなオークニー王国国王は、クライドが席を立ったと同時に、控室に下がってしまったため不在だった。
(さて、このまま揉めていいものか悩むね。しかし、サムが不在の中、彼の婚約者を守るのはこの妻たる僕の役目だ)
「しかたがない。やるというのなら相手になろう。さあ、ステラたちは僕の背後に。とくにリーゼ、君は身重だ。誰よりも、離れるんだ。いいね」
「ギュンター、あなた」
不安そうな声をあげるリーゼにウインクする。
「サムがいなくてよかったよ。彼は僕よりも堪え性がないからね。王宮内で隣国の勇者が真っ二つにされても困る」
「ぐだぐだ言ってるんじゃねえよ! 僕を馬鹿にしやがって! このつけを支払わせてやる!」
落ち着き余裕のある態度を貫くギュンターに、勇人がさらに怒りを募らせる。
勇人は、この場がどこかさえも忘れて拳を振り上げた。
が、しかし、その腕はぴくりとも動かなかった。
「なにやってんの、お前?」
その手を掴む者がいたのだ。
――サムだ。
「――誰だよ! この手を離せ!」
「サミュエル・シャイトだ。以後、お見知りおきを、異世界人殿」
「……お前がサムか!」
「親しげに呼ばないでよ、友達だと思われたら困るだろ?」
「――っ、このっ、お前も僕を馬鹿にするのか!」
「してないけど、お近づきにはなりたくないかな。揉め事が起きているって聞いて飛んできたけど、喚いているのお前だけだよ。恥ずかしくないの?」
「お前! 勇人様に無礼なこと――」
勇人の取り巻きである少女のひとりが、サムに詰め寄ろうとするが、一瞥されただけで膝を折り、その場に崩れ落ちた。
「お、おい、ディーラ?」
動揺する勇人の目には、気を失って倒れている恋人の姿があった。
なにが起きたのかわからず、動揺する声でサムに大きな声を出す。
「お前! ディーラになにをした!」
「……この程度のことがわからないのか。ま、いいや。もう終わりにしようよ。こっちも揉めるのは望まないし、ここ王宮だよ? これ以上、恥を重ねたくないでしょ」
サムが手を離すと、勇人は跡ができるほど強く掴まれた腕を不快そうに摩った。
忌々しそうにサムを睨みつけていた勇人だが、いいことを思いついたと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「いいだろう。そちらが揉めるのを望まないのなら、条件付きで引いてやる」
「条件って、どうしてそうなるのかわからないんだけど」
「――ステラ王女を一晩貸してもらおうか! ついでに、リーゼとかいうお前の婚約者にも僕に奉仕させるんだ。それで手打ちにしてや――」
勇人は最後まで台詞を口にすることができなかった。
なぜなら、サムの爪先が彼の顎を蹴り砕いたからだ。




