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26/1963

25「前に進みます」




 ウルを失った日、涙が枯れるまで泣き続けたサムは、彼女の残した遺書を見つけた。

 ひとつは自分宛に、他にも家族に宛てられたと思われるものがあった。

 サムは、自身に残された遺書を読む。


「――ウルリーケ・シャイト・ウォーカー」


 それが、ウルの本名であることを知った。

 ウル・シャイトとは魔法使いとして活動している時の、彼女の名。

 いわゆる魔法名だった。


 ウルはスカイ王国王都に屋敷を持つ、ウォーカー伯爵家の長女だった。

 病気が分かり、家族になにも言わず飛び出したと遺書には書かれていた。


 遺書に残されていたのは彼女の願いだ。

 ウルの亡骸を、家族のもとへ届けてほしいというものだった。

 もちろん、彼女の願いを受け入れた。


 他にも、ウルの魔法名である『シャイト』の名を、サムの家名にして使ってほしいという願いもあった。

 頼まれるまでもなく、サムはそのつもりだった。

 最愛の人が与えてくれた名を捨てるわけがない。

 あの日、出会って弟子にしてくれた頃から、サミュエル・シャイトなのだ。

 そして、これからも。


 遺書にはさらに、サムには語らなかったウル自身の過去が書かれていた。

 スカイ王国の宮廷魔法使い第三席であったことをはじめ、サムの知らなかったウルの様々な過去を知った。


「俺って、ウルのことなにも知らなかったんだな」


 ウルは自身のことを語らなかったが、サムも聞こうとはしなかった。

 毎日が楽しくて、もっとウルと一緒にいるのが当たり前だと思い込んでいたから、彼女の過去を気にすることはなかった。

 自分から聞かなくても、いつか話してくれる日がくると信じていた。

 しかし、実際は、そんな日は訪れず、残された遺書で彼女のことを知ることになってしまった。


 こんなことになるのなら、彼女に尋ねればよかった。

 ウルの口から、彼女が何者であるのか、どんな人生を送ってきたのか聞きたかった。

 サムは、たった一言を言うことができなかったことを悔いることしかできない。


「ちくしょう、また涙が出てくるじゃないか」


 ウルを想うだけで、枯れたと思っていた涙が湧き上がってくる。

 ウルが恋しい。

 また声を聞きたい。

 彼女の温もりを味わいたい。

 だが、もう無理なことを思い知っているので、涙が止まらなかった。


 サムは泣きながら手紙を読んだ。

 何度も繰り返し読んだ。

 ウルは、自身のことは簡単にしか書き残してくれなかった。

 他はサムとの思い出や、案じることばかりが書かれていた。


 きっとウルにとってサムはまだ手のかかる弟子だったに違いない。

 最期まで案じてくれた師に心から感謝する。

 そして誓うのだ。


「俺はこのまま足を止めないよ、ウル。約束したように立派な魔法使いになるから。魔法も、人生も、ウルの分まで精一杯楽しむから」


 ウルの願った望みを叶えよう。

 そして、いつか再会したときに褒めてもらうのだ。


「だから、俺のことを見守っていてくれ」


 サムの中には、ウルの魔力、魔法、スキルが宿っている。

 彼女は今でも、サムの中にいて、寄り添ってくれているのだ。

 彼女は自身のことを忘れることを願ったが、そんなことできるはずがない。

 最高の師匠で、恩人で、最愛の人をそう易々と忘れられることなどできるわけがない。


 ウルが誇れるような魔法使いになろう。

 彼女が願った、立派で最強の魔法使いになろう。

 目標を決めたサムは、手紙を懐に忍ばせ立ち上がる。

 いつまでも泣いてはいられない。


「ウル」


 サムは、静かに眠るウルの頬に口づけをすると、彼女を氷魔法で覆った。

 王都までの道中、彼女の亡骸が痛まないようにするためだ。

 ウルをシーツで覆うと、彼女の残した遺書と私物を、引き継いだアイテムボックスに収納した。


「ウルを家族に届けないと」


 優しく、慎重にウルを抱き抱えたサムは、部屋を出ていく。

 すでに夜中になってしまったが、サムは王都に向かって歩き出した。

 なにかしていないとまたウルを思い出し涙してしまいそうだったから。

 一刻も早く、ウルを家族のもとへ届けたかったから。


 サムは休むことなく、王都を目指すのだった。





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― 新着の感想 ―
遺体はアイテムボックスに収納はしないのですか?
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