8「ウルとエルフと戦いです」①
その後も喚き続けたジャスパーを連れて帰ろうにも抵抗して埒が明かないので、ウルは苛立って殴り飛ばして沈黙させた。
そのまま襟首を掴んで王都に戻ろうとすると、見知らぬ魔力が近づく気配がした。
ウルは、背後を振り返る。
「――誰?」
「あら、私に気づくなんて魔力に敏感なのね。お姉さん感心しちゃうわ」
魔力の主は、小柄な少女だった。
見た目、十二歳ほどの幼さが残る女の子が、露出の多い緑色の衣服に身を包んでいた。
日の光に照らされて輝く金色の長い髪が、さらさらと風に揺れている。
少女は、ウルに向かい微笑んだ。
「子供、じゃないわね。あんた、そもそも人間じゃないでしょ?」
何よりも目を引いたのが、少女の尖った耳だった。
視線を合わせてはっきりとわかったが、少女の魔力も桁違いに大きい。ウル以上だ。
「人間じゃないとわかるのに怯えた様子を見せないなんて、さすがウルリーケ・ウォーカーね。可愛い子」
「私を知ってるの?」
「というか、この国で知らない人がいるかしら。王国最強デライト・シナトラの愛弟子であり、最年少の若き宮廷魔法使い。国王陛下から信頼の厚いジョナサン・ウォーカーの愛娘でもあるわね」
「先生やお父様のことまで知っているのね。そういうあんたは誰? 名乗りなさい」
「スカイ王国の魔法使いなのに、この私を知らないなんて。魔法ばかり学んでいないで、もっと周囲に目を向けなさい」
「大きなお世話よ」
「いいわ、優秀な若き魔法使いに敬意を払い名乗りましょう。――私は、ミヒャエル。私を知る人は、ミヒャエル夫人と呼ぶわ」
少女――ミヒャエルは、とてもじゃないが「夫人」と呼ばれるような見た目をしていなかった。
だが、ウルは、彼女が外見通りの年齢ではないことくらい見抜いている。
「あんたが少年趣味のミヒャエルか。で、種族はエルフでいいよね?」
「――正解。ほら、耳が尖っているでしょう。それに、この美しい容姿に、汚れを知らぬ白い肌。森の種族と呼ばれるエルフらしいでしょう」
耳をひょこひょこ動かすミヒャエルは、美しいというよりも愛らしい印象があった。
「一度会ってみたかったエルフがこれかぁ。残念だ。で、どうして森の種族のエルフがスカイ王国の王都にいるんだ?」
「それは内緒っ」
「腹立つな。ウインクするな。舌を可愛く出すな」
「もう怒りっぽい子ね。デライトちゃんの愛弟子なら、私にとっても弟子みたいなものなのに、ちょっと敬意が足りていないんじゃないかしら」
「あんたが先生の師匠?」
(そういえば、先生は自分がどこの誰から魔法を学んだのか決して言わなかったなぁ。エルフだから隠していたのか、それとも少年趣味のエルフにいい思い出がないのか……後者かな)
デライトとミヒャエルの関係に興味がないと言えば嘘になるが、今はいい。あとでデライトに問い詰めることにした。
「いろいろしごいてあげたからね。恥ずかしいのね。さて、私が誰かわかったのなら、もう無駄話はいいわね。その子を、渡しなさい」
「だってさ、ギュンター。ほら、可愛がってもらいなよ」
「僕っ!?」
「違うわよ! いらないわよ、そんな変態! 王国始まって以来の問題児を誰が欲しがるもんですか!」
「ギュンター……お前、王国始まって以来の問題児なのか。うん、理解はできるけど、もうちょっと行動を省みろよ」
「失礼な! 僕のように清く正しく誠実な男など、そうそういないよ!」
「そんな茶番はいいのよ。はやくジャスパー・グレンを渡しなさい」
にこにこしていたミヒャエルから笑顔が消えていた。
間違いなくジャスパーを連れて帰る気なのだろう。
(えっと、私の目的はジャスパーを王都に連れて戻ること。あれ? ミヒャエルに渡しても目的が達成されたことにならない?)
「ウルリーケ、顔に出ているから一応言っておくけどね、ミヒャエル夫人はジャスパーをさらう気なのだよ。決して、僕たちの代わりに王都に連れて帰ってくれるわけじゃないから、ジャスパーを渡したらおじさまに叱られると思うよ」
「……ちっ」
よほどわかりやすい顔をしていたのか、ギュンターが嘆息混じりでそんなことを言う。
父に叱られるのは困る。
そもそも宮廷魔法使いたるウルが、善意で息子を回収することになったのに、それを邪魔する奴がいるのが気に入らない。
なによりも、まるで自分が強者だとばかりに自信に溢れた態度で、こちらを下に見ているミヒャエルの態度も鼻についた。
「だってさ。残念ながら、あんたには渡せないらしい」
「その子を連れて帰ってガブリエルとお見合いさせるつもりなのね。私はそれを邪魔するために、わざわざこんなところまで飛んできたのよ」
「それはご苦労さん。で、理由は?」
ウルに問われたミヒャエルは、少女の外見には不釣り合いな艶のある顔をした。
「私ね、かわいい男の子が大好きなの。女の子も好きだけど、今は若い少年よ。同じ趣味のガブリエルとはいい友人だったんだけど、あの子ったら、施設を作って、奴隷を買って、充実した日々を過ごしているのに、将来有望な子とお見合いですって……それは抜け駆けじゃない」
「どーでもいーわー」
「だからね、ガブリエルより先に、この子からいろいろ奪っちゃおうかなって」
「それは止めないし、好きにやればいい。だけど、ジャスパーを王都に連れて帰ってからにしてくれない?」
「嫌よ。せっかくここまできたのだから手ぶらじゃ帰れないわ」
「正直、どうでもいいから渡してあげたいけど、お父様に連れて帰れと言われたから連れて帰らないといけないの。邪魔をするなら、ぶっ飛ばす」
にぃっ、とウルが犬歯を剥き出しにして笑った。
「――たかだか十六年しか生きていない小娘が偉そうに。私はデライトよりも実力は上よ」
「だから?」
「あ、そう。本気で私と戦いたいと言うわけね。いいわ、いいわ、その安い挑発に乗りましょう」
「先生よりも強いか、それは実に楽しみだよ。退屈しのぎにつまらない用事を受けたと後悔していたんだけど――当たりだったな!」
ウルはエルフと戦える嬉しさに心を踊らせると、待ちきれないとばかりに地面を蹴った。
「私は宮廷魔法使いウルリーケ・ウォーカー! お前をぶっ飛ばす魔法使いの名だ。覚えておけ!」




