1「ウルはお転婆だったようです」①
ウルリーケ・ウォーカーは、幼い頃から難しい書物を読みあさり、魔法軍に所属する父の秘蔵の魔導書なども読んで理解してしまう天才児だった。
ウォーカー伯爵家は、代々優れた魔法使いを輩出してきた一族である。初代ウォーカー伯爵と同じ、燃えるような真紅の髪を持つウルは、初代の生まれ変わりだと言われることもあった。
父ジョナサンと母グレイスは、将来娘が大物になると喜んだが、それはほんの数年だった。
成長したウルは、すっかり手のつけられない少女になっていた。
わがままだとか、典型的な貴族の子供らしい傲慢な子になったわけではない。ただ、魔法に対する意欲が強すぎて、齢九歳にして覚えた魔法を使ってみたくてモンスターを狩るため何度も屋敷を抜け出すようなお転婆になってしまったのだ。
両親との仲も良好であり、使用人たちとの関係もよい。
門番とは、毎日のように屋敷からの脱出の攻防を繰り広げているが、それでも親しくしていた。
ウルを貴族の令嬢らしくないという声もあったが、本人はもちろん、両親も気にしてはいなかった。
そんなウルが苦手とするのが貴族の集まりだ。
同じ年頃の子供たちと、どうしても合わないのだ。
ウルが大人びているのか、周りが子供っぽいのか、それとも両方か。
どちらにせよ、貴族が集まっておしゃべりするだけのお茶会にウルは微塵も興味がなかったのだ。
ウルはこっそりドレスから普段着に着替えると、足音と息を殺してそっと屋敷を抜け出そうとする。
客人が来ている今だからこそ、自分への注意が薄れていると判断し、かねてより計画していたはじまりのダンジョンへ挑もうとしたのだ。
事前に準備していた食料と武器が入ったバッグを背負い、忍び足で進んでいると、
「――ウル」
自分の名を呼ぶ声がした。
恐る恐る振り返ると、背後には粧し込んだ父が腕を組んで立っていた。
「げ」
「げ、ではない。年頃の女の子がそんなはしたなくてはいけないとこの間言ったばかりだろう。妹たちは普通に女の子らしいというのに、どうしてウルだけがこうも」
嘆く父だが、ウルは気にしない。
ほぼ毎日繰り返されている言葉なので今更だ。
ウルは悪びれもなく応えた。
「個性です」
「だろうね。ところで、またギュンターを泣かしたそうだね」
ギュンター、という名にウルは心底嫌そうな顔をした。
合わない周囲の子供たちの中で、唯一積極的に話しかけてくる少年がいた。
それが、ギュンター・イグナーツという少年だった。
まるで物語に登場する王子様のような整った容姿とハニーブロンドの髪を持つギュンターは、まさに美少年という言葉が相応しかった。
年頃の少女たちはみんな彼に夢中で、誰もが彼の気を引こうとあの手この手で誘っている。
しかし、そんなギュンターをウルは苦手としていた。
「だって、あいつ気持ち悪いんだもん!」
「こらっ、気持ち悪い子に気持ち悪いと言ったらいけないと注意しただろう。ギュンターだって好きで気持ち悪いわけではないのだから、もっと気遣ってやりなさい」
幼いゆえはっきりとギュンターを嫌がるウルを、父が嗜める。
「でも、私のことを見てはあはあしているのが無理! なんかきもい!」
「だからといって、パンツをみんなの前でずり下ろすのはやりすぎだ。泣いて喜んでいるじゃないか。あれ以上、ギュンターがおかしくなったらどうするんだ?」
「それは」
呼吸を荒くして近づいてくるギュンターがウルは嫌だった。
嫌われてやろうという感情と、自分ばっかり嫌な思いをしているゆえにやり返してやろうと思い、みんなの前でパンツを下ろしてやった。
結果、少女たちは「きゃぁあああああああ」と黄色い悲鳴を上げ、ギュンターはウルにちょっかい出してもらえて大興奮だった。
「責任を取れるのか?」
父の問いかけに、ウルは心底嫌そうな顔をした。
「できないのであれば、あの子の性癖を歪めては駄目だ。公爵家の次男が変態になったせいで結婚できなくなったら一大事だろう。今後は控えなさい」
「はぁい」
「それでは、お茶会に戻ろう。まったく、元気なのはいいが、あまり私に心配させないでおくれ」
父が差し出して来た手を握り、ウルは仕方がなくお茶会に戻った。
その後、やはりギュンターが気持ちの悪い言動をしながら近づいてくるが、父に注意されただけあって、ウルは思い切り引っ叩くだけで我慢するのだった。




