56「事後処理です」①
マニオンが起こした魔剣襲撃事件の翌々日、サムは王宮にいた。
国王クライド・アイル・スカイの執務室に呼ばれた少年は、王と執務机を挟み向かい合っていた。
「サムよ、来たか」
「はい。この度は、家族が多大なご迷惑をおかけしました」
深々と腰を折る、サムに「よい」とクライドが声をかける。
王の声音は、どこか気遣うものだった。
「そなたが無関係なのはわかっている。責めるものはいない」
「ご理解に感謝します」
「マニオン・ラインバッハは、愚かな子だった。才能があるのであれば、努力をすればよかったもの、なぜ怠惰になるのだろうか? 残念なことに、貴族の子供にはマニオンのような子に育つ者が少なからずいる」
「俺にはわかりかねます。魔法限定ではありますが、学ぶことと、努力することはとても楽しかったので」
「そうだな。余もわからぬ。さて、本題に入るとしよう。父――いや、父親ではないな。ラインバッハ男爵が捕縛された件は聞いているか?」
「はい」
カリウスの逮捕はサムの耳にも届いていた。
飛空部隊を使った迅速な捕縛だったと聞いている。
辺境の地にあるラインバッハ領も、飛空部隊なら一日も掛からなかったようだ。
おかげで、マニオンが王都のウォーカー伯爵家を襲撃した日には、捕縛したという。
それだけ国王たちも本気でラインバッハ男爵を捕らえようとしたのだろう。
おかげでラインバッハは、マニオンがしでかしたことを知らず、逃げることも、逮捕に覚悟することもできないまま捕縛され、王都に連行された。
「男爵には息子の不始末の責任を取ってもらう。今回は、死傷者を出し過ぎであり、子爵家と伯爵家の襲撃の件もある。誰かが責任を取らなければならぬ」
「でしょうね。ラインバッハ男爵も息子のしたことですから、喜んで覚悟を決めるでしょう。ところで、母親の方はどうしていますか?」
「あれの報告を聞き驚いた。息子を亡くしたことを嘆くのではなく、息子が勝手にやったことであるゆえ自分は悪くないと喚いているようだ」
「……相変わらずな人ですね。らしいと言えばらしいのですが」
ヨランダは、息子を失っても、捕縛されてもなにも変わっていなかった。
呆れればいいのか、感心すればいいのか、対応に困る。
「カリウス・ラインバッハには残りの生涯を労働刑に殉じてもらう。男爵家も取り潰しとする」
「お優しい判断かと思います」
てっきり死罪となると思っていた。
マニオンはやり過ぎたゆえ、カリウスの責任はあまりも大きかった。
縁を切っている、家から勝手に出て行った、もう親子でもなんでもない――などの言い訳は通用しないのだ。
「温情を与えたわけではない。カリウスにとっては死んだ方がよかったという日々が待っている」
「それで、今までのことを省みてくれればいいのですが。まあ、俺にはもう関係ないことです」
「サムよ」
「はい」
「カリウスは一週間ほどすると労働地に送られる。あのような男でも、一度はそなたの父親だったのだ。今を逃すと、もう二度と会うことは叶わないだろう」
「会う必要はありません」
気遣ってくれる国王に、サムははっきりと言った。
カリウス・ラインバッハを父親だと思ったことは一度もない。
前世や転生など関係なく、あの男が父親らしいことを一度もしたことがないからだ。
マニオンにどうだったかまで不明だが、少なくともサムはカリウスに親子の情を持ち合わせていない。
強制労働だろうが、労働先でどうなろうが、知ったことではない。
口にこそしないが、いっそ死罪になっていた方がせいせいしていただろう。
「――で、あろうな」
「血の繋がりがどうこうという問題ではありません。本当に親子ではなかったのです」
「わかっている。余も、奴がサムの父親として、そなたのことを本当に愛していたのなら、身内贔屓と言われようと温情を与えてもよかった。だが、奴は――いや、もうやめておこう。あのような男のせいで、余たちの気分が悪くなることは望まぬ」
「そうですね。もうやめましょう」
これ以上男爵の話をしても不快になるだけだ。
あの男ともう関わることはないのだから、それでいい。
もういいのだ。
思うことがないわけではない。マニオンをああ育ててしまったのは男爵だ。
大切な婚約者を危険に晒したことへの文句のひとつくらい言いたいし、叶うのであれば殴り飛ばしたい。
仮に、カリウスと血縁関係があったとしても、サムの今の思いは変わっていなかっただろう。
「ヨランダに関しては、当初修道院で生活させる提案もあったが、本人に息子を悼む気持ちがないゆえ、修道院に入れても無駄だと判断した。ヨランダも夫と同じく、労働刑とする。また、ヨランダの父親からも私財没収、商家の取り潰しとした」
聞いた話では、マニオンが凶行に走ったのも、すべてはヨランダが唆したかららしい。
根拠もなく自分からすべてを奪えるという発想に至ったヨランダには呆れるほかない。
それに乗ってしまったマニオンもマニオンだが、散々利用した挙句、死んだことさえ嘆いてもらえないことは哀れに思うのだった。




