22「お別れと継承です」②
ウルは涙を堪えるサムの頬を愛しげに撫でた。
「師として、家族として、そしてひとりの女としても、サムを心から愛している」
彼女の手を取り、サムは今にもこぼれそうな涙を堪えるので精一杯だった。
「サムと出会えて、私は幸せだった。できることなら、サムの子供を産んであげたいほど愛してしまった。こんなに時間が残されていたともっと早くにわかっていれば、躊躇わずにお前のことを求めていたのに」
「……ウル……俺も、ウルのことを」
「知っていたさ。だけど、私は臆病だったから、気づかないフリをしていた。いつかいなくなってしまう女なんてサムには相応しくないと、勝手に思っていたんだ」
涙がついにこぼれた。
一度、決壊してしまうと、涙は止まらない。
「そんなことないよ。ウルは俺のすべてだ。ウルがいなくちゃ、俺は、俺は……」
サムの涙は自らの頬と、ウルの手を濡らしていった。
「泣くな、サム。幼いころ、出会ったお前ももう成人だ。立派になった。私はそんなお前の姿を見ることができて、なによりも嬉しいよ。だが、やり残したことがある」
「やり残したことって?」
「――私の全てを、サムに継承させることだ」
師匠の言葉に、サムは頷く。
「そうだね。俺も、ウルのすべてを受け継ぎたかったよ」
時間がもっとあれば、彼女の技術を習得できたはずだ。
サムは、いずれ彼女の蓄積された魔法技術を学び、立派な魔法使いなる日が来ると思っていた。
まさか病気に邪魔されるなど夢にも思っていなかった。
「違う。そうじゃない。そのままの意味だ、私の全てをお前に受け継がせたい」
「でもそんなことできるはずが」
「時間があれば、私の手でお前のことを最後まで育てたかった。だが、私に時間がないことは最初からわかっていた。ゆえに、ひとつの魔法を編み出したんだ」
「待ってくれ、俺を後継者ってそういうことだったのか?」
「……サムには黙っていたけど、私に時間がないのはわかっていたからね」
まさかそんな準備をウルがしていたなんて思いもしなかった。
彼女の魔法の実力は素晴らしいの一言だが、それは戦闘面に特化している。
そんなウルが、どんな魔法を生み出したというのだろうか。
「私が開発したのは、一度しか使えない秘儀――継承魔法だ」
「……継承魔法」
「私の魔力、学んできた魔法、そしてスキル、すべてをサムに譲り渡すことができる」
「そんなことが、できるの?」
もし本当にウルの言うように彼女のすべてを継承できるというのなら、開発された魔法は前代未聞だ。
多くの魔法使いが、喉から手が出るほど欲するだろう。
幾人もの魔法使いたちが、自分の技術を残そうとしてきた。
その多くは弟子を取ることや、魔導書を書き残すことで、後世に伝えることだった。
しかし、それでも十あるものが十すべて受け継がれることはない。
ゆえに、魔法使いたちが自分たちの魔法を――生きた証を後世の残すことは、大きなひとつの課題だった。
「できる。だが、継承したからといって全てを使いこなせるわけではない、才能と技術が必要だ。だが、サムなら問題ない。この四年で確信したよ」
「俺が、ウルのすべてを受け継ぐ?」
「サムは才能と魔力に恵まれている。あとは時間が解決してくれるはずさ。お前なら、受け継いだ私の全てを問題なく使いこなせるだろう」
「待ってくれ、待ってくれよ、ウル! なんだか継承することを前提で話しているけど、まずは医者を。四年も持ったんだから、まだ時間があるかもしれないじゃないか!」
ウルが自分にすべてを受け継がせようとしてくれていることは、素直に嬉しく思う。
だが、そんなことよりも、彼女にもっと生きていて欲しかった。
「しょうがない子だな。自分の体のことはわかっていると言っただろう」
「でも」
「前々から自覚症状はあったんだ。味覚が鈍くなり、手足が痺れ、呼吸も整わず、体力もなくなった。お前に隠すのは一苦労だったんだぞ」
「だからって」
「聞いてくれ、サム。お前の気持ちは嬉しい。私だって、できることならもっとお前とサムと一緒にいたい。だけど、継承魔法を使えないほど衰弱してしまったら意味がないんだ。私の全てを託せなくなってしまう」
「――ウル!」
「まさか、いらないとは言わないよな?」
「そんなこと言うわけないじゃないか! でも、それ以上に、俺はウルと一緒にいたいんだ!」
もし、ウルのすべてを引き継がなければ、残された時間が伸びるのであれば、喜んで放棄しただろう。
しかし、ウルとの会話から、本当に彼女の時間が残されていないのだとサムにもわかった。
それでも、許されるのであれば、ウルともっと長い時間を一緒にいたいと思ってしまう。
なにか手段がないかと考えてしまう。
涙の止まらないサムを、ウルは優しく抱きしめた。
「愛しいサム。私が初めて恋をした愛弟子よ。私もお前と一緒に生きていたい。しかし、同じくらい、目に見えて衰弱していく姿を見せたくないんだ。ならば、私が私のままでいられるうちに死なせてくれ」
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