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227/2009

52「アリシア様が怒りました」①



「サム様!」

「サム!」

「きゅるるるるーっ!」


 背後から、アリシアとリーゼ、そして子竜たちがサム目掛けて駆け寄ってきた。


「アリシア様、リーゼ様!」


 サムも、彼女たちのもとへと駆け寄る。

 子竜が頭をすり寄せてくるので、よく頑張ってくれたとばかりに撫でてあげる。


「きゅるきゅる」


 嬉しそうな鳴き声が響き、戦闘が終わったことへの安心感からサムの肩から力が抜ける。


「――う、うう」

「ジム様!」


 地面に横たえていたジムが、呻き声とともにゆっくり起き上がった。

 サムたちは彼のもとへ近づき声をかける。


「ジム様、大丈夫ですか?」

「心配しなくていい。傷は大したことはないんだ。だが、まさか斬られただけで魔力と体力を奪われるとはな……魔剣とは恐ろしいものだ」

「そうですね。ですが、魔力と体力を奪われるだけで済んでよかったです」

「僕も同感だ。それに、サムが魔剣を折ってくれたおかげなんだろう。魔力と体力がすべてではないが戻ってきた。おかげでこうして動くことができる」


 サムたちは安堵の息を吐いた。

 立ち上がったジムは大事がないようだ。

 魔剣に斬られた裂傷があるものの、それだけだ。

 サムはジムに頭を下げた。


「俺のいない間、ウォーカー伯爵家を、アリシア様たちを守ってくださり感謝します」

「いや、あまり役に立てなかった。逆にすまないと思っている」


 マニオンに遅れを取ったことを悔いているのだろう。彼の顔色は暗い。

 魔剣を持っていたとはいえ、マニオンの動きは素人同然だった。

 そんな人間の一撃を食らってしまったことが、ジムにとっては恥ずべきことのようだ。

 しかし、そんなジムにアリシアが声を発した。


「いいえ、ジムはわたくしたちのために戦ってくださいました! ジムが謝る必要なんてありませんわ! わたくしたちが、お礼を言わなければなりません。――ありがとうございます、ジム」


 アリシアの感謝の込められた声に、ジムの瞳に涙が浮かぶ。


「ええ、そうね。ありがとう、ジム。あなたのおかげで、私たちは無事よ」

「リーゼ様まで、そんな」

「ジム、あなたの勇気に感謝しますわ」

「……おば様も。いいえ、あなたちが無事で本当によかったです」


 リーゼとグレイスからも、感謝の言葉を受けて、ジムが照れた様子を見せる。


「サム様、その、平気ですか?」

「アリシア様? ええ、俺はとくに怪我もありません」

「いえ、そうではなく……弟さんが」

「――ああ」


 アリシアがサムを気遣う声をかけると、リーゼたちもサムに視線を向けた。

 みんながサムを気遣い、心配してくれているとわかる。


「冷たい言い方ですが、自業自得ですよ」

「――そう、ですか」


 あっさりとしたサムの対応に、アリシアがどういう顔をしていいのか困ったような仕草を見せた。

 サムの無事を純粋に喜ぶべきか、それとも仮にも弟だったマニオンの死を嘆くべきか、そんな感じだろう。

 だが、サムとしては、アリシアがマニオンのことで悲しむ必要はないと思っている。

 守ることができたからよかったが、最悪の場合はマニオンによって害されていた可能性があるのだ。

 アリシアらしい優しさだが、彼女のその気持ちをマニオンにまで向けるべきではない。


「マニオン・ラインバッハ……言葉も交わしたし、サムとの会話も聞こえていたが、哀れな子供だったな」

「確かに、哀れではありますね」

「あの母親は放置していいのか?」

「さて、どうしましょうか。犯罪の片棒を担いだ人間ですが、一応、息子を失った母親ですからね。どう声をかけていいものか」


 サムとジムが困ったような顔をする。

 ヨランダは取り返しのつかない犯罪を行なったが、今、それを責めるのは酷だと思えた。

 彼女によい思いを抱くことは微塵もできないが、マニオンの死を心から悲しむことができるのはヨランダだけだ。


(旦那様たちの応援が到着するまで、そっとしておこう)


 放置はできないが、しばらくそっとしておくのが、数少ないサムのできることだった。

 すると、俯いていたヨランダが顔を上げて、サムを見た。

 いや、睨んだ。


「サミュエルぅうううううううううううううううっ!」

「――ヨランダ」

「お前のせいで、お前のせいでマニオンが死んでしまったじゃないの! どうしてくれるの! あの子を利用して、いい暮らしをするはずだったのに! 王族にだってなれたのに! 責任を取りなさいっ!」

「……あんたって人は、息子が死んでも変わらないんだな」


 サムはヨランダに呆れ、母親に死を悲しまれていないマニオンを哀れに思った。

 まさか、この期に及んで自分の利益がなくなったことを嘆くとは思わなかった。

 息子の死を純粋に嘆くのではなく、マニオンを利用して自分の得るものがなくなってしまったことを嘆くのが母親だろうか、と疑問に思う。


「そうよ! あんたが悪いのだから、お金を払いなさい! マニオンを殺したのだから賠償金を支払ってもらうわよ! あと、屋敷と使用人を用意しなさい! 伯爵になったのだから、それくらい問題ないでしょう!」

「あんた、なにを」

「マニオンの代わりにお前が私のことを養うのよ! マニオンを殺したんだから、そのくらいしてもらうからね!」

「馬鹿馬鹿しい。俺にそんなことをする義理はないよ。ていうか、マニオンのことを悲しんでいないんだな」

「悲しんでいるわよ! あの子がいなくなったら、誰が私に金を運んでくるというの!?」

「……あんた、仮にも母親だろ。もっと、他に思うことはないのか?」

「あるに決まってるでしょ! あんたの婚約者ももう奪えない、王女と結婚させることだってできない! 私の計画が全部おしまいよ!」


(駄目だ。話にならない。こんな女と会話をするだけ、時間の無駄か)


「ひどい母親だ。ありえない」

「……とてもじゃないけど、正気とは思えないわね」

「サム、このような女の言葉を聞いてはいけません」


 ジム、リーゼ、グレイスがヨランダの言動にはっきりとした嫌悪を見せた。

 サムももう相手にするのはやめようと思い、ヨランダに背を向けた。

 その時、アリシアが動いた。


「アリシア様?」


 サムが疑問を浮かべると同時に、彼女はヨランダのもとまで歩いていき、瞳いっぱいに涙をためて、大きく腕を振るった。


 ――ぱんっ!


「あ、アリシア様!?」


 サムをはじめ、この場にいる人間が、アリシアの行動に目を向いた。

 アリシアがヨランダの頬を平手打ちしたのだ。

 あの控えめな性格をした心優しいアリシアが、だ。

 一同が驚く中、頬を抑えたヨランダに、アリシアがかつてないほど大きな声を発した。


「いい加減になさってください!」




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― 新着の感想 ―
[一言] こいつに育てさせなければまともな男に育ったかも知らないのにね。
[一言] 聞くに耐えんし同情の余地もないからヨランダはサクッと燃やすべきやな
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