21「お別れと継承です」①
サムとウルが出会い、そろそろ五年になろうとしたころだった。
――突然、ウルが倒れた。
この四年間、殺しても死なないほど元気だったウルが、なんの前触れもなく倒れたことはサムに大きな衝撃を与えた。
訓練中、笑顔でバンバン魔法を撃ちまくっていた彼女が、突如青い顔をして胸を押さえて蹲ったとき、サムは血の気が引いた。
取り乱すサムを落ち着かせたのは、他でもないウル自身だった。
彼女は息を乱しながら、「少し休めばよくなる」と言った。
なのでサムは彼女を背負い、拠点にしている小さな宿屋に戻った。
そして、今。
ウルの故郷であるスカイ王国の王都に近い、小さな町のベッドの上で静かに眠るウルのそばを離れることなく、サムは見守っていた。
(ウルになにがあったんだ? 病気? でも、この四年間、そんな素振りはなにも見せなかった。もしかして、俺が気づいていないだけで、ウルは具合が悪かったのか?)
休めば良くなると言った彼女は、もう半日眠ったままだ。
すでに夜の帳が下り、あたりは暗くなっていた。
もしかしたらこのままウルが目覚めないのではないかという不安が駆け巡る。
この世界に転生して、サムははじめて神に祈った。
「……ん……サム」
ベッド脇の椅子に座り、祈り続けるサムに、不意に声がかけられる。
ウルが目覚めたのだ。
サムは椅子を蹴って、彼女のもとに駆け寄った。
「ウル、具合はどう?」
まだ顔色の悪い、最愛の師に不安げに声をかける。
すると、彼女は無理をして笑った。
「元気に決まっているだろう」
「嘘つくなよ。まさか、倒れるなんて……具合が悪いなら、悪いって言ってくれなきゃ」
「まったく、男の子がそんな情けない顔をするな」
ウルは、暗い顔をしているサムの頭を優しく撫でた。
「目が覚めたのなら、病院に行こう。無理なら、医者を連れてくるよ」
小さな町だが医者だっている。
もし、町医者で駄目なら王都へ向かえばいい。
「医者はいいよ」
しかし、ウルの言葉はサムの予想外のものだった。
「どうしてだよ!」
思わず声を荒らげてしまう。
するとウルは、どこかなだめるような声を出した。
「自分の体のことくらいわかっているさ」
「だからって」
「サム、よく聞くんだ。私はもう長くないだろう」
「――は?」
サムは己の耳を疑った。
いや、聞こえてはいたが、ウルの言葉を受け入れたくなかった。
「な、なに言ってるんだよ? 言っていいことと悪いこともわからなくなったのか?」
突然、弱気なことを言い出したウルに、サムは言い知れない不安を覚えてしまう。
今までこんな弱々しいウルは見たことがない。
彼女はいつだって、強気で、自信満々で、ときには傲慢だった。
そんなウルが、こんなにも力なく見えるのは初めてだった。
「落ち着いてきいてくれ、サム。私は、不治の病に冒されているんだ」
「え?」
「原因も、治療方法も不明な、悪意しかない病気だよ。強い魔力を持つ人間が稀に発症する、珍しい病気だ」
「そんな、だって、ウル」
ウルの告白に動揺するサムだが、彼女は構わず話を進めてしまう。
「隠していてすまない。だけどね、ずっと調子がよかったんだ」
サムに、言葉を受け入れ、噛み砕く時間を与えてくれない。
「実を言うと、病気が見つかったとき、一年も持たないと言われていた」
「……そんな」
「だから私は全てを捨て、家族に病気のことを言わないまま、出奔した。すべては、私の後継者を探すために」
ウルはサムを見て微笑んだ。
「そして、私の求めていた人材は見つかった。愛しい弟子、サムのことだ」
「待ってくれ、ウル! 一年って、俺たちはもう四年も一緒にいるじゃないか!」
「私も不思議だった。もしかしたら病気なんて治ってしまったんじゃないかとも思った。だが、やはり病気は病気だったよ」
「医者を、医者を探そう! 王都のように広い都市なら、ウルのことを治してくれる医者がいるはずだよ!」
ウルはサムの提案に、静かに首を横に振った。
「残念だが、私はもともと王都暮らしだ。使えるツテをすべて使って、高名な医者にも魔法使いにも見てもらった。その結果が、あと一年だったんだ」
「……そんな、じゃあ、どうすれば」
「しかし、人生とはおもしろいものだ。私の命の灯火は、一年どころか四年も持ってくれた。これはきっとサムのおかげだ」
「ウル、やめてくれ! そんなこと言わないでくれ、俺たちはこれからも一緒に冒険して、笑って、一緒に」
もう病魔に負けてしまったような物言いのウルに、サムが叫ぶ。
このまま師匠を死なすことなどできない。
どんなことをしてでも、命を繋ぎたい。
それこそ、自分の命を差し出したっていい。
サムは本気でそう思った。
「きっと最期の言葉になるだろうから、言っておくよ。――愛しているよ、サム」
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