39「いろいろありました」
「――はぁ。いろいろあり過ぎて疲れた」
サムは城下町を気分転換を兼ねて歩いていた。
別に、ウォーカー伯爵家の屋敷に居たくないわけでも、婚約者たちと距離をおきたいわけでもない。
ただ何気ないひとりの時間が欲しかった。
一週間前からサムの周囲は賑やかだった。いや、慌ただしいと言ってもいい。
母メラニーの生存から始まり、サムがラインバッハ男爵家の血を引いていないことは、ウォーカー伯爵家のみならず婚約者やその家族たちをも騒がせた。
とくに驚きを隠せなかったのは、スカイ王家だろう。
なにかと世間を騒がせるサムの父親が、亡き王弟ロイグ・アイル・スカイだったのだから。
言うまでもなく、ジョナサン・ウォーカー伯爵をはじめ事実を知った多くの人間が驚愕した。
サムの父親はチャールズ・ハワードと言う冒険者だった。だが、その名は、王弟ロイグが冒険者時代に名乗っていた名前でもあった。
こんな偶然あるものか、と誰もが思っただろう。
サムと婚約者たちは驚き、ジョナサンは胃のあたりを押さえてついに蹲ってしまうほどだった。
さて、本当にサムが王弟ロイグの息子なのかと、みんなの疑問は集中した。
リーゼたちがメラニーから聞いた話では、チャールズの髪色は銀髪が混ざった黒髪だったと言う。そして、サムも生まれたばかりの頃は銀髪混じりだったらしい。このことから、ほぼ間違いないではないか、と考えられた。
しかし、サムが王族の血を引いていると決断するにはもう少し情報がほしかった。
そこで、メラニーがチャールズから受け取ったという短剣が王家に提出されることとなった。
すると、短剣の柄にクライド国王とロイグ王弟の母親の出身であるグレン侯爵家の家紋が彫られていることが見つかった。
これにより、サムがロイグ王弟の血を引いている――つまり、グレン侯爵家と王家の血を引いていることが概ね確定したのだった。
さらに、クライドの母――王太后が健在であるため、亡きロイグの忘れ形見に会いたいと言っているらしい。
サムとしては、王族はもちろん、侯爵家の人間として扱ってほしくないのだが、そうはいかないらしい。
この辺りは今後どうするか決まっておらず、クライドを筆頭に話し合いが行われるらしいが、少なくともひとりの宮廷魔法使いとして楽しい魔法ライフは送れないようだ。
また、第一王女であるステラ・アイル・スカイとは従兄弟の関係になってしまったが、結婚に問題ないとのことだ。
むしろ、クライドなどは、弟の息子と縁ができることを心底喜んでいるようだった。
さて、問題はサムよりもメラニーにあった。
知らなかったとは言え、仮にも王弟との間に男子を産んだのだ。
これだけならよかったのだが、現在彼女はティーリング子爵家に嫁いでいる。もっと言えば、ラインバッハ男爵家に一度嫁ぎ、自殺して亡くなったことになっているのだ。
母も息子に負けないなかなか複雑な経歴である。
メラニーの扱いをどうするかと上の方々は頭を悩ましたらしいが、ジョナサンを経由して伝えてもらったサムの「母をそっとしてあげてほしい」という願いを受け、クライドたちは、メラニーをティーリング子爵の妻であり、サムの母親としてだけ扱うと約束してくれた。
これで一安心だ。少なくとも母が、貴族の荒波に必要以上に揉まれることはないだろう。
あとは、母や祖母に当たる人と会うだけなのだが、もうサムはお腹一杯だった。
ジョナサンたちウォーカー伯爵家の一同も、まさか長女ウルの弟子として受け入れたサムが、王家の関係者だったとは夢にも思っていなかったようだ。
おかげでジョナサンは胃を痛めながら王宮に足を運ぶ日々を送っている。
サムにとって、幸いだったのが、ジョナサンがサムを利用しようなどと企むような人間ではない高潔な人だったことだろう。
彼に、サムを使い自分の立場をよくしようという欲望はない。
むしろ、これ以上問題が起きませんように、と願っているくらいだ。
逆に、コフィ子爵などはサムとの縁が切れてしまったことを悔しく思っているに違いない。
そもそも血縁関係がなかったのだ。
せめてゴリ押しをしてでも孫を婚約者のひとりにしておけばよかった、と悔いているようだと噂で聞いた。
今回の一件で、平常運転だったのがギュンターだけだった。
彼は、サムが男爵家だろうと王族だろうと、愛情は変わらないと言い切ったのだ。これには、動揺気味だった婚約者たちがショックを受けたようで、気を引き締め直すきっかけとなったらしい。
ずっと引きこもっていたギュンターだったが、サムを元気付けようとしたのか、弱っているところをチャンスと思ったのか、屋敷に突貫してきて――クリーに回収されていった。
彼は相変わらずだったが、それがある意味救いだった。
ただ、血縁的にギュンターと親戚関係になってしまうのがサムとしては、なんとも微妙な気持ちになるのだった。




