99「綾音の涙です」③
日比谷綾音はゆっくり日記を閉じた。
「……なんていうか、いろいろツッコミどころはあるけど、モアイがちゃんと幸せになったのなら、よかったわ」
継承魔法によって流れ込んでいた記憶に蓋をしていたが、解放すると息子と娘の慌ただしくも楽しい日々が流れてくる。
その中に、綾音もいた。
ちゃんと子供たちの記憶の中に、綾音がいたのだ。
「――ありがとう」
涙が止まらない。
「――本当に、ありがとう」
視界が涙で見えなくなった。
思い出せば、ルーシェルとアイリーンと過ごした時間は大切なものだったのに、最後は妹と憎しみあって殺し殺される関係になっていた。
少しでも、わずかでも、ふたりと接したことで自分の血を分けた娘と息子のことを思い出せていれば、ルーシェルとアイリーンだったのね、と笑い合えていたのかもしれない。
女神になることもなく、一緒に寿命で死ねたかもしれない。
ただただそれだけが悔やまれる。
ごしごしと顔を拭く。
ルーシェルと同じく、アイリーンも手紙を残してくれていた。
泣くには、少し早い。
綾音は鼻を啜りながら、アイリーンの手紙を広げた。
『いえーい、お母様見てるー? お母様が勇者として戦って守っていた国を取っちゃいましたー!』
「このノリなに!? なんかぞわっとする!」
想像以上に明るいノリで涙が引っ込んでしまった。
『兄がお母様へのポエムを書いているので、私は明るい感じでいこうと思います。昔のノリで行きたいけれど、私も気づけば三十後半。もうはっちゃけられません』
「十分はっちゃけていたと思うけれど!?」
『未来では、お母様はお元気でしょうか? きっと封印を解いた素敵な王子様と幸せに暮らしているのでしょうね』
「……封印を解いたきっかけになった王子の血を引く子とは婚約したけど、元気でやってるわ」
『何年後の世界かわかりませんが、白雪おばさまが滅びていると嬉しいです』
「……気持ちはわからなくもないけど」
『白雪おばさまは気づかれていないと思っていますが、ちょいちょい私たちの様子を見にきてくれているようですね。先日、変装して会いにきていたので気づかぬふりをして、我が国伝統の豊作祈願の踊りを一番目立つところでさせました。恥ずかしかったのか、白いお顔が真っ赤でした。ざまぁ!』
「地味に嫌がらせしてる! というか気づかれているじゃない!」
『正直に言うと、もうそこまで恨んでいません。兄もです。白雪おばさまが気にかけてくれたことは知っていますし、悪い方ではないこともわかっています。それでもお母様を奪われ、憎き魔族と和平をすることは許せませんでした』
「……そう、よね」
『でーすーけーどー、私の時代に魔族をかなり倒しましたよ! 絶対におばさまの目指した和平にヒビいれましたね!』
「……きっと恨んでいる頃のことよね」
『そんなわけで、もし叔母さまがまだ未来でしぶとく生きていたら、見守ってくださりありがとうございましたとお伝えしてください』
「――アイリーン、あなた」
『兄は叔母さまを許せていませんが、ここだけの話、兄の初恋が白雪おばさまだったのでいろいろ拗らせているだけです。その証拠に、兄の子には割と白とか雪とか入っています。奥方たちも苦笑していますが、私的によろしくないので鉄拳制裁しておきました』
「ちょ、ま」
『お二人が仲違いしていなければ、兄と叔母さまルートがあったと思うと、正直ドン引きです。まあ、叔母さまもお美しい幼女なのでさぞおモテにあるでしょう。魔王ですからね、えげつない逆ハーレムを作っているかもしれません』
「えぇぇ」
『さてそろそろ貴重な紙も減ってきたので、お伝えしておきたいことを書きましょう。兄はいずれ転生したらお母様に会いに行くと言っていますが、私はお母様の子として転生する予定ですので、よろしくお願いします』
「お願いしますと言われても。やろうと思ってできないでしょう!?」
『気合いです』
「あれ? 私の声が過去に届いていないわよね!?」
『私はお母様の娘に生まれて幸せでした。恩返しができずに申し訳ございません。せめて何か未来に残せればといろいろなことをしてみましが、どうなることやら』
「……王家のテクは残っていたわよ。あとばぶばぶも」
『――まだまだ私の人生は続くでしょうけど、精一杯生きていきます。いずれお母様と再会できる日を夢見ています。それまでお元気で』
「……ありがとう、モアイ」
『――追記。私は夫と良い関係を今も築いているのですが、最近痩せていく夫を見て私が搾り取っているのではないかと噂されて、解せません。ベッドの魔王って、ひどくないですか!?』
「ベッドの魔王も未来に残っちゃったぁあああああああああああああああああああ! しんみりさせてくれないわねぇ、あんたらぁあああああああああああああああああああ!」
過去からお便りでした。
アイリーンさんとルーシェルさんが遺したもの。
「王家のテク」「ばぶばぶ」「ベッドの魔王」「わからせ」「スカイ家の血」
綾音っち「はわわわわわ、とりあえずこのことがバレませんように!」




