96「アイリーンの日記です」③
――晴れ。
専属メイドのためにイケオジ騎士とのお茶の席をセッティングした。
どうやらイケオジ騎士は私の立場を理解しているようで、恭しく礼をしてくれた。このイケオジ、心もイケオジだ。
イケオジ騎士はメイドの好みにドンピシャだったようで、目がハートだ。いや、マジでハートだ。どうなっているの、その目!?
動揺したけど、とりあえずイケオジとメイドをくっつけようとする。
メイドはとある男爵家の三女。このご時世、良い縁談も少ないし、趣味が趣味なので独身を貫くつもりだったようだ。
イケオジ騎士は、とある貴族に使える騎士家の長男だったが、領地が魔族の襲撃を受けて故郷を失ったようだ。以後、戦場を渡り歩いていたところを母に拾われて現在に至るらしい。
魔族めぇ、いったい何をしたいのかよくわからない。魔族は種族ごとまとまっているので、魔族全体をまとめる者がいない。会話はできるが、王がいないので戦いが終わらないのだ。たとえば、吸血鬼族と和平をしようとしても、他種族が人間を襲えば「お前ら話が違うだろ、ああん?」となってしまう。実際に何度もなったので、和平よりも滅ぼした方が早いと結論づけてしまったのは無理がないことだ。
その昔の決め事に異を唱えているのが、白雪叔母さまだ。引っ掻き回すなよぉ。気持ちはわかるけどさぁ。急な和平は遺族が納得しないんだよぉ。
と、私の意見はさておき、故郷を失ったさすらいのイケオジ騎士は、メイドが頑張って言った「私と家族になりましょう! 幸せにします!」という言葉に胸を打たれたようで、こうして結婚が決まった。
やるなメイド。私は顔合わせのつもりだったのに、展開が早すぎる!
あと、母がいねーなーと思っていたら、離れた場所から見守っていた。母はどの立ち位置で見守っていたのだろう。え? ああ、親戚のお兄さんみたいな感覚だったから嬉しいのね。なら、よし!
――曇り。
自慢じゃないが、私は手が速い。手が使えなければ蹴りが出るほど、とりあえず攻撃をすることを信条にしているほどだ。
兄の防御力が凄まじいのでつい力を込めて殴ってしまうのだが、私は反省しない!
そんな私は、先日、悪役令嬢に転職したのだが、だからと言って特にすることは変わらない。鬱陶しい奴は殴る! そう決めていた。言っておくが、暴力が好きなのではない。敵が多いの。
そんな私の前に、おかしな奴が現れた。
テイリー・スカイという隣国の王子だった。国力としてはどっこいどっこい。どちらの国も、いや、この大陸どの国も人間の国は魔族との戦いで疲弊している。
テイリーは王子であるが、正式な王子ではない。側室の、それも爵位が低い母の子らしく、王家の姓を名乗れず母の姓を名乗っているようだ。
……私の結婚相手らしい。
苦笑して「よろしくね」と言った彼の手を取った私は、彼の足を踏んで渾身の拳を腹部に決めた。
自分で言うのもなんだが、人生初と言える力の乗った素晴らしい一撃だった。
言うまでもなく、乳母のばあやに死ぬほど怒られた。
私の尻、みっつに割れてないよね? 椅子に座れないんですけど。
――曇り。
人間、本当に恐怖を覚えた時は言葉が出ないことを知った。
テイリー王子が私のもとを訪れた。
さすがに隣国の王子を殴ってしまったことを謝罪しなければいけないと頭を下げた私に、「気にしていない」と笑顔で言ってくれた。
きっと立場上そう言うしかないんだろうなぁ、と同情する。だが、この同情は無意味だった。
彼は笑顔のまま「昨日の一撃が忘れられず、眠れませんでした。どうか私と結婚してください!」とほざきよった。
私は無言で全力の拳を放った。
――はれ。
へんたい、こわい。
たしゅけて。
――晴れ。
私は誤解していた。
テイリー・スカイは悪い男ではない。
いや、いい男だ。
――しゅき!




