34「驚きの女性が訪ねてきました」⑤
「……メラニー様」
「サムのために、と考えてくださったのでしょうが、お願いですからおやめください。彼と別れて十年以上の月日が経っています。今更、息子がいると聞いても困るだけでしょう」
「しかし」
リーゼたちは、サムを本当の父親と会わせてあげたいと思っていた。
「サムにも今の生活があり、私にも家庭があるのです。サムのことも当然大事ですが、今の夫と娘のことも心から大切なのです」
「――っ、そう、ですね。短慮な発言を失礼しました」
リーゼは己の失言を悟った。
確かに、サムのためには本当の父親と会うことができるのはいいことなのかもしれない。
だが、それは、メラニーの今の家庭にも変化が訪れてしまうこととなる。
ティーリング子爵との間に、娘が生まれ、幸せに生活している彼女の今を壊すことはできない。
彼女のことだけではない、ティーリング子爵と娘の生活にだって劇的な変化を与えてしまう可能性だってあるのだ。
万が一、リーゼたちがチャールズ・ハワードを見つけ出したせいで、ひとつの家庭が壊れてしまったなんてことになれば取り返しのつかないことになる。
「謝らないでください。本当なら、サムのために父親を探すべきなのかもしれません。あの子は、一般的な家族の愛情を知らずに育ちました。もちろん、私のせいです。ですから、本当の父親なら、と思うのは極自然のことです。しかし、私は怖いのです」
「怖い? なにが怖いのでしょうか?」
「チャールズと別れてから彼が変わってしまったのではないかと不安です。もし、今のサムを利用しようとするような人になっていたら、と万が一を考えるだけで恐ろしくなります。もちろん、必ず悪い方向に進むとは思っていません。サムを受け入れ、よき父となってくれる可能性だってありますが、私はそれに賭けることはできません」
「――そう、ですね」
もしも、チャールズ・ハワードが最低な人物だったら、サムが悲しむ結果になるだろう。
無論、必ずしもそうなるとは限らないし、とてもいい人物でサムと良好な関係を築くことができる場合だってある。
しかし、それは、実際にチャールズに会ってみなければわからない。
メラニーの言う通り、賭けになってしまうことは避けるべきだろう。
チャールズにも家庭があるかもしれない。
サムの存在を知り、迷惑だと思う可能性だってないわけではない。
十四年も前のことを、今さら掘り返す必要はないのだろう。
「散々語ってしまいましたが、本来ならこのようなお話をするべきではなかったかもしれません。サムのためを考えるなら、事実を墓まで持っていくべきだったでしょう」
「いえ、サムは真実を知りたかったはずです」
リーゼをはじめ、婚約者たちは、事実を知ることができることだけは間違っていないと断言した。
サムの過去と、今の彼を思い浮かべれば、本当の意味で過去と決別することができるはずだ。
もちろん、ショックは大きいだろうが、知らなければよかったとはならないはずだ。
「この事実は他にも?」
「サムの出自の秘密を知っているのは、夫だけです。ひとりでは抱えきれず、話してしまいました」
「そうですか。サムに伝えても構いませんか? おそらく、私たち両親にも話が伝わるかもしれませんが」
「お願いします。私からサムに告げる勇気がありません」
「わかりました。でしたら、こちらで責任を持ってサムにお伝えさせていただきます。あの、お母様」
「――母などとお呼びいただく資格は私にはございません。どうか、メラニーとお呼びください」
「いいえ、あなたはサムのお母様です。そして、私たちにとっても大切なお母様です」
リーゼの言葉に続き、婚約者たちが頷く。
メラニーがサムに負い目があろうと、母であることはかわらない。であれば、みんなにとっても大切な母親となる。
あくまでも母親だと認めてくれるリーゼたちに、メラニーは深々と頭を下げて感謝の言葉を伝えた。
「最後に、サムとはお会いしますか?」
「私に、サムと会う資格があるのでしょうか?」
顔を上げたメラニー不安そうな瞳が揺れる。
彼女がサムに負い目がある以上、会っていいものかと悩むのだろう。
そんな彼女を安心させるように、リーゼは優しげな笑みを浮かべてそっと頷いた。
「もちろんです。勇気がいるでしょうが、サムにあってあげてください。今日でなくとも、明日でも、明後日でも。メラニー様のお覚悟が決まり次第、顔を見せてあげてください」
「――ありがとうございます。リーゼロッテ様たちのような心優しい素敵な方々とご縁があり、サムも幸せだと思います。母親として、心より感謝申し上げます」




