表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

204/1975

29「王弟様のお屋敷です」②



 亡き王弟、ロイグ・アイル・スカイは自由を好む風のような人だったと聞いている。

 帝王学を学ぶよりも、音楽や絵などの芸術を愛し、なによりも魔法を愛していた。

 武芸に関しては家庭教師が匙を投げ出すほど才能がなかったようだが、魔法に関してはそこそこの実力があったという。


 しかし、ロイグの魔法の実力が振るわれることはなかった。

 その理由は言うまでもなく、彼が王子であるからだ。

 ロイグは優しく、常々授かった魔法を民のために使いたがっていた。

 そんなロイグを兄クライドが、ときに窘め、ときに慰めたこともあるらしい。


 しかし、ロイグはついに我慢ができず、十八歳で出奔してしまうこととなる。

 前もって念入りに準備していたこともあり、彼の後を追うことは難しかったという。

 そして、月日が流れる。


 兄弟の再会は最悪の形で訪れた。

 とある冒険者がロイグの亡骸を届けてくれたのだ。

 彼はロイグの冒険仲間であったらしく、死を見届けた人間でもあった。

 クライドは、彼からロイグの送った冒険者としての日々を聞くことができた。


 ロイグは、チャールズ・ハワードと名を変えて、魔法使いの冒険者として活動していたそうだ。

 火柱のチャールズと呼ばれ、それなりに活躍をしていたらしい。

 だが、モンスターから町を守るために負傷し、それでもなお戦い続け、町を守り切ることに成功したが、亡くなってしまったらしい。


 町の人々や、仲間からは英雄だと讃えられたが、クライドとは兄として亡くなって再会を果たしたが、弟に涙を流すしかできなかった。

 もう十年以上も前の話だった。


「しかし、サムを見ていると弟を思い出す」


 屋敷の中を見て回りながら、時折弟との思い出を語ってくれるクライド国王が、そんな言葉を漏らした。


「サム様がロイグ様に似ているのですか?」

「それは、えっと光栄です」


 屋敷の中は長年人が住んでいないにもかかわらず、埃ひとつ落ちていないほど丁重に管理されていた。

 屋敷の大きさは、ウォーカー伯爵家よりも少し大きいという具合だ。

 装飾品や飾られている絵画などは少ないが、ひとつひとつ高価な物だと素人目にもわかる。

 きっと王弟はセンスのいい人間だったのだろう。


「うむ。ロイグも剣がまるで駄目だった。かつて共に剣術を習ったこともあったが、奴のミスで何度か死にかけたこともある。当時は激昂したが、今ではいい思い出だ。本当に、才能があるない以前の問題だった」

「まあ、お父様。それではまるで」

「サムのようだろう?」


 クライドの思い出話に、ステラが驚きつつ反応する。

 確かに、サムと同じような剣の才能のない男のようだ。


「俺の他にそんな人がいたんですねぇ」


 ある意味感心してしまう。

 まるで呪いのように剣が使えない自分と同じような人間がいたことに、戸惑いと苦笑が浮かんでしまう。

 存命なら、ぜひ一度話をしてみたかったと思う。


「ロイグは魔法の才能があったものの、サムほどではなかった。だが、人に好かれやすく、気づけば周りに人が自然と集まるような人間だった。余よりもよほど王に相応しかっただろう」


 過去を懐かしむようにクライドが思い出を語る。


「しかし、争いを嫌う一面もあってな。おそらく、我らの母が権力争いのせいで苦労したからだろうが……そんなロイグだからこそ、余ではなく、自分が貴族たちに担ぎ上げられることをよしとせず、争いにならぬよう姿を消したのだと思う。もっとも、弟にしてみたら、願ってもないチャンスだったのだろう。長いこと冒険者になりたがっていたのでな」

「自由をお求めになったのですね」

「うむ。だが、遺体となって帰ってきたときには言葉もなかった。愛する人もおらず、跡取りもいないまま、誰かのために戦い続けた――いや、もしかすると余が知らぬだけで、愛した人がいたかもしれぬ」

「その、残念です」


 クライドの言葉を聞いていれば、兄弟仲がよかったことはわかる。

 それだけに、兄弟の権力争いを避けるために出奔し、遺体となって帰ってきたロイグにクライドはどれだけ悲しんだか、心中察するにあまりある。


「いや、もう十年も前のことだ。――そなたの黒髪と、黒目を見ていたせいで、つい感慨深くなってしまったようだ。だが、本当によく似ているな。黒目黒髪もそうだが、雰囲気がそっくりだ」

「お父様、ロイグ様は黒髪だったのですか?」


 尋ねたのは、ステラだ。

 ロイグに王家の人間なら必ず現れる銀色の髪がなかったのか気になったのだろう。


「うっすらと銀色が混ざった黒髪だった。一見すると黒いが、陽の光にあたるとよくわかった。ふふ、余がサムを気に入っているのは、義理の息子になる以上に、亡き弟と似ているからかも知れぬな」


 そう笑う国王だったが、自分が余計な話をしていたことに気づくと、小さな咳払いをした。


「すまぬ。今は、屋敷の案内が先だったな」

「いえ、貴重なお話でした。よろしければ、ぜひロイグ様のことをお聞かせください」

「わたくしも興味があります」

「そ、そうか? なら、他にも思い出の場所がある。そちらに移動しよう」


 亡き弟との思い出話をしながら、クライドはサムとステラに屋敷の中を様々な場所を案内してくれたのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 剣の才能が全くなく、更に火柱の魔法使いの二つ名持ちか、火柱ね。 母親は生きているし、何かキナ臭くなってきたな。
[気になる点] もしや、本当の父親では?母親も生きてそうですし…
[気になる点] 「サム様がロイグ様に似ているのですか?」 ⇒『叔父様』とは呼ばないんですね。王女様、国王以外の家族に冷めてます?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ