83「飲んでしまいました」①
「楽しそうね、サム」
「あ、リーゼ。アリシア、ステラ、綾音さん」
ワインを飲ませようとするギュンターと、絶対に飲むものかと抵抗するサムに風呂上がりのリーゼたちが苦笑しながら声をかけた。
「おっと、すまないね。リーゼ、アリシア、ステラ、綾音っち。君たちがお風呂に入っている間に、サムを独り占めしてきゃっきゃうふふさせてもらったよ」
「してないけどね!」
「というか、あんたも私のこと綾音っちっていうのね!?」
ピンクの可愛いパジャマを身につけた綾音が、ギュンターにまで綾音っち呼ばわりされていることに驚くが、すぐに諦めた顔をした。
「もう好きにして。綾音っちって響き、嫌いじゃないし」
「綾音っちさん」
「綾音っち」
「綾音っち様」
「綾音っち様」
「綾音っちくん」
サム、リーゼ、アリシア、ステラ、ギュンターが遠慮なく綾音っちと呼んだ。
「無理して綾音っちって呼ばなくていいのよ!?」
みんなから綾音っちと呼ばれ、顔を赤くする綾音。
サムたちの声にはからかいこそあるが、親しみもあった。
「まあいいわ。好きにしてちょうだい」
リーゼたちに心配かけた負い目もあるので、綾音は綾音っち呼びを素直に受け入れた。
「そういえば、オフェーリアとクリーは?」
お風呂に入っていた女性陣の中に、年少組がいないことにサムが気づいて尋ねた。
ステラが顔を赤くしながら、ぼそっと教えてくれる。
「クリー様はお仕置きの準備があると御支度に行きました」
「ぴえっ」
ギュンターが変な声を出した。
「オフェーリア様は、強制的にお手伝いに駆り出されてしまいましたの」
「……一体、どんなお手伝いをしているのか」
「か、考えないようにしましょう」
「そうだね」
他ならぬ、お仕置きをされる本人であるギュンターが小刻みに震えているのだ。
サムたちでは、どんなことをされるのか想像すらできない。
良くも悪くもスカイ王国で一番癖のある男をよくもここまで怯えさせられるものだ。
クリーはギュンターの制御装置であるとサムは確信している。同時に、クリーにとってもギュンターは制御装置だろう。
どちらもどちらを必要としている、理想的な夫婦だ。
一部、目を瞑れば、だが。
「あらあら、仲睦まじいこと。ところで、これ、飲んでもいいわよね。お風呂上がりで喉乾いちゃって」
綾音がテーブルに置かれたワインを一気に飲み干してしまう。
「――あ」
サムが止める間もなかった。
「な、なによ。高いワインだったとか?」
「えっと、お値段は知らないんだけど」
「けど、なによ?」
「ぎゅんぎゅん成分配合のぎゅんぎゅんワインです」
しん、と食堂が静寂に包まれた。
綾音もギュンターの日々の言動はよく知っている。
彼女は涙目になると、
「これ、指突っ込んで吐いた方がいい?」
まるで誤って毒を飲んだような顔をした。




