18「アリシア様の好きな人は……え?」①
「あれ? リーゼ様、まだ起きていらしたんですね」
花蓮と水樹と手合わせを終え、一風呂浴びてきたサムが部屋に戻ってくると、ベッドの上で上半身だけ起こし、寝巻きの上にカーディガンを羽織ったリーゼが出迎えてくれた。
「ええ、サムと少し話をしたいことがあったの」
「話ですか?」
「ちょっと難しい話かもしれないわ。さ、隣にきてちょうだい」
リーゼに招かれ、ベッドの上に座る。
「ところで花蓮たちはどうしたの?」
「汗を流したのでお休みになるそうです。いやー、花蓮様たちの前で本気を出したせいでしょうか、手合わせなのに本気で襲いかかってくるので死ぬかと思いましたよ」
先日の雨宮蔵人との戦いで、サムは今自分ができる全力を持って戦った。
まだ披露していない魔法などはたくさんあるものの、あのとき、あの場でできる全力だった。
そして、国一番の剣士を圧倒して見せた。
サムの力量を目の当たりにした花蓮と水樹は、手合わせだと言うのに遠慮なく全力で襲いかかってくる。
おそらく、彼女たちもサムの全力を引き出したいのだろう。
だが、サムはあくまでも接近戦の訓練として彼女たちと戦っているので、魔法使用は最低限でしかない。
彼女たちはサムを追い詰めて、魔法を使わせたいようだ。
「ふふふ。花蓮も水樹も負けず嫌いだものね。サムの本気に挑んでみたいのよ」
「あははははは。参ります」
「ところで、本題なんだけど」
「はい」
「――アリシアのことどう思う?」
はて、とサムが首を傾げる。
なぜ改まってアリシアのことを尋ねられたのか、リーゼの真意がわからず戸惑う。
「んん? アリシア様のことですか?」
「ええ、サムがどう思っているのか知りたいの」
「とてもいい方だと思いますよ。子竜たちと仲がいいのを見ればわかると思いますが、お優しいし。ちょっと元気すぎる一面があることに驚きましたけどね。最近じゃ、子竜たちを部屋に招いて一緒に生活しているみたいなんですよ。灼熱竜もどういうわけが未だ帰ってこないので、子供たちは喜んでいますよ」
「そうね。あの子にあんなに元気な一面があるなんて知らなかったわ」
ふたり揃って苦笑する。
引っ込み思案の大人しい少女だと思っていたアリシアだが、竜の背に乗って散歩する豪胆さも持っていた。
サムは戦う術を持つゆえに、灼熱竜家族とも平気で接することができるが、アリシアは違うのだ。
戦う術を持たない少女が、人間を優に圧倒する力を持つ竜たちと仲良くできることがどれだけ度胸のいることなのかサムにはわかる。
「それに本もたくさん読んでいるから博識ですね。学校の成績も優秀と聞いていましたので、さすがです。なによりもお話が合うんですよ。俺も物語が好きなので、最近は人気作の本の話題で盛り上がっています」
子竜の世話を焼きながら、アリシアといろいろな話をする時間が好きだった。
当初、男性が苦手だとサムから距離を取っていたアリシアが懐かしくなるほど、今は親しくさせてもらっている。
今では、彼女と過ごす時間が楽しみだった。
「なるほど。つまり、サムはアリシアが好きなのね」
「もちろんです。アリシア様を嫌いになんてなるはずがないじゃないですか」
「――わかったわ。サムの気持ちを聞けて安心したわ」
「安心? どういうことですか?」
いまいち、リーゼの言いたいことがわからず困惑する。
すると、リーゼは満足した様子で、口を開いた。
「サム――アリシアを妻として迎えましょう」
「――はい?」
「正確にはまだ婚約者としてだけど、私たちと同じようにサムの」
「ちょ、ちょっと、どういう意味ですか?」
なぜ突然、アリシアを婚約者にしようとするのかリーゼの真意がわからない。
サムは戸惑いに包まれながらも、疑問を口にする。
「え? そのままの意味よ」
「そうじゃなくて、どうしてアリシア様が俺の婚約者にって話になるんですか?」
「アリシアのことを好きなのでしょう?」
「それは、ええ、ですが、そういう意味じゃなくてですね。そもそもアリシア様には縁談のお話があるみたいじゃないですか……まあ、ご本人はあまり乗り気じゃないみたいですけど」
「あの子が縁談に乗り気じゃないのは、好きな人がいるからだそうよ」
「へえ。ならその方と」
アリシアの好きな人とはどのような方だろうか。
彼女が好きになるような人だ。
優しい人に違いない。
「あなたよ」
「んん?」
「アリシアは、サム、あなたのことが好きなのよ」
「――え?」
婚約者の言葉を聞いたサムは、己の耳を疑い、間の抜けた声をあげたのだった。




