15「アリシア様の気持ちです」②
「わざわざ呼び出してすまんな。さあ、座りなさい」
「お父様? お母様まで? いかがしましたか?」
父の書斎に赴いたアリシアを両親が出迎えてくれた。
父だけではなく、母までいたことに、なにかあったのではないかとアリシアが首を傾げながらソファーに腰を下ろす。
両親も、テーブルを挟みアリシアと向かい合うようにしてソファーに座った。
「最近、我が家はトラブルも続いたがそれ以上に祝い事があり賑やかになったな。そこで、と言うのも変だが、ロバート子爵がアリシアとの縁談を進めたいと言ってきてな。お前の気持ちを確認しておきたいと思ったのだ」
「それは、つまり……ジム様に嫁ぐようおっしゃりたいのですね」
「少なくとも先方と、他ならぬジムがそう望んでいる」
ロバート子爵家は、母親同士が学生時代の友人ということもあり以前から付き合いのある家だ。
長男ジムは、魔法学校に通う少年であり、アリシアの幼なじみだった。
幼い頃からジムはアリシアに好意を向けているのだが、当のアリシアはがさつで、人の話を聞かず自分のことばかりのジムをあまり得意としていない。
「ジムが、今年で魔法学校を卒業する。当主になるまで時間があるので、魔法軍に入隊する予定だ。これを機に、アリシアを妻として迎えたいようだ。そうだな、彼の卒業までは婚約者で、卒業後に結婚という流れになるだろう」
「ジムは悪い子ではありません。魔法使いとしての才能もあるようですし、なによりも幼い頃からアリシアを一途に慕っています。いいお話だと思ったからこそ、進めているのですよ」
「……わたくしは」
乗り気な両親に対して、アリシアの声は暗い。
それもそのはず、彼女に取ってジムは結婚したいような相手ではなかった。
彼が悪い人間ではないことは知っているが、相性が悪いのだ。
「もちろん、お前の気が進まないのなら断ってくれても構わない。リーゼの件があったのだから、お前たちには望んだ結婚をしてほしいと思っている」
「……あなたの意見に逆らうつもりはありませんが、それで嫁き遅れてしまっても大変ですのよ」
「わかっている。だが、まだ焦る年齢でもなかろう。まだアリシアは十七歳ではないか。学校にも通っているし、せめてこの子の卒業まで待っても悪くはないと思うぞ」
「そんなことを言って、娘を嫁に出すのが寂しいだけでしょう」
「こ、こら、アリシアの前でやめなさい」
「おほほほほ、失礼しました」
仲睦まじい両親を見ていると、結婚というものに憧れる。
ふいにサムの顔が脳裏をよぎった。
再びアリシアの胸が痛くなる。
「さて、アリシア、いかがですか? 殿方が苦手なあなたでも、幼なじみのジムなら違うでしょう? 月に一度は顔を合わせていますし、あの子もあなたのことを理解してくれるはずですわ」
母としては友人の息子とアリシアが結ばれてくれると嬉しいのだろう。
そう思うと、ジムのことが苦手であるとは言い辛い。
確かに、彼とは毎月顔を合わしているが、月に一度のその日が苦痛だったことは、誰にも打ち明けたことはない。
そんなことを言えば、きっと母は残念に思うからだ。
しかし――このまま流されるままジムと結婚の話が進んでしまってもいいのか、とアリシアは自らに問いかける。
(ジム様、ごめんなさい。わたくしは、やはり――)
母やジムの期待に応えることはできそうもない。
アリシアは大きく息を吸い込んで、まっすぐに両親を見据える。
(勇気を出すのです。ちゃんと言わなければいけません!)
このまま事が進んでしまえば、ジムを傷つけることになる。
自分だって望まない結婚は嫌だ。
貴族の娘としては失格かもしれないが、胸に抱く感情を捨てることはできそうもなかった。
「……ジム様は苦手です」
「アリシア?」
勇気を振り絞って一言発してしまうと、次の言葉が自然と出てきた。
「あの方は、ご自身のことばかりで、わたくしのお話を聞いてくれたことは一度もありません。いつも自分の自慢話ばかりです。それを延々と聞かされるのは、嫌でした。サム様のように、わたくしのお話をちゃんと聞いてくれる方ではありません」
「――アリシア、もしかして、あなた」
「――っ」
思わず、サムの名前を出してしまったことに慌てて口を押さえるが、もう遅い。
両親は目を丸くしたあと、確かめるように尋ねてきた。
「正直に言いなさい。誰もあなたを責めるつもりはありませんよ」
「しかし」
「アリシア、お前が素直に言ってくれないと、私たちもお前のためになにかをしてあげられない」
両親の気遣ってくれる言葉に、最大の勇気を出してはっきりと告げた。
「――はい。わたくしは、サム様をお慕いしています」




