13「祖父に会いました」②
ユーイング・コフィ元子爵当主が、ウォーカー伯爵家から帰ってくると、孫娘のミューイが笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お爺さま」
「おお、わざわざ出迎えてくれたのか、ミューイよ」
ユーイングが孫の中でも一番可愛がるミューイは、亜麻色の癖っ毛を伸ばした十五歳の少女だ。
孫の中でも一番利発な子でもあった。
「サミュエルに会ってきたのでしょう? いかがでしたか?」
「とてもカリウスの息子とは思えない少年だった」
「あら、私も会ってみたかったですわ」
「そう言うな。いずれ会う機会もあるだろう」
サムはカリウスの父親であるユーイングに、いい感情を抱いていないようだったが、まだ改善できると見込んでいた。
「サミュエルとは今後いかがするのですか?」
「良い関係を築いていきたいと思っている。できればお前を嫁にして、関係を深めたいとも考えていたが、婚約者たちが大事なようだ。あまり無理なことをして揉めるのは望まぬ。それに、婚約者たちも簡単に隙を見せたりしないだろう」
「あら、残念です」
ミューイは本当に残念そうに言う。
「わしもだ。我が一族に魔法使いはいないからな。できれば、血族に魔法使いの血を迎えたかったが、まあ、無理強いしても仕方がない」
サムが優良物件なのは、なにも女性だけに限った話ではない。
魔法使いというのはそれだけで希少なのだ。
魔法使いを血族に迎えたいという人間は多い。
特にサムのような宮廷魔法使い、スカイ王国最強の魔法使いという肩書を若くして持つ人間は、喉から手が出るほど欲しい優秀な人間だ。
「カリウスおじさまのことは、お父様から聞いたことがありますが、あまり魔法に関心がない方だとか」
「剣だけがすべてのような男だった。だが、その剣の実力も、せいぜい普通以上くらいでしかない。お前の父親は、体こそ弱くはあるが、頭の回転が早く、心優しいながらも、必要があれば貴族として冷徹にならなければならないことをよく承知している。だからこそ、わしはカリウスを追い出した。それが息子のためになると思ったからだ」
だが、結局カリウスは変わることはなかった。
親として、息子を最後まで理解できなかったのは悲しいことだ。
「でも、すごいですわね。カリウスおじさまは剣一本で男爵になれたのですから」
「うむ。そこだけは評価しよう。しかし、子供の扱いは最悪だ。わしが追い出した頃となにも変わっていない」
「もしかしたら、魔法使いが希少な存在だということをご存知ないのかしら?」
「そんなはずがあるまい。わかっていても、その価値を認められぬのだよ」
カリウスが柔軟な思考の持ち主であれば、追い出したりはしていなかったはずだ。
「カリウスおじさまのお話で思い出しましたが、先ほど報告がありまして、ヨランダ・ラインバッハとマニオン・ラインバッハが王都に向かっているそうですわ」
「ヨランダ? マニオン? 聞いたことがあるが、誰だったか?」
「カリウスおじさまの奥様とお子様ですわ。サミュエルの腹違いの弟のようです」
ミューイの説明を受けて、ユーイングは顔も知らぬ孫を思い出した。
「ああ、確か剣の才能があるなどともてはやされていい気になった悪童とその母親か。ラインバッハで情報を集めさせたが、とてもじゃないが関わり合いになりたくない人間だったな」
「元正室と、元後継者らしいですわね」
コフィ子爵家は、サムの一件をきっかけにラインバッハ男爵家について調べていた。
その過程で、マニオンとヨランダの悪い情報ばかりが入ってきたのを憶えている。
ユーイングとしてはどちらとも関わるつもりはない。
「確か、現在の正室はハリエット、後継者はその息子のハリーとのことですわ」
「その者たちの名は聞かぬな。情報はあるか?」
「ラインバッハ領の町娘だそうです。なんでもカリウスおじさまのお好みだったらしく、愛人にして甲斐甲斐しく通い男児を身篭ったとか。ただ、ヨランダは手のつけられない癇癪もち、マニオンはサミュエルを撲殺しかけた過去があるため、屋敷に近づけなかったそうです」
「ほう。よほど大事らしい」
「そのようですわね。以前後継者だったマニオンが剣もまともに使えないわがままな子供に成り下がったことで、カリウスおじさまが見限り、ハリーを後継者にしたようですね。息子を甘やかし続けたヨランダにも愛想が尽きたようでしたので、いい機会だったのではないでしょうか」
「マニオンはサムを追い出した張本人だったな」
「はい。カリウスおじさま同様に、剣が一番だと思っているマニオンが、剣を使えぬサミュエルを無能扱いして追い出したとのことです」
「あれほどの才能ある人間を無能扱いするとは、嘆かわしいことだ」
サムを無能扱いしたマニオンもだらしない生活を続けたせいで剣をまともに振るうことのできない無能に成り下がっていた。
挙げ句の果てに、腹違いの弟を亡き者にしようとして二度も撃退された恥知らずでもある。
ユーイングはもちろん、ミューイも同じ一族とは認めたくなかった。
「興味深いお話なのですが」
「なんだ?」
「ラインバッハからの情報ですと、マニオンがサミュエルを殺しかけた一件をきっかけに、サミュエルはまるで人が変わったように明るくなり、そして魔法に目覚めたそうです」
「ほう。死にかけたことがきっかけか。それとも別の要因があったのか、気になる話だ」
「私も気になりますわ。それはそうと、マニオンとヨランダの扱いはどうしますか?」
孫に問われ、ユーイングは考えを伝えた。
「関わるだけ時間の無駄だ。捨て置け。ただ、面倒を起こされても困る。王都に入り次第、動きを見張っておけ」
「かしこまりました」
恭しくスカートをつまみ礼をするとミューイが屋敷の奥へ去っていく。
部下に命令しに行ったのだろう。
「ふう。サミュエルと歩み寄りたいというのに、厄介なことだ。だが、王都になにをしにくると言うのだ?」
ユーイングも、まさかヨランダとマニオンがサムからすべてを奪えると妄想し、王都に向かっているとは想像もできなかった。




