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187/2004

12「祖父に会いました」①



「先日、コフィ子爵と会ったのか?」


 王宮から帰ってきて数日、ジョナサンに呼び出されたサムは彼の執務室でそんなことを尋ねられた。

 ソファーに腰を下ろし、紅茶を飲みながら、サムは首を傾げる。

 心当たりのない名前だった。


「誰ですか、それ?」

「親しいわけではないが、知り合いだ。同じ王族派の貴族だが、あまり付き合いがあるわけではない」

「その子爵がどうかしたのですか?」

「先日、サムに声をかけたようなのだが、誤解をさせてしまったようなので、謝罪と改めて顔を合わせて話をしたいという申し出があった」


 サムに声をかけてきた老人が脳裏に浮かぶ。


「あー、もしかしてあの人でしょうか?」

「やはり会っていたのか?」

「ええ、おそらく。俺のことをサミュエル・ラインバッハと呼んだので、てっきり人違いをしているのかと思いました」

「……サム、わざとだろう?」


 ジョナサンがため息をつく。


「俺のことをラインバッハなんて呼ぶ人間と関わりたくないのが本音です」

「気持ちはわからないわけではないがな。それで、どうする? 会うも会わないもサムの自由だ。好きにするといい」

「いいんですか?」

「無下にして困る家ではないのでな。それに、宮廷魔法使いのサムに取り入ろうする人間かもしれん。それらを全部相手にしていたら時間の無駄だ」


 ただし、とジョナサンが付け加える。


「現状ではサムに取り入るというよりも、とにかく話がしたいようだ。私としては、サムがラインバッハの人間だったと知っている相手なら、一度会って様子を窺ってみるのも悪くはないと思う」

「わかりました。ラインバッハの関係者かもしれない人と会うのは気が引けますが、あとで揉めるのも嫌ですし、会ってみようと思います」

「わかった。先方にはそう伝えておく」

「お願いします」


 ジョナサンに任せた翌日、すぐにでも会いたいとコフィ子爵から折り返し連絡があったので、その日の内に伯爵家で会うことが決まった。

 そして、すぐに相手はやってきた。


「本日は、お忙しい中お会いしてくださったことを心から感謝する。わしは、ユーイング・コフィと申す。コフィ子爵家の先代当主を務めていた」

「どうも、サミュエル・シャイトです」

「婚約者の雨宮水樹です」


 ウォーカー伯爵家の応接室で、ユーイング・コフィ子爵先代当主とサムたちは会っていた。

 やはりユーイングは、先日、王宮の外で声をかけてきた老人だった。

 彼は従者をひとり連れてきただけで、武装もなにもしていない。

 本当に、ただサムと話をしにきたのだろう。


 対して、サム側、万が一のことを考えて水樹が隣に控えている。

 万が一というのは、ユーイングからサムを守ることもあるが、その逆も想定していたため、婚約者たちの中で一番の使い手である水樹が選ばれた。

 また、婚約者がこの場にいるのは、下手に縁談の話をされないようにという牽制もある。

 ジョナサンも、コフィ先代子爵家すでに挨拶を交わしているが、サムを心配しこの場に一緒にいてくれている。


「サミュエル・シャイト殿、先日は申し訳なかった」


 挨拶を交わすと、ユーイングが深々と頭を下げて謝罪した。


「お顔をあげてください。こちらこそ失礼な態度を取ってしまい申し訳ございませんでした。しかし、なぜ俺をサミュエル・ラインバッハなどとお間違えになったのですか?」

「それは――わしが、カリウス・ラインバッハの父親だからだ」

「ああ、なるほど」


(関係者というよりも血縁者だったのか、これは驚いたぞ。まさかあの男の父親が王都にいるなんて予想もしていなかった)


 内心、サムはため息をつく。

 ユーイングの正体を事前に知っていれば、会うことはなかっただろう。


「えっと、つまり、ユーイング様はサムのお爺さまになるってことかな?」

「いや、水樹殿、それはどうだろうか」

「え? でも」


 水樹が、ユーイングがサムの祖父だと口にするも、それに待ったをかけたのはジョナサンだった。


「ラインバッハ男爵は長男が亡くなったと公言している。ならば、サムとは赤の他人では? 彼はサミュエル・シャイトだ。亡くなったサミュエル・ラインバッハではない」

「そう言われることを覚悟してこの場に参った」


 ユーイングはサムを見ると、落ち着いた声を出す。


「警戒されるのはわかるが、わしはカリウスとは縁を切っている」

「どういうことでしょうか?」

「奴はかつてわしの後継者だったが、自分が優れていると勘違いし、傲慢になり、思い通りにならなければ暴れるような人間だった。そんな息子を変えようと努力はしたが、変わらなんだ。ゆえに後継者を弟にし、カリウスを追い出した。苦労すれば変わると思っていたのだが、君の境遇を考えるとなにも変わらなかったようだ」

「カリウス・ラインバッハに興味などありません」


 カリウスがどのような経緯でコフィ子爵家を追い出されたかなどどうでもいい。

 それほど奴に興味などないのだ。


「ちょっとサム、おじいさんにそんな冷たい態度はよくないよ」


 ユーイングに淡々と接するサムを、水樹が窘めた。

 サムは困ったように眉をハの字にしてしまう。


「いいのですよ、雨宮水樹殿。彼からしたら、あの家と関わりたくないのも理解できる」

「じゃあ、あなたはなぜ俺に会いにきたんですか?」

「孫が若くして魔法使いとして大成した。一目でも会いたいと思ったのだよ」

「そうですか」

「そして、注意を促したかった」

「――注意?」

「カリウスがサミュエル殿になにをしたのか詳細まではわからぬ。親として、不出来な息子がしたことには謝罪しかできぬ。だが、奴が変わっていないのであれば、注意するといい。奴は必ずなにかをしでかす」

「ご忠告どうもありがとうございます」


 サムは素っ気なかった。

 今さらユーイングに謝罪をされても過去は変わらない。

 それに、サムはもうラインバッハではない。

 カリウスが公言したことだってあながち間違っていない。

 確かに、サミュエル・ラインバッハはもう死んでいる。

 サムの前の人格はマニオンによって殺されていた。

 今の人格、前世の記憶を持つサミュエル・シャイトになったのだ。


 ゆえに、目の前の老人を祖父とは思えないし、カリウスのことだってどうでもいい。

 サムにとって家族というのは、ラインバッハ家で今も働くダフネやデリック、そしてリーゼをはじめとするウォーカー伯爵家のみんな。そして、水樹、花蓮、ステラたち婚約者だけだ。


 結局、その後、余計な話をすることなくユーイングは去っていった。

 また会いたい、と言い残して。

 サムも拒絶はしなかった。


「お爺さまはきっとサムのことを心配してくれていたんだよ」

「そうですかね」

「そうだと思うよ。あまり素っ気なくしちゃかわいそうだよ」


 ユーイングが帰ってしばらくすると、応接室に残っていたサムは婚約者に窘められていた。


「すみません。でも、俺はサミュエル・シャイトなんです」

「そんなこと言ったって、ダフネさんたちとは連絡をとっているじゃないか」

「それは、そうですけど」

「辛い思いをしたことを覚えていろなんて言うつもりはないさ。さっさと忘れてしまった方がいいと思う。でも、せっかくお爺さまが会いにきてくれたんだから、次の機会があればもう少し優しくしてあげてほしいかな」

「……そうですね。そうしてみます」

「うん。素直でよろしい。いい子だね、サム」


 素直に返事をしたサムの頭を水樹が撫でた。


「ちょ、子供扱いしないでくださいよ」

「ふふふ、子供じゃないか。サムは、僕のかわいい年下の婚約者だよ」


 そう言って優しく抱きしめてくれる水樹の小柄な体躯を、サムも力強く抱きしめるのだった。




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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり悪い意味で、主人公の性格悪いですね。
[気になる点] 二章あたりからすでにサムの人格に好感は持てなかったので、こいつの内心描写より外から見た傍若無人な活躍のほうが好きだな
[気になる点] 祖父としてのスタンスからかもしれないけれど、子爵家の先代当主が伯爵になったサムを前回呼び捨てにしてたのおかしくない?
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