9「国王様とお話です」①
国王の執務室に通されたサムは、ソファーに座るように言われ、腰を下ろす。
するとメイドではなく、珈琲の準備を始めた。
「あ、あの国王様?」
「最近、珈琲に凝っていてな。数々の豆から好みのものを選び、器具にも拘っているのだよ。そなたは珈琲は好きか?」
「ええ」
「ならばよかった。フランシスやステラは紅茶のほうが好きらしく、付き合ってはくれるのだがあまり美味しそうにはしてくれぬのでな」
豊潤な珈琲の香りが部屋に漂ってくると、笑顔のクライドがカップをサムに手渡す。
「ありがとうございます。いただきます」
サムは珈琲も紅茶も好きだ。
日の国で手に入れた緑茶もよく飲んでいるが、前世ではよく世界中に展開する珈琲チェーンに定期的に通っていた。
クライドほど凝っていたわけではなく、珈琲を飲むのが好きだっただけだが、友人には珈琲器具にまで拘って趣味にしていた者もいたことを思い出す。
「――美味しいです」
お世辞などではなく、珈琲はバランスが整っていて美味しかった。
サムの言葉にクライドの顔が緩む。
「ならばよかった。おっと、そなたと珈琲を楽しむのもよいが、話があったのだったな。さて、リーゼが妊娠したようだな、おめでとう」
「ありがとうございます」
「リーゼもそなたと出会い、幸せであろう」
「そうであれば嬉しいです」
リーゼが幸せであれば、サムも幸せだ。
不幸な結婚をした彼女だからこそ、辛い過去を忘れられるほど幸せにしてあげたいと思っている。
「ミッシェル家については聞いたか?」
「はい」
「ユリアン・ミッシェルは死に、ミザリー・ミッシェルも気が触れてしまい自害した。自業自得とはいえ、実に哀れだ。もっとも、同情の余地はないがな」
「同感です」
自業自得すぎるので同情する気もない。
股間を潰されたのだから大人しくしていればいいものを、ことみを人質にとるような馬鹿な真似をするから両腕を失ったのだ。
その結果、自殺を試みても死ねず、結局母の手にかかって死んでいる。
母親も、最愛の息子を手にかけたショックで発狂し、壁に頭を打ち付けて自害している。
罪を償って生きるのではなく、楽な道に逃げたのだ。
「残されたミッシェル家は、伯爵家から降格し男爵家とする。ペナルティとしてはそのくらいしか与えることはできぬ、すまぬ」
「国王様に謝っていただくことではありません」
もういない人間のことなどどうでもいいし、あの家と今後関わるつもりもない。
「ところで、既に知っていると思うが、蔵人とも先日会った」
「腕に関しては申し訳ありませんでした」
まさか蔵人が腕の治療を拒むとは思わなかった。
木蓮も蔵人が治療を拒否すると、あっさり引き下がったので、彼は隻腕としてこれから生活していくだろう。
だが、それでも、剣士としての実力がなくなったわけではない。
できることなら二度と戦いたくない相手だ。
「よい。治療しなかったのはあやつの選択である。あやつもそれだけのことをしたのだ。むしろ、余はそなたに謝罪しなければならぬ。蔵人は余にとって、掛け替えのない友人だった。それゆえ、そなたには納得できないであろう温情を与えてしまった。すまぬと思っている」
「構いません。蔵人様も被害者でした」
「すまぬ。剣聖の座はいずれ水樹が継ぐだろう。だが、今は早い。今回の一件も、残念だが広がってしまった。ゆえに、ここで水樹を剣聖にするわけにはいかぬ。そして、あの娘にまだそれだけの実力もない、と蔵人が言うのでな」
「そのあたりはお任せします」
「そなたの妻のことではないか」
国王の言葉に、サムが困った顔をする。
水樹をサムの婚約者にしたのはクライドの判断だ。
蔵人への人質を兼ねていることは水樹本人も承知しているようだが、サムとしては少し納得ができていない。
だが、蔵人や水樹が納得しているのなら、と口を出すつもりはなかった。
「俺は、別に水樹様が剣聖でも、そうでなくても構いません。これもご縁だと思って彼女との婚約を受け入れましたが、剣聖の娘だから婚約した訳じゃありませんので」
「――時折そなたのそのようなところを羨ましく思う。余が若かりし頃は、そなたのようにはいられなかった」
「私の未熟ゆえ。お恥ずかしい限りです」
水樹との関係は良好だ。
人質としてやってきた悲壮感がないこともあり、またサムやウォーカー伯爵家があくまでも婚約者のひとりとして扱っていることもあり、彼女は笑顔だ。
父と妹と離れて生活はしているものの、別に会ってはいけないわけではないので、時間があれば様子を見に行っている。
サムも付き合うこともある。
「ふふっ、そなたはそれでいいのだ。さて、リーゼをはじめ、ステラ、花蓮、水樹を婚約者にしたそなたに領地を与えたいという声が上がっている」
「結構です」
「……話を最後まで」
「いりません」
「だから」
「超いらないです」
「……はぁ。そなたは欲がないのう。普通、領地をもらえるとなると喜ぶものなのだがな」
苦笑する国王に、サムは肩を竦めた。
「領地を頂いても、領民たちの生活を考え領地運営する責任は負えません。今後、そのようなお話が出ても、受けることはありません」
「それがそなたの願いか?」
「はい。王都でのんびりしているほうが性に合ってます」
「サムのこれまでを振り返ると、とてものんびりしているようには思えぬがな」
「あ、あははははは、それはそれということで」
「まあ、よい。そなたの希望通りにしよう。余としても、そなたが王都にいてくれたほうが都合がいい」
「ありがとうございます」
領地をもらわずに済んだことに、サムは心底ほっとした。




