6「ギュンターの優雅な日常です」②
「い、いえ、あの、父上、母上――僕にはサムという夫が」
額に手を当てたギュンターが、そんなことを言うと、父の目をかっ、と見開き怒鳴った。
「寝言は寝ているときに言えぇええええええええええええええええええ!」
だんっ、とテーブルに手をつき立ち上がると、唾を飛ばしローガンが息子を怒鳴りつける。
「お前がサミュエル殿にどれだけ迷惑をかけているのか私が知らぬと思っているのか! 同性同士だろうと、相思相愛なら私もうるさいことは言わぬ! だが、貴様は、未成年の少年に一方的に付き纏っていると言う! しかもウォーカー伯爵家にまで迷惑をかけて! 恥を知れ!」
「ギュンター、母としては息子の恋心を応援してあげたいのですが、サミュエル殿はリーゼとの間に子供ができたのです。他にもステラや花蓮、水樹と婚約者がいるのですから、あまり邪魔をしてはいけませんよ」
母までが息子を嗜めながら困った顔をするので、ギュンターは心外だとばかりにはっきり告げた。
「僕も立派な婚約者です」
「そんなわけがあるかぁあああああああああああ!」
「父上、朝からそんな怒鳴ってばかりだと血圧が上がってしまいますよ」
「お前のせいだ! ええいっ、サミュエル殿を追いかけるのは百歩譲ってよしとしよう。だが、跡取りのことを考えろ! お前は仮にも兄を追い落として後継者になったのだぞ! その責任があるのではないか!」
「あの無能者に後継させたら公爵家がどうなるかわかったものではないから追い出したまでです。それに、後継者ならご心配なさらずとも、僕が立派に産んでみせます」
「産めるわけがないだろうがぁあああああああああああ!」
「父上もまだまだですね。サムならきっと僕を孕ませてくれるでしょう」
ギュンターがやれやれ、と肩を竦めるとローガンは力なく椅子に腰を下ろした。
「……そろそろ私はサミュエル殿に膝をついて謝罪しなければならぬ。それはさておき! お前の見合いは決定だ! 十二歳と幼くはあるが、気立てのよく、健気な少女だ。いいな!」
「お断りします」
「――断るというのなら、貴様がコレクションしているウルリーケの私物を燃やす」
「はっ、父上に僕の張った結界が破れるとは思えませんが」
「サミュエル殿を呼ぶ」
「ず、ずるいですよ!」
さすがのギュンターもサムに自分の結界が通用しないことはよくわかっている。
ただ、サムもウルの盗まれた私物を燃やすために公爵家に呼ばれたらなんとも言えない顔をするだろう。
いや、ギュンターの魔の手からウルの私物を救おうと、嬉々として協力するかも知れない。
「そうだ、お前にいいことを教えてやろう。見合い相手の少女は珍しいスキルを持っていてな」
「スキルだからといって、僕は心変わりしませんよ」
「いいから聞け。その子は【透過】というスキルを持っているらしい。わかるか? その子ならば、貴様の結界も自在に通り抜けられるのだ!」
「ば、馬鹿な、そんなスキル聞いたことがありません!」
「だから珍しいと言っているだろうが!」
「まあまあギュンター、お似合いのカップルではありませんか。一度、会ってごらんなさい。変わり者のあなたを慕ってくださると言う方を無下にしてはいけませんわ」
「しかし、母上」
「嫌だと言うのなら、ウォーカー伯爵家への出入りを禁止します」
「そんな!」
さすがのギュンターも母には強く出ることができないらしく、押され気味だ。
そんなギュンターに父が畳み掛ける。
「普段、お前を自由にさせてやっているのだ! 諦めて見合いをしろ! いや結婚しろ! 子作りして、早く私たちを安心させるのだ!」
「僕がサム以外と子作りだと……どこの馬の骨ともわからぬ小娘に、僕を孕ませられるはずが」
「逆だっ、この大馬鹿者っ!」
こうしてギュンターの意思とは別に、お見合いすることが両親によって決められてしまう。
貴族の義務として見合いはするが、絶対に断ってやる、と意気込むギュンターと、なにがなんでも結婚させてやると決意するローガンが睨み合う。
よくあるイグナーツ家の日常だった。




