5「ギュンターの優雅な日常です」①
ギュンター・イグナーツの一日は、ウルリーケ・シャイト・ウォーカーとサミュエル・シャイトの姿絵に挨拶するところから始まる。
「僕のウルリーケ、サム、嗚呼今日も君たちは美しい」
朝から恍惚とした表情を浮かべる変態は、ウォーカー伯爵家から拝借したウルとサムの私物――下着に頬擦りをする。
「――ふぅ、これで今日も一日頑張れる気がするよ」
サムがこの場にいたら魔法を手加減なく撃っていただろう。
実際、この男は何度も攻撃されても平然な顔をしている。
ある意味、スカイ王国最強の魔法使いはギュンターなのではないか、とサムが悩むこともある。
彼は、姿見鏡の前に立ちきらりっ、と笑顔を作ると寝巻きを脱ぐ。
全裸になったギュンターが次にすることは、重要とも言える下着の選別だ。
いつサムに見られても構わないように色気のあるものを選んでおくのが紳士としての嗜みだ。
「ふふふ、リーゼが妊娠した以上、夜の相手はそろそろ僕の番だろうね。ステラ様や、花蓮様、水樹様もいるが、順番的には僕が先だ」
先日、サムのベッドにランジェリー姿で乗り込んでぶっ飛ばされたというのに、この男はまるで懲りていなかった。
「サムがウルの姿になることができる以上、彼を妻にすることも視野に――いや、あれは魔法の術式であり、サムの姿ではなくウルの姿。あの姿をしたサムを愛でるのは違うね。僕としたことが、ついウルの姿に惹かれてしまっていた。まったくサムは悪い子だ。たっぷりお仕置きをしてあげないと」
先日行われた剣聖雨宮蔵人とサムの決闘を思い出しただけで気持ちが昂るのを抑えられない。
あの時、サムはウルの姿になった。
彼女の魔力を使うことによって、一時的にウルの姿となり、力はウルの数倍上を示すと言う大それたことをして見せた。
正直、驚いた。
絶頂するかと思った。
魔法使いとして、ひとりの男として、サムを尊敬し、彼の深い愛に平服するしかない。
自分は彼ほどウルを愛していただろうか、と考えさせられてしまう戦いだった。
「――ふう。いけない。少し気落ちしてしまった。僕が笑顔でなければ、亡きウルが悲しんでしまうからね」
お気に入りのスケスケの下着を身につけると、白いシャツとスーツに袖を通す。
鏡で衣服に乱れがないのを確認する。
すると、まるでタイミングを見計ったように、部屋の扉がノックされた。
「おはようございます、ギュンター坊っちゃま。本日もご機嫌ですね」
「おはよう、アナベル。そういう君もご機嫌に見えるが?」
現れたのは恰幅のよい中年のメイドだった。
彼女の名はアナベルといい、ギュンターが幼い頃から専属のメイドとして仕えてくれている。
彼にとって、彼女は家族とも言える大切な人だった。
「ええ、昨日孫が生まれたのです」
「――それは喜ばしいことだね。そういえば、予定日がそろそろだったね。母子は元気かい?」
「とても元気です。ギュンター坊っちゃまが、娘を屋敷で出産させるよう手配してくださったおかげです」
「それはよかった。子供の性別は?」
「男の子です。生まれながらに腕白でしたよ」
「元気なのはいいことだ。本当なら立ち会いたかったのだが、最近、忙しくてね。すまない。後日、ささやかながらお祝いを贈らせてほしい」
「そんな、坊っちゃまにわざわざ。今までもよくしてくださったのに、これ以上よくしていただいたら罰が当たってしまいますよ」
「アナベルの孫なら、僕にとっても家族同然さ」
「――ありがとうございます」
ギュンターが優しげに微笑んだ。
アナベルにはたくさん世話になっている。
ウルもアナベルのことが好きだった。
彼女の作るお菓子を目当てに、ウルがよく遊びにきていたのは、ギュンターの掛け替えのない思い出のひとつだった。
ギュンターはアナベルと談笑しながら、食堂に移動する。
食事はウォーカー伯爵家で済ますことが多いのだが、家にいるときは両親と一緒に取ることにしている。
最近、小言が多いが、家族の時間も大切だ。
「おはようございます、父上、母上」
「うむ」
「おはよう、ギュンター」
食堂には既に、父ローガンと、母イザベラがいた。
ローガンは、白髪混じりの髪を後ろに撫でつけた、五十代半ばだ。
スカイ王国国王クライド陛下の相談役として、王宮に忙しなく足を運ぶ日々だ。
公爵家の当主としても多忙であるが、こうして朝食の席には顔を出すようにしている。
イザベラは、父よりも若い四十ほどの女性だ。
父とは歳の差結婚だったが、仲睦まじい。
ギュンターと同じブロンドの髪を伸ばし、髪飾りを乗せている。
現国王クライドの末の妹だった母は、笑顔をたやさぬ優しい人だ。
「おや? お二人も今日はご機嫌ですね。僕の弟か妹でもできましたか?」
「馬鹿なことを言ってないないで、座れ」
「はいはい」
いつも眉間に皺を寄せて難しい顔をしている父が、心なしか機嫌が良いように見える。
母はいつも通り、ニコニコと笑顔だが、その笑顔もいつも以上に見えた。
ギュンターが着席すると、アナベルが紅茶を運んでくれる。
彼女に礼を言い、喉を潤す。
「それで、なにかありましたか?」
「素晴らしいことがあった」
「ギュンターも喜ぶことですわ」
「僕が? まさかサムと結婚の日取りが決まったのですか?」
「お前にはお見合いをしてもらう」
「――すみません、父上、寝起きで耳が悪いようです。もう一度、お願いします」
ギュンターは、父の言葉をうまく聞き取ることができなかった。
「お前には、見合いをしてもらう!」
「気立てのいい素敵なお嬢さんよ。まだ十二歳と年若いけど、先方があなたのことをとても気に入っているの。いいお話だと思ってお受けしておいたわ」
両親のとんでもない発言に、ギュンターは目眩がした。




