59「国王様のご判断です」
夜の王宮。国王クライドの執務室に、彼と剣聖雨宮蔵人の姿があった。
身なりを整えた蔵人は、木蓮の治療によってサムから受けた傷が綺麗になっていた。
しかし、彼の左腕はない。
「――蔵人よ、木蓮に腕をつなげてもらわなかったのだな」
クライドは、膝を着き首を垂れる友人に、嘆息混じりで声をかけた。
「私にはその資格がありませんゆえ」
「この度のことはすべて聞き及んでいる。サムと決闘すると聞いたときには、なにを血迷ったかと思ったが、まさか娘が人質に囚われていたとはな。ミッシェル家め、くだらぬことをしてくれる」
「申し訳ございませんでした」
「まったくだ。せめて、友人である余に相談してくれれば――いや、娘が人質になってしまったのだ、それも難しかったのだな」
クライドは蔵人に同情する。
先代当主メンデスに恩義を感じ、蔵人はミッシェル家に尽くしてきた。
その結果が、これではあまりにも救われない。
同時に、クライドにとって大切な友人を利用したミッシェル家に怒りが湧く。
すでにミザリー・ミッシェルの身柄は押さえてある。
彼女は両腕を失った息子を目にし、大騒ぎした挙句、失神した。
ミッシェル家の使用人を複数人尋問した結果、雨宮家の使用人の誰が内通していたのかもわかった。
ただ、その内通者たちも、ミザリーに家族を人質にされて脅されていたことが判明した。
使用人たちもことみを攫うなどしたくなかったようだが、家族の命を盾にされたら従う他なかったようだ。
情状酌量の余地があるため、厳しく罰するつもりはない。
「もうミッシェル家に恩義など感じまい?」
「メンデス様には感謝しています。ですが、もう、恩義は果たしました」
「だろうな。メンデスも文句は言うまい。いや、むしろ、早々にあの親子に見切りをつけなかったことを嘆くだろう」
「かもしれません。それでも、私にはできなかったのです」
「愚かだが、そなたらしい」
良くも悪くも蔵人が義理堅い人間であることをクライドはよく知っていた。
もっと器用に立ち回っていれば、このようなことにはならなかったはずだ、と残念に思えてならない。
友として、蔵人には同情しているが、王としては裁かないわけにはいかなかった。
「蔵人よ。今をもって、そなたから剣聖の称号を取り上げる」
「――はい」
「事情は十分承知しているが、それでも許せることではない」
「もちろんです」
「国に長く貢献したそなたから、爵位までは奪わぬ。静かな余生を過ごすといい」
「……ご温情に感謝致します」
甘い、という声が出るかもしれないが、すでにギュンターを介してサムから大事にしないでほしいと言う旨の伝言を受け取っている。
クライドとしてもサムの申し出はありがたかった。
「次の剣聖にふさわしい者がいると聞いている」
「……まだ未熟ではありますが、いずれ私よりも優れた剣士になると思っています」
ギュンターの報告では、サムを殺すつもりで斬りかかった蔵人の一撃を、娘水樹が止めたという。
であれば、実に将来が楽しみである。
「それほど優れた娘がいるのであれば、王宮がユリアン・ミッシェル程度を次の剣聖に認めるはずがなかろう」
最終決定権は国王である自分にある。
次期剣聖候補者たちの資料は手元に届いているが、どれも剣聖たる実力があるとは思えなかった。
とくに、有力視されていたミッシェルも、資料に改竄の形跡があるとすでにわかっており、それを行ったのがミッシェル家に関係するものであることは把握済みだ。
すでに改竄者は捕縛済みであり、その者からミザリー・ミッシェルに大金を積まれ依頼されたと証言もある。
さらに言えば、ミッシェル家は貴族派に王族派の情報をながしていた一族でもあった。気づいたのは最近だが、今回の一件で処罰するいい大義名分を手に入れることができた。
「わかっていながらも、ミッシェル家の要望を拒めませんでした」
「だろうな。まあ、いい。次の剣聖に、そなたの娘雨宮水樹がふさわしいかどうか確かめてから、後継者にするか決めるとしよう。それまでは、剣聖の座を空位にする」
「はい」
水樹のことはクライドもよく知っている。
友の娘として、生まれたばかりの彼女を抱き上げたこともある。
「娘たちはどうする? 余は、娘たちをどうこうするつもりはない。聞けば、次女ことみはサムの弟子になるだとか。ならば、今までと変わらない生活をするといい」
「――ありがとうございます」
「だが、余は水樹をサムに嫁がせることを考えている」
「陛下?」
「今回の一件は、できるだけ表に出ないようにはしたが、それでも王宮にいる人間の口を閉じることはできぬ」
「おっしゃる通りです」
「すでに、いくつかの貴族にそなたのことは伝わっており、剣聖の地位の剥奪をはじめ、死刑を望む声も届いている」
貴族の中には蔵人を快く思わない人間も多い。
今回の一件で、これ幸いと蔵人を糾弾しようとする者もいた。
「水樹を人質として、サムの妻とする」
「陛下、それはどういう?」
「そなたが同じ過ちを犯さぬよう、二度目はないという意味を込めている。というのは建前であるがな。そのくらいしなければ他の貴族たちが納まるまい」
建前と言ったものの、もし蔵人が同じことを繰り返せば、クライドは水樹やことみに責任を問わなければならなくなる。
無論、そのようなことはないと信じている。
ただ、クライドが信じていても、蔵人を敵視する人間はそれでは納得しない。彼らに、蔵人を糾弾させないためにも、水樹を差し出す形としてサムに預けるのだ。
サムには悪いが、いざなにかあった時に、蔵人や水樹を止めることのできる人間が近くにいたほうが安心できる。
無論、反対する声もあるだろう。
現在、サムと婚姻を求める声は多い。
王国最強の魔法使いのサムだけではなく、伯爵家のリーゼロッテ、宮廷魔法使いの紫・花蓮、そして王女ステラたちと縁を結びたいと考える者は多いのだ。
水樹はあくまでも人質としてサムに預ける形になるが、なにもなければ普通に妻として、彼と愛を育み、子を産んでもらって構わない。
それを快く思わない人間も間違いなくいるだろう。
「――余は友を失いたくない」
「……陛下」
「かつて戦場で命を救ってもらったことは今でも鮮明に覚えている。妻に贈り物をするとき、夜通し一緒になって考えてくれた思い出もある。余にとって、そなたは掛け替えのない友人であるのだ」
「……もったいないお言葉です」
結局のところ、クライドは親友を失いたくないのだ。
「サムには迷惑をかけてしまうだろうが、腕の立つ器量のよい妻が増えるということで許してもらおう。もっとも、そんなことを勝手に決めた余は恨まれるかもしれぬし、婚約者を増やしたせいで娘にも嫌われるかもしれぬがな」
サムが多くの妻を持つことを望んでいないのは承知しているので、後日謝罪しようと決める。
「さて、蔵人よ」
「はい」
「サミュエル・シャイトは強かったか?」
「とても強い少年でした」
「なにやらギュンターが鬱陶しいくらい、気を昂らせておったが、なにかあったのか?」
「魔法に疎い私にはわかりかねますが、彼が目指す最強の魔法使い、その称号を得る日はそう遠くはないでしょう」
「なるほど。義理の息子の将来が実に楽しみである」
実を言うと、サムが蔵人に勝利するとは思わなかった。
サムが竜をも退ける強さというのは知っているが、市街地で手数が限られている状況下で、魔法使い殺しを相手にどこまで戦えるのか不安だったのだ。
ゆえに、ギュンターをいざと言う時のために送り込み、木蓮も屋敷の傍に控えさせていた。
決闘を止めなかったのは、蔵人を追い詰めないためである。
蔵人を知るクライドは、なにか彼に事情があってこんなことしているのだと察していたのだ。
できることは、両者とも死なせないようにするだけだった。
(もう少し早く事を知れていたら止めることもできただろうが……それが悔やまれる。だが、サムは見事だった。蔵人を、余が知る限り最強の剣士を圧倒した。将来が楽しみでたまらぬ)
しかし、決闘の結果はサムの勝利だった。
蔵人は事情から後に引けず、再び立ち上がったようだが、結果はサムの勝ちだ。
この報告にクライドは多いに驚いたものだ。
サムを殺させるつもりはなかったが、まさか勝つとは思わなかったのだ。
ユリアンにはある意味感謝している。
奴が横槍を入れたおかげで、ふたりのどちらも失わずに済んだ。
被害も最小限で抑えることができたのだから。
「一応、そなたに言っておくことがある」
「はい」
「自害は許さん。国外に出ることも許さん。そなたは生きて、そうだな、今までと変わらず弟子を取り、育成せよ」
「……よろしいのですか?」
「サムがそなたに処罰を望まぬそうだ。命を狙われながらも豪胆よな。サムに感謝し、生きよ」
クライドの言葉に、蔵人は額を床に当てるほど深く下げた。
小刻みに彼の体が震えているのは気のせいではあるまい。
「――ありがとうございます、陛下。そして、サミュエル君、ありがとうございます」
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