56「全力です」③
誰もが蔵人の首が刎ねられたと思った。
しかし、
「……な、なぜ」
蔵人の首は繋がっていた。
サムの手刀は彼の首の前を通っただけだった。
「あーあ、残念。時間切れだ」
わざとらしくそんなことを言うと、ウルの姿が霞み、サムとしての本来の姿に戻っていく。
「――わざと殺しませんでしたね」
「さあね? だけど、さっ」
サムが拳を振るい、剣聖の顔を殴りつけた。
彼はそのまま倒れ、大の字となる。
「もう、あんたには力が残っていないだろ?」
「――ええ、私の負けです」
「ああ、俺の勝ちだ」
蔵人は潔く敗北を認めた。
「利き腕が残っていても、剣を振るうには痛手を負いすぎました。しかし――」
「お、おい?」
「決闘には負けましたが、君を殺すことは諦めていません」
刀を杖代わりにして立ち上がり、蔵人は再び構えをとる。
「どうしてそこまで」
「君との戦いは最高でした。私の最後の戦いにふさわしい、素晴らしいものでした。しかし、どんなことをしたとしても、私は君を殺さなければならないのです」
「メンデス・ミッシェルへの恩義だけじゃないだろ? 他にもなにか戦う理由がある、そうだろう?」
「――――」
「沈黙は肯定と取るぞ。あんた、本当にミッシェル家とどんなことが――まさか」
サムは屋敷に注意を向ける。
そして、気づいた。
「待てよ、ことみちゃんはどこにいる?」
「……ミッシェル家で療養しています」
屋敷にことみの魔力を感じなかった。
あれほど大きな魔力が屋敷のどこにもないのだ。
サムの脳裏に最悪な考えが浮かぶ。
「まさか、それは人質に取られているってことじゃないのか?」
「父上!?」
「蔵人様!?」
サムだけじゃない、水樹とリーゼも悲鳴のような声をあげた。
無理もない。まさか、ミッシェル家がことみを人質しているなどとは思いもしなかったのだろう。
だが、あの家ならやりそうだ。
サムを亡き者にしようと企み、リーゼたちを奪おうとするようなユリアンが育った家が、人質を取ったってなんの不思議もない。
むしろ、剣聖がサムに決闘を挑んできたことも、娘を捕われているのであれば納得ができる。
「ミッシェル家め、なんてことをしやがる!」
(ここで決闘している場合じゃない!)
「さあ、続けよう。サミュエル君」
「――あんた」
「君を殺せば、ことみは無事に戻ってきます。君は納得いかないだろうが、あの世で何度も詫びましょう」
「ミッシェル家の好きにさせるのか?」
「いえ、ここまでされたのです。もう恩義など関係ない。彼らにも報いは受けてもらいます。君を殺し、ことみを取り戻したら、ユリアン様もミザリー様も私が責任を持って斬り殺しましょう」
はじめて蔵人から怒りの感情が伝わってきた。
彼は間違いなく、ユリアンとミザリーを殺す気だ。
蔵人の覚悟は決まっている。
今まで、その覚悟を見せまいとしていただけだ。
サムが生き残るには、蔵人を殺すしかない。だが、その結果、人質になったことみに何かあったら、サムは一生悔いることになるだろう。
「蔵人様、みんなでことみちゃんを助け出しにいきましょう。俺がいます、リーゼ様も、花蓮も、ギュンターだっています。戦力なら申し分ないはずだ」
「申し訳ありません。そう言ってくれるのはわかっていました。ですが、私はことみが今どこにいるのかさえわからないのです! ならば、君を殺す以外の選択肢はない!」
刀の切っ先を向け、蔵人が腰を低く落とし構える。
(まずいな、術式を解除するんじゃなかった。いや、それ以前の問題だ。俺が殺されたからって、ことみちゃんが解放されるとは限らない。俺が蔵人様を殺しても、やっぱり同じだ。むしろ、状況が悪くなるかもしれない)
サムは、目だけで婚約者の顔を見る。
リーゼは祈るように手を合わせ、不安そうにしている。
(駄目だ、俺には守りたい人がいる。幸せにしてあげたい人がいる。こんなところでは死ねない)
もし、リーゼたちと出会わず、愛する人もいなければ、ことみのために命を捨ててもよかっただろう。
だけど、今のサムにはできない。
だからといって、このままことみを放置することもできない。
(俺はどうするべきだ? どうすればいい?)
サムが悩み、蔵人への集中を疎かにしてしまった。
その刹那、蔵人が地面を蹴って、サムに肉薄しようとする。
「――しま」
白刃が迫る。
サムが回避しようとするよりも早く、吸い込まれるように刀が届く。
が、
「もうやめて、父上っ!」
あと少しでサムが斬られるよりも早く、水樹の刀が蔵人の一撃を弾いた。
「水樹! 邪魔をしないでください!」
「するよ! こんなことをしたって、ことみが返ってくるかわからない! ことみだって、自分のせいでサムが父上に殺されたなんて知ったら、一生悔やむはずだよ!」
「どきなさい!」
「嫌だ!」
水樹は絶対に動こうとはしなかった。
彼女だってことみを心配していないはずがない。
だが、こんなやり方では、誰も救えないことをわかっていたのだ。
誰もがどうすればいいのか悩み、答えがでない。
せめてことみの居場所さえわかればなんとかなるかもしれないのに、と思った時だった。
「なにやってんだぁああああああああっ、蔵人ぉおおおおおおおおおおお!」
男の怒りに満ちた声が響き渡った。
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