47「決闘を申し込まれました」①
ユリアンを撃退してから二週間が経過した。
ジョナサンをはじめ、ミッシェル家当主のミザリーを知っている面々からすると、次の日には乗り込んでくるかと警戒していたのだが、意外なことになにも文句がウォーカー伯爵家に届いていない。
不思議だ、と首を傾げる一方で、股間を潰されてしまったユリアンが、もうサムには関わりたくないと思っているだけなのかもしれないとも考える。
サムとしては、次目の前に現れたらただでは済まさないと決めている。
ただもう、あんな男のことはどうでもいいとばかりに、元の生活に戻っていた。
この二週間、サムの生活は変わらない。
ただ、不安なこともある。
ことみに当てた手紙を送っても、返事が一度もないのだ。
体調が悪化したのか、それとも別の理由があるのかわからないが、不安を覚えてしまう。
一度、彼女の様子を見に行きたいと考えていた。
また、リーゼが体調不良を訴えるようになったのだ。
体のだるさと眠気が付き纏い、ときどき腹痛や吐き気もあるようだ。
心配したサムが医者に診せるように言ったのだが、本人は平気だと言って譲らない。
実は、医者にかかるのがあまり得意ではないらしい。
しかし、なにか病気だったら困るので、訓練を休むことと、今後続くようなら病院に行くことを無理やり約束させた。
そんなことがあったせいで、雨宮家に伺うことを後回しにしてしまっていた。
「サム」
「花蓮様?」
リーゼが訓練に参加しないということもあり、いつもの中庭で、胡坐をかいて魔導書を読んでいると、花蓮が声をかけてきた。
チャイナ服を思わせる民族衣装に身を包んだ彼女は、最近リーゼの傍にいることが多かった。
サムとしては、自分もリーゼの傍に居たいのだが、あまり過度の心配をしないで欲しいと言われてしまい、こうしてひとり寂しい時間を過ごしている。
花蓮は、初めての友人のリーゼの体調不良が心配らしい。リーゼとしても女性同士で気が楽なのか、花蓮を好きにさせている。
サムとしても愛しい婚約者を気にかけてくれる人がいることを嬉しく思っている。
「どうしましたか?」
そんな花蓮がわざわざ中庭まで足を運んでくれた理由を尋ねる。
「もしかしてリーゼ様になにか?」
「ううん。リーゼは、ベッドの上で暇そうにしている。ときどき眠ったりしているけど、悪いわけじゃない。そうじゃなくて、お婆様から魔導書が届いた」
「それはありがたいです」
「ちょっと読んでみたけど、おもしろかった。ことみも退屈しないで読めると思う」
「ありがとうございます。じゃあ、さっそく届けて――」
「待って」
「はい?」
雨宮家に顔を出すいい機会だと思った。
何よりも、魔法を学びたくてうずうずしているだろうことみに、早速魔導書を届けたいと腰を上げたサムに、花蓮が待ったをかける。
「ちょっと変な話を聞いた」
「変な話といいますと?」
突然の話題に、サムは首を傾げなら問う。
「魔導書を届けてくれたうちの使用人が言っていたけど、お婆様が治療を断ったらしい」
「あの木蓮様が? 珍しいというか、初めてのことじゃないですか?」
サムの知る限り、木蓮は願われれば必ず治療してくれる回復魔法使いだ。
木蓮は、よほどの悪人ではない限り、誰彼構わず平等に治療をする。
そんな木蓮が治療を断るというのは、少々驚きだった。
「うん。わたしも驚いている。お婆様は基本的に誰でも治療するから。でも、もっと驚いたのが――治療を断った相手が、ユリアン・ミッシェルだということ」
「おっと」
「お婆様が治療を拒否したから、ユリアンは男として再起不能になったらしい。あと、日常生活も支障が出そうだって」
「そのつもりで潰しましたからね。手応えがあまりなかったので心配していたんですが、よかったです」
内心ざまあみろ、と笑う。
女性を物扱いする奴は、男として死んで当然だ。
命を奪わなかっただけ感謝してほしい。
これからは、誰にも迷惑をかけず、日陰で静かに暮らしていろ。
「多分、お婆様はサムのことを考えて治療を拒んだと思う」
「俺のためってことですか?」
「うん。ユリアンがリーゼの元夫なのはお婆様も知っている。そして、リーゼはサムと婚約しているから」
「えっと、つまり、木蓮様は俺の味方をしてくださってことですよね?」
「そういうことだと思う」
「ならお礼を伝えないといけませんね」
サムの懸念は、ユリアンが治療されてしまうことだった。
魔法使いは少なく、回復魔法を使える人間はさらに少ないが、それでも相手は貴族の次期当主だ。
ユリアンのために回復魔法使いが動くことも可能性として考えていた。
だが、王国最高の回復魔法使いは動かなかった。
おそらく、サムの味方をしてくれたこともあるのだろうが、ユリアンが花蓮にまで手を出そうとしていたのが、なんらかの形で伝わったのだろう。
孫を可愛がっている木蓮がそれを良しとするはずがない。
むしろ、図々しくよく治療をお願いできたものだと、面の皮の厚さを感心する。
「お婆様はサムを気に入っている。私とお見合いさせたのもそう。だから、ユリアンを治療して、サムと仲違いするのを恐れたんだと思う」
「なるほど」
「でも、お婆様には感謝する。わたしもユリアンにざまーみろって思う。リーゼを苦しめたんだから、それ以上に苦しめばいい」
「同感です。まあ、あの男のことなんてもうどうでもいいですよ。それよりも、魔導書をことみちゃんに届けにいきましょう」
再起不能が決定したユリアンよりも、将来有望なことみを気にしたい。
「ことみのところに行くなら、わたしも一緒に行きたい。この間は剣聖と手合わせしたけど、水樹とも手合わせしてみたい」
「一緒に来てくれるのは構いませんが、水樹様が嫌だと言ったら我慢してくださいね」
「……善処する」
「不安だなぁ。お願いしますよ」
そんなやりとりをした後、ふたりは魔導書を数冊手提げ袋に入れると雨宮家に向かおうとした。
リーゼに外出を伝えようとしたが、彼女は寝ているようだったので、声をかけなかった。
しっかり休んで早くよくなって欲しいと思う。
そして、サムと花蓮が屋敷の外に出ようとすると、門の前に見知った人物を見つけた。
「蔵人様?」
「こんにちは、サミュエル君、花蓮さん」
剣聖雨宮蔵人は、先日会ったときよりやつれた彼は、それでも柔和な笑みを浮かべサムたちに挨拶をした。
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