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138/2006

24「雨宮水樹様とお会いしました」




 リーゼが剣聖雨宮蔵人に手紙を出したその日の内に、いつ来ても構わないという旨の返信があったので、翌日、さっそく三人で雨宮流剣術道場に足を運んだ。

 馬車に揺られて十数分。

 王都の外れにある、広い敷地を持つ屋敷の前にサムたちはいた。


「久しぶりだね、リーゼ」


 到着と同時に、門が開きひとりの少女が顔を出した。

 紺色の袴に編み上げのブーツを履いて、伸ばした黒髪を三つ編みにした十代半ばの美少女だった。

 和風を連想させる出立に、サムは懐かしさを覚える。

 その少女に見覚えがあったリーゼの顔が、笑顔となり駆け出した。


「水樹様! お久しぶりです!」


 リーゼは出迎えてくれた少女の手を取る。

 少女のほうも、嬉しそうな顔をしてリーゼの手を握りしめている。

 両者共にうっすら涙さえ浮かべているので、親しかったのだろう。


「うん。手紙のやりとりはしていたけど、会うのは久しぶりだね。元気だったかな?」

「ええ、元気でした。水樹様もお変わりがないようでよかったです」

「どうしたんだい、リーゼ。そんな他人のような態度で、僕たちは友人じゃないか、以前のように水樹と呼んでほしいな」


 丁寧な口調のリーゼに、少しだけ不満そうな声で水樹が言う。

 どうやら以前は砕けた口調で話すことができる友人関係だったらしい。


「うん。わかったわ、水樹。本当に、久しぶりね。背も伸びたわね」

「成長期だからね。リーゼも、最後に会ったときとは違って、とても幸せそうでよかった」

「――ええ。今、とても幸せなの。紹介するわね、こちらがサム。私の婚約者よ。もうひとりの子は花蓮。友人よ」

「ご挨拶が遅れてしまったね。僕は、雨宮水樹だよ。一応、雨宮流剣術道場で師範をしているんだ。よろしくね」

「サミュエル・シャイトです。よろしくお願いします」

「紫・花蓮」


 親しみのある顔で自己紹介をしてくれた水樹に、サムと花蓮が挨拶する。

 水樹は小柄で落ち着いた物腰の少女で、ひとつひとつの動きが洗練されているように感じた。


(この子、強いな)


 戦わずとも水樹が相応の実力者であることが伝わってきた。

 それは花蓮も同じだったようで、無表情ながらに唇を吊り上げている。


「――この子、強い」

「ですね」

「魔力も持っているけど、動きが強者のそれ。戦いたい」

「駄目ですよ。道場破りに来たわけじゃないんですから、大人しくしていてください」

「残念」


 お預けを食らってしまった子犬のように、しゅんとしてしまう花蓮にサムは苦笑いした。

 どうやら強い人間を見ると、誰彼構わず手合わせしたくなるようだ。


「おもしろそうな人たちだね。しかも、今話題のサミュエル・シャイト君がリーゼと婚約するなんて、驚いているよ」

「俺って話題になっているんですか?」

「それはそうさ。アルバート・フレイジュを瞬殺し、竜と戦った実力者じゃないか。とくに女性たちから結婚相手にしたいと望む声も多いみたいだよ」

「……あまりからかわないでください」

「本当なんだけどなぁ。うん、でも、こうやって実際に会ってみると君が強いのが嫌というのほどわかるよ。君、よかったら入門しないかい?」

「残念ですが、剣の才能は皆無なので」


 まさか勧誘されるとは思わず、サムは困った顔をしながら断りを入れる。


「残念だよ。気が向いたらいつでも入門を歓迎するよ。おっと、今日は僕じゃなくて父に会いに来たんだよね。客人をいつまでも屋敷の外にいさせたら怒られてしまうよ。じゃあ、こっちに」

「……ねえ、水樹」

「なにかな?」


 屋敷の中に案内しようとした水樹に、リーゼが躊躇いがちに声をかけた。


「その、聞き辛いことなんだけど」

「心配しなくてもあの男はいないよ」

「――そう。ならよかったわ」


 あの男――とは、リーゼの元夫のことだろう。

 リーゼは安心したような顔をしたが、水樹は笑顔を消して不愉快そうに変えた。


「聞いたかい? あの男は、新しい女性と結婚していたけど、子供ができず離婚したらしいよ」

「……変わらないのね」

「子供ができないのは相手のせいだと、あの男も母親も喚くから精神的に参ってしまったらしく実家で療養しているそうだよ」

「詳しいのね」

「……今は僕が言い寄られているからね」

「――っ、そんな!?」


 驚きに声を荒らげたリーゼと肩を竦める水樹。

 ふたりの話を聞いていたサムは、呆れればいいのか、怒ればいいのか分からず、茫然としていた。


(リーゼ様を捨てて、他の女性と結婚した挙句、その女性も捨てて今度は水樹様に言い寄るとか……どれだけ節操がないんだよ?)


 同じ男として軽蔑してしまう。

 百歩譲って離婚したことはさておくとしても、その後、仮にもリーゼの友人である水樹に言い寄ることができる精神構造が理解できない。


「どうしてそんなことになっているの?」

「忌々しいことに、あの男は父の後継者候補だからね。僕と結婚すれば、確実に次期剣聖になれると思っているんだろうね」

「そもそもあの男はそこまでの実力じゃないわ!」

「自分で言うのもあれだけど、どの後継者候補たちも僕の足元に及ばないよ。あの男に至っては、なぜ候補になっているのかさえ理解できない」

「剣聖様はなぜ?」

「さあ、父のお考えは僕にはわからないや」

「……水樹」


 どこか寂しそうな水樹に、リーゼはかける言葉が見つからないようだった。

 そんな友人の視線に気づいたのか、水樹は笑顔を作って安心させるように口を開く。


「あ、誤解しないでね。親子仲が悪くなってしまったわけじゃないよ。むしろ、仲はいいんだ。それだけに、どうして僕のことを後継者にしてくれないのか不思議だけどね」


 話を聞いていたサムも、実力に問題なく、親子仲も良好であるなら、なぜ後継者に水樹が選ばれないのか不思議だった。

 それは花蓮も同じようで首を傾げている。


「おっと、余計なことまで言っちゃったかな。ごめんね。さ、父が待っているよ。中に入ろう」


 そう言って背を向け、屋敷の中に入っていく水樹を三人は追いかけた。

 屋敷の中に足を踏みいれると、思い出したように水樹がサムに声をかける。


「そういえば、サミュエル君は大陸各地を転々としていたそうだね。もしかして、日の国にも行ったことがあるのかな?」

「はい。二ヶ月ほど滞在していました」

「羨ましいなぁ。父の故郷だから、一度行ってみたいと思っているんだけど、あの国は閉鎖的だからね。よかったら、今度話を聞かせてよ」

「よろこんで」

「約束だよ。さ、父は道場にいるから。こっちだよ」


 水樹に案内されながら、サムたち屋敷の中を経由して道場に向かうのだった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 藍色の袴に編み上げのブーツを履いた、伸ばした黒髪を三つ編みにした十代半ばの美少女だった。 ⇒この文章だと『ブーツを履いた』ではなく、『ブーツを履き』又は『ブーツを履いて』の方が続く「伸…
[気になる点] ひとつ前の話では、 「蔵人様には娘がおふたりいるわ。ひとりは剣術に優れた水樹様と、もうひとりはお体の弱いことみ様よ」 という台詞がありますが、急に出てきて蔵人を『父』と呼ぶ『雨宮時雨』…
[気になる点] 細かいところですみません。 文章序盤のリーゼと時雨が再会した時の会話で、 「久しぶり」が「皮脂さしぶり」となっていました。
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