23「剣聖様にご挨拶にいきます」②
「それで、リーゼ様。剣聖様へのご報告はいつ頃いきますか?」
サムの問いかけに、少し悩んだリーゼ。
「そうね。お忙しい方ではないのだけど、手紙でお伺いを立てたいわね。私からご連絡しておくわ」
「わかりました。お願いします」
すぐに剣聖に挨拶しにくわけではないことに、若干安心する。
手土産を用意しなければならないし、挨拶の言葉も考えておかなければならないのだ。
こういうところは元日本人らしいサムだった。
「ねえ、リーゼ。剣聖ってどんな人?」
花蓮の疑問にサムも反応する。
「そういえば俺もあまり知りません。王国で一番の剣士と伺っていますが」
「そうね――じゃあ少し剣聖様について話しましょう」
話が始まるのに合わせて、三人はグラス片手に地面に座る。
お行儀が悪いが、それを咎める人間はここにはないので構わない。
「剣聖様のお名前は、雨宮蔵人とおっしゃるの。島国日の国から剣一本だけで大陸に渡ってきた剣士だったというわ」
「あの国の剣士はでたらめに強い人間が多いですからねぇ」
「……そんな国があるんだ。行ってみたい」
サムはウルと日の国に渡った時のことを思い出す。
侍と呼ばれる剣士たちは誰もが皆強かった。
魔法を使いたくても詠唱させてくれないし、なんとか魔法を放っても、その魔法を切り捨ててしまう。
まさに魔法使い殺しがたくさんいる魔境のような国だった。
「蔵人様は剣一本で大陸中を旅している頃に、当時王子だった現国王陛下のクライド様と戦場で出会い、意気投合し友人となったというわ」
当時はスカイ王国も戦争や内戦が少なからずあったようで、クライド国王も前線に立っていたという。
その時、傭兵として雇われていた蔵人に命を救われ、友人となり、国の騎士にならないかと熱心に誘ったという。
蔵人は落ち着く場所が欲しかったことと、クライドを仕えるべき主人として認めたことから、誘いを受けてスカイ王国で暮らすこととなった。
「戦場で鬼神のごとく敵兵を斬って回った蔵人様の功績は、前国王陛下に認められたわ。騎士団入団後にも、数々の功績を残し、そのことを讃えられて伯爵位と『剣聖』の称号を与えられたの」
そして、雨宮流剣術道場を開いたという。
スカイ王国では王国流剣術というものが主流であり、道場という習いの場はない。
多くの剣士が騎士を目指すため、学校や、引退した騎士を雇い習うことが通例だという。
そんな中、異国の剣術道場を開いた蔵人は異例だったという。
もちろん反対する声もあったそうだ。
だが、国王が諸手を挙げて賛成したことから、彼の道場は開かれた。
一時期は、騎士団副団長の地位にいた人間であり剣聖の称号を持つ剣士から剣術を学べることが魅力となり、多くの騎士を目指す若者が門下生となった。
時間が経ち、決して多くはないが雨宮流剣術を使う騎士は増えた。
ただ、王国流剣術とは違う実戦形式の過酷な訓練や、相手を殺すことだけを徹底的に仕込まれることから、現在でも野蛮な剣術と蔑む者もいる。
訓練に根を上げてしまう者も多いが、一定の技術を取得した者は例外なく強者の部類に数えられている。
リーゼも、雨宮流剣術を学び、師範代まで到達した強者だ。
彼女の実力は毎日手合わせしているサムが一番よく知っている。
身体強化魔法を使ったサムが、魔法を使わないリーゼに剣術だけで叩きのめされる光景は、いつものことだ。
雨宮流剣術がどれほどのものか嫌なほどわかる。
「蔵人様には娘がおふたりいるわ。ひとりは剣術に優れた水樹様と、もうひとりはお体の弱いことみ様よ」
「奥様は?」
「ことみ様の出産後に体調を崩してしまい亡くなってしまったわ」
「そうでしたか」
「門下生は現在はわからないけど、私が剣を習っていた頃は三十人ほどいたわね」
「意外と少ないですね」
「ついてこられる弟子ばかりじゃないの。私だって、何度投げ出そうと思ったかわからないわ」
過去を思い出すように遠い目をするリーゼの体が、小刻みに震えているのは過酷な訓練を思い出したからかもしれない。
「リーゼは師範代って言っていたけど、どのくらいなの?」
「師範代といっても大したことないのよ。水樹様に比べたらだいぶ劣るわね」
サムにはリーゼが謙遜しているのか、それとも剣聖の娘が想像を超える実力を持っているのか、どちらか判断つかなかった。
「人に教えるということもしたことがないわ。サムが初めてね」
「ん? 剣聖がひとりひとり教えている?」
「剣聖様もお教えくださるけど、細かく指導してくださるのは水樹様よ。あとは、お弟子の中でも経験の長い方達ね」
「おかしい。話しか聞いたことないけど、水樹という子は剣聖に匹敵すると言われているはず。なぜ跡継ぎじゃない?」
「花蓮の言うように水樹様は本当にお強いわ。でも、なぜか後継者候補から外れているの。後継者候補の三人が束になっても水樹様に勝てるわけがないのに」
「どうして?」
「私にはわからないご事情があるのでしょうね。それに、最近の道場の事情はわからないわ。ときどき、剣聖様と水樹様が便りをくださるけど、後継者問題に関することは書かれていないもの」
貴族だろうと、剣術道場だろうと後継者問題は難しいようだ。
(剣で思い出したけど、マニオンとかどうしているんだろうねぇ。今じゃ顔も思い出せないんだけど、ま、いいや。あ、そうだ、ダフネたちに手紙を送ってないじゃないか!)
剣にまつわる話を聞いたので、剣の天才と呼ばれていた弟を一瞬だけ思い出すも、すぐに記憶の奥底に沈めてしまう。
それよりも、世話になったダフネたちに近況報告が滞っていることを思い出し、慌てた。
(あとで手紙を書こう)
「リーゼはなぜ道場に通わないの?」
「……あまりサムの前では言いたくないけど、剣聖様の後継者候補のひとりが私の元夫なの。あまり道場に足を運んでいないようだけど、進んで会いたくなかったのよ」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいわ。もう過去のことだし、今はサムがいるもの」
「うん」
元夫、その言葉を聞き、サムの胸の中がかき乱される。
リーゼに元夫とその家族がした仕打ちは以前聞いたので忘れていない。
だが、まさか元夫が剣聖の後継者候補だとは思わなかった。
(仮にも剣を学び、誰かに教える立場にある人間が、リーゼ様にあんな仕打ちをしたのか。もし顔を合わせたら、感情を抑えることができるかわからない。会わないことを祈るしかないな、だけど、もし、会ってしまったら――)
「サム?」
「あ、はい、なんですか?」
「ごめんなさい。元夫の話なんて聞きたくなかったでしょう。もし、気に入らないのなら、剣聖様へのご挨拶も私だけで」
「いいえ、気になんてしません。だからリーゼ様も気にしないでください。リーゼ様には俺がいます。幸せにします。だから、どうでもいい過去なんてさっさと忘れましょう」
「――サム。ありがとう」
リーゼが、サムのそばに移動し、抱きついてくる。
彼女を優しく抱きしめながら、今もなお彼女が元夫のせいで苦しんでいるのだとわかった。
怒りを表に出さないよう、深呼吸をしていると、
「サム、よく言った」
親指を立て頷く花蓮と目が合った。
おかげで強張っていた体から力が抜けていく。
(――それでも、俺はリーゼ様の元夫にあったらなにをするか自分でもわからないや)
そんなことを思いながら、リーゼのためにも何事も起こらないことを願うのだった。
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