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16「アリシア様に好きな人がいるそうです」②




「別に誰かを想うことは悪いことではないと思うんですが」

「ふふふ。その方にはもう婚約者がいるんですの。わたくしはその間に割り込む勇気はありませんわ――それに」


 アリシアの笑顔が一変して暗くなる。

 何事だ、と様子を伺うサムに、彼女の口から驚くべき言葉が放たれた。


「わたくしと結婚を望んでいる方がいるのです」

「……おめでとうございます……とは言えないお顔をしていますね」


 アリシアの浮かない顔を見れば、その求婚が喜ばしいものではないことくらいわかる。


「そうですわね。その方は、わたくしの幼馴染みなのですが……苦手な方ですの」

「やはり男性だと幼なじみでも苦手意識があるんですね」

「いえ、男性だからとかではなく、その方が……あ、誤解しないでくださいね。悪い人ではないのです。でも」

「でも?」

「お話を聞いてくれないのです」


 アリシアの言わんとすることがわからず、サムは困った顔をした。


「話を聞いてくれないってどういうことですか?」

「えっと、そうですわね。自分のことばかりで、わたくしの話を聞いてくれません」

「あー、そういう」

「まるでわたくしに興味がないみたいに思ってしまうのですわ。この間もお会いしたのですが、ご自身の近況しか語らず、わたくしの近況は尋ねもしてくれませんでした」

「なんというか、ずいぶんと自分勝手なやつですね」


 サムの物言いを、アリシアは肯定も否定もしなかった。

 ただ、寂しそうに言葉を紡いでいく。


「わたくしは、結婚するならちゃんとお話をするべきだと思うのです。会話や性格の合う合わないもそうですが、まず時間を掛けてでも相手のことを知りたいですし、わたくしのことも知って欲しいと思うのです。そうでなければ、悲しい結婚になってしまうのではないかと不安ですの」

「お気持ちはわかります」


 不安を抱えたまま結婚するのはお世辞にもよくない。

 貴族として、伯爵家の娘として逃れられない縁談ならまだしも、選択の自由があるのであれば、相手と自分の相性が合うかどうかを判断したっていいと思う。

 アリシアが不幸になることはもちろん望まないが、相手だって不幸な結婚はしたくないはずだ。


(ただ、自分のことだけをペラペラ話す奴ってたまにいるんだよな)


 悪意のあるなしではなく、男女問わず、ときどき自分のことだけを話したい人間はいる。

 他人に興味がないのではなく、まず自分のことを優先する人間は残念ながらいるのだ。


(相手が自分本意な人間なのかどうかはわからないけど、アリシア様の反応を見ると、あまりいい感じに進んでいないんだな)


 仮にも幼なじみだ。

 恋する相手を前に緊張してしまい、考えなく話をしてしまったということは考えられない。

 であれば、自分の話したいことだけを話すような人間の可能性がある。


(アリシア様とは相性が悪いんだろうな)


 大胆な一面があろうと、根っこは控えめな性格のアリシアだ。

 彼女が吐露したように、ちゃんと会話をして、お互いのことを知らなければ安心できない気持ちもわかる。

 幼なじみだからわかりあっている、ということはないだろう。

 少なくとも、アリシアはそう思っていないと思う。

 幼なじみの男性と、結婚相手では別物なのだから。


「サム様はわたくしの話をとてもよく聞いてくれるので嬉しいです。子竜ちゃんたちも、同じです。できることなら、当たり前の会話を楽しくできる方と一緒になりたいと思ってしまうのはわがままでしょうか?」

「そんなことはありませんよ。俺だって、リーゼ様と毎日いろいろな話をしていますから、もし急に会話ができなくなったら、寂しいです」

「そうですわよね。――よかった。わたくし、男性に自分のことをこんなにお話ししたのは初めてですわ」

「俺で良ければいつでもお話を聞きますよ」

「まあ……いいのですか?」

「もちろんです。俺の悩みだってさっき聞いてくれたじゃないですか。お互い様です。それに、家族なのですから遠慮なく、それこそ弟に話しかける感覚で話してくださいよ」


 アリシアとの会話は嫌じゃない。むしろ好ましい。

 それに、リーゼと結婚するのだからアリシアとは本当の家族となる。

 彼女の悩みを聞いてあげたいし、家族として他愛ない話をするのだって普通のことだ。

 自分と会話することをきっかけに男性に慣れてくれればそれも嬉しい。


「ええ。今度はお茶を飲みながら、わたくしのお話を聞いてください。あ、そうですわ。先日、頼まれていた竜が登場する物語をいくつか見繕いましたので、あとでお貸ししますね」

「ありがとうございます! 読んでみたかったんですよ!」

「ふふふ、面白さはわたくしが保証しますわ」

「楽しみです」


 サムはアリシアに本を借りることが度々あった。

 読書家のアリシアは屋敷の図書室に入り浸っていたこともあり、現在も書籍を増やしているそうだ。

 そんな彼女のおすすめしてくれる物語はどれも面白いので楽しみだ。


「きゅーきゅー!」

「あ、ごめんごめん、手が止まってたね」

「ごめんなさい。じゃあ、綺麗にしましょうね」


 泡塗れになっていた子竜がブラシが止まっていると抗議するように鳴いたので、サムたちは子竜を洗うことに集中する。

 汚れをしっかり落とし、最後にお湯で泡を流し終えた。


「よし。じゃあ、部屋に戻ろうか」

「きゅるきゅる」

「ん?」

「あの、サム様。この子たちはお風呂に入りたいそうです」

「……今、洗ってあげたばかりじゃないですか」

「お湯に浸からないと嫌だそうでして」


 子竜たちの要望にサムが笑みを漏らした。


「もうすっかり人間の生活に馴染んじゃったなぁ」


 灼熱竜とともに自然に帰ることができるのか、ちょっとだけ心配になった。


「きゅるる!」

「どうしたの?」


 一体の子竜が、サムの腕を甘噛みし、なにかを訴えているようだ。

 しかし、サムには子竜がなにを言いたのかわからない。

 なんとなく甘えている感じくらいはわかるのだが。

 困った顔をしてアリシアに通訳を求めると、彼女は笑顔を浮かべた。


「この子はサム様と一緒にお風呂に入りたいそうですわ」

「わかった、わかった。ほら、腕を引っ張らないで。じゃあ、俺はこの子とお風呂に入りますから、そちらはアリシア様にお任せしてもいいですか?」

「もちろんですわ!」


 アリシアに返事をしている間にも、子竜は早くお風呂に行こうと引っ張ってくる。

 そんな子竜の反応がかわいらしくて、つい目尻が下がってしまう。

 サムは子竜に引っ張られながら、他の子竜たちを撫で、浴室へ向かった。

 サムを見送ったアリシアは、残った子竜たちに笑顔を向ける。


「さあ、わたくしたちもお風呂に参りましょう」

「きゅる!」

「きゅー!」


 子竜とともに屋敷の中に向かうアリシアは、一瞬だけ寂しそうな顔をした。


「……ふふふ。本当にサム様はお優しいですわね。リーゼお姉様のことがとても羨ましいですわ」




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