15「アリシア様に好きな人がいるそうです」①
宮廷魔法使い第一席紫・木蓮の孫娘花蓮との見合いを明日に控えたサムは、憂鬱だった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」
リーゼ以外に王女ステラという婚約者が増えてしまったばかりで、後ろめたい気持ちがあるのに、また増えてしまったらどうしようと悩んでいた。
「いやいや、お見合いしたからって断ればいいじゃないか。うん、そうだ!」
「きゅいきゅいっ」
「あ、ごめんね。今、洗ってあげるからね」
子竜の一体に催促されるように鳴かれて、サムは謝る。
サムは子竜たちを洗うため、庭にいた。
今日も元気にアリシアと遊んでいた子竜たちだったが、遊びに熱が入ってしまったせいで泥だらけになってしまったのだ。
(アリシア様まで泥だらけになって、いったいどこで遊んでいたんだか)
子竜たちとアリシアがセットで行動するのはもう珍しくない光景だ。
一見、大人しそうなアリシアだが、やはりウルとリーゼの妹だけあって、快活な部分も持っていたらしい。
今は、年甲斐もなく泥だらけになって帰ってきたことを、母グレイスに叱られている。
その間に、サムは子竜たちを洗おうとしているのだ。
お風呂に直行させたいが、途中の廊下が汚れてしまってはメイドたちが掃除で大変だと思い、役目を買って出たのだ。
「ほら、お湯をかけるよ」
「きゅいぃー」
水魔法を使い、宙に大量の水を用意して、炎の魔法を使って適温に温めると、勢いよく子竜たちの体にかけていく。
気持ちよさそうに「きゅるきゅる」鳴く子竜たちに、つづいてブラシをかけていく。
ごしごしと石鹸とブラシで泡だてていると、
「サム様、わたくしもお手伝いしますわ」
お説教から解放されたであろう、アリシアがブラシを持って現れた。
「ありがとうございます、アリシア様。でも、グレイス様から解放されたんですか?」
「うぅ、久しぶりに……いいえ、何年ぶりでしょう。お母様に叱られたのは」
「最近のアリシア様は、子竜と一緒に元気に遊んでいて楽しそうでなによりです」
「はい! 毎日が楽しいですわ!」
揃って子竜にブラシをかけていく。
アリシアも洋服が泥に塗れているが、彼女の場合は少々はしたないが服を脱いでさえしまえば浴室に直行できる。
おそらく準備されているのだろう。
「……わたくしより、サム様は最近お元気がないようですけど、どうかなさいましたか? あ、まさかリーゼお姉様と喧嘩でもしてしまったのですか?」
「いえ、リーゼ様とは仲良くさせてもらっています。毎日、いろんな一面を見ることができて、俺は幸せですよ」
「まあ! お熱いですわね、羨ましいですわ。でも、でしたらなぜそんな元気のないお顔をしているのでしょうか?」
子竜を洗いながら、ふたりは会話を続けていく。
「そんなにわかりやすいですかね?」
「ええ、とってもわかりやすく困ったような、元気のないようなお顔をしていますわ」
子竜たちが屋敷にきてからアリシアの口数はとても増えた。
まるで兄弟が増えたように親しげに子竜たちと会話するアリシアはとても生き生きしている。
子竜たちもアリシアのことが大好きなようで、まるで姉のように懐いていた。
そんな子竜たちからなぜか好かれ懐かれているサムとアリシアは、こうして一緒にいる機会が増え、よく話すようになっていた。
出会ったばかりの頃は、リーゼの後ろに隠れて男性が苦手だと言っていたアリシアが嘘のように親しく接してくれている。
サムは、アリシアの変化が素直に嬉しかった。
「実は、明日は木蓮様のお孫さんの花蓮様とお見合いするんですよ」
サムの力ない声に、アリシアは納得したような顔をした。
「お見合いは明日でしたわね」
「ええ、だから困っていまして」
「そういえば、ステラ様ともご婚約したとお母様からお聞きしましたが?」
「ええ、いつの間にか」
ため息混じりで返事をすると、アリシアはブラシを動かしながらサムの顔を覗き込んだ。
「ご不満ですの?」
サムは慌てて首を横に振る。
「不満なんてないですよ。ステラ様は努力家で尊敬できる人です。むしろ、俺には分不相応というか、いえ、違いますね。なんだかリーゼ様に悪い気がして」
「お姉様はあまり気にしていないと思いますわ。もちろん、嫉妬するかも知れませんが、貴族の娘ですもの。それに、サム様が不誠実を働いたわけではありませんし、気にしすぎではないでしょうか?」
「それはそうなんですけど」
「……でも、少し羨ましいですわ」
「アリシア様?」
羨ましい、と呟いたアリシアにサムが首を傾げた。
彼女は微笑んで言葉を続ける。
「リーゼお姉様のことをサム様がとても愛しているのがわかりますわ。それが少しだけ、同じ女性として羨ましく思いますの」
「そうですか……失礼ですが、アリシア様にはどなたかお相手がいないのですか?」
思い返せば、アリシアに婚約者や恋人がいると聞いたことはない。
サムの疑問に、少し顔を赤らめてアリシアが応えた。
「わ、わたくしは、その、あまり男性が得意ではないので……でも、あの、気になっている方はいます」
「――へぇ」
正直、意外だった。
アリシアの言葉通り、彼女が男性を得意としていないのはわかっていた。
そんな彼女に気になる異性がいるというのは驚きだった。
(アリシア様が気になる男か、どんな男か見定める必要があるな)
大切な家族に、不埒な輩が近寄っていないかサムは警戒心をあげた。
「その方は、わたくしの話をよく聞いてくださるんです。お優しくて、一途な方でもあります。そんな方に、もし、わたくしも想っていただけたのなら――なんて、ちょっと悪いことを考えてしまうのです」
そう語るアリシアは、恋する乙女のようだった。
サムは察した。アリシアは、気になっている以上に、その人物に想いを寄せているのだ、と。
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