11「リーゼ様が嫉妬してくれました」①
「へー。それはよかったわねー」
王宮から帰宅した日の夜。
ベッドの上で、寝巻き姿のリーゼが頬をパンパンに膨らませていた。
「いえ、あの、成り行きといいますか、なんといいますか」
リーゼがこんな態度をとっているのは、サムにステラ王女という新しい婚約者ができたからだ。
ステラと会い、彼女と国王の蟠りを解消したサムは、両者から気に入られてしまい、とんとん拍子に婚約が決まってしまった。
宮廷魔法使いだろうと、王国最強の魔法使いだろうと、ノリノリのふたりを止めることはできなかったのだ。
屋敷に戻ってきたサムは、国王から預かった手紙をジョナサンに渡した。
内容は、ステラと婚約すること、正室はあくまでもリーゼであること、近々正式に顔合わせをしたいことが書かれていた。
まさか王女を婚約者にして帰ってくるとは思っていなかったジョナサンは、「なぜ王宮に行っただけでこんなことに」と胃のあたりを押さえていた。
今回の婚約は、あくまでも国王の独断のようで、事前にジョナサンには相談していなかったようだ。
で、その話をしていたくらいから、リーゼがどこかむすっとし始めてしまった。
間違いなく機嫌を損ねてしまったと判断したサムは、彼女のご機嫌を取ろうと必死になったものの、ついに失敗に終わってしまう。
(――こんなこと口に出せないけど、嫉妬してくれるリーゼ様もかわいいなぁ)
木蓮の孫娘花蓮とのお見合いに関しては、リーゼもちゃんと受けなさいと勧めていたため、彼女は貴族の娘らしく自分が女性を増やそうと平然としているのかと思っていた。
だが、違った。
どうやら彼女の預かり知らぬところで婚約者を作ってくることはご不満のようだ。
(だよねぇ。木蓮様のお孫さんだって、お見合いするってだけで結婚が決まったわけじゃないんだし、リーゼ様の反応が違うのも仕方がないよね)
今はとにかく、リーゼのご機嫌を回復することが優先だ。
このままでは寂しい夜を迎えることになってしまう。
それは困る。
最近のサムは、リーゼの温もりがなければ快眠できなくなっている。
なによりも、嫉妬中のリーゼは可愛いのだが、やはり好きな人には笑っていてほしかった。
「あの、リーゼ様……あまり怒らないでいただけたら助かるのですが」
「別に怒ってなんかいないわよ。ステラ様は素敵な方だもの。私と違って、華奢で、守ってあげたくなるような方だものね。あの白い髪なんて、ご本人は気にしているようだけど、神々しいほど美しいじゃない」
「そんな拗ねないでくださいよ」
「拗ねてないですー」
「そりゃ、いつの間にか婚約者が増えちゃったことは謝ります。でも、国王様のご命令をどう回避すればよかったんですかぁ」
「知りませんー」
膨らませているリーゼの頬を突いてみたくなる衝動を堪えながら、必死にサムは甘い声を出す。
「それに、俺の奥さんはリーゼ様だけです。守ってあげたい、かわいい奥さんですよ」
「そ、そんなこと言われたって……もうっ!」
頑張ってご機嫌を取ろうとしたが、枕を投げられてしまった。
ぽすん、と軽い音とともにサムの顔に枕が当たる。
それでもめげずにサムはリーゼの手を握りしめ、愛を囁く。
「――愛しています、リーゼ様。だから俺のこと嫌わないでくださいね」
「別に嫌ってなんかいないわ。私がサムのことを嫌うわけないじゃない。でも」
「でも?」
「婚約者なんだから、ちょっとくらい嫉妬したっていいでしょう?」
「――っ、もちろんです! 嫉妬するリーゼ様も可愛いので、どんどん嫉妬してください!」
「その反応もどうかと思うけど……ふーん。嫉妬している私ってそんなにかわいいんだ?」
「ああっ、しまった、心の声が!」
怒られてしまう、と身構えたサムだが、リーゼはなにやら頬を押さえてクネクネし始めた。
「ふーん。私、可愛いんだ。そうなんだ」
「あの、リーゼ様?」
「べ、別にちょっとかわいいって言われたからって機嫌を直すほど、簡単な女じゃないわよ。ただ、いつまでも大人げないかなって思うから、今回は許してあげる」
「あ、ありがとうございます」
「でもね」
リーゼは、サムの胸に自らの頭を預け、寄りかかる。
「しちゃ駄目だってわかっていても、今日みたいに嫉妬するかもしれないわ。私って、意外と嫉妬深いみたい。自分でも驚きだわ」
「嫉妬してくれるリーゼ様はかわいくて好きですよ」
「もうっ!」
抱きしめて耳元で囁くと、リーゼの顔が赤く染まる。
その反応が愛らしく、彼女の額にキスをしてしまう。
続いて、頬へ、首筋に、キスを続ける。
「――ん」
くすぐったそうに身をよじるリーゼだったが、彼女もまたサムを求めてくれた。
ふたりは自然と唇を重ね、愛を育む。
しばらく甘い時間が続き、満足したふたりは唇を離した。
少し名残惜しいが、話もまだあるので今は我慢することにした。
「でも、ステラ様がそこまで思い悩んでいるなんて知らなったわ。確かに、白髪であることを気にしていたけど」
「リーゼ様もご存知だったんですね」
「ええ。ステラ様を悪く言う声は、私も聞いたことがあるわ。言いたくはないけど、貴族の子女なら誰でも一度は耳にするわ」
「そんなに有名なんですね」
ステラが白髪であることだけで不義の子だと噂する貴族たちに、サムは嫌悪感を抱く。
リーゼも過去を思い出して、おもしろくないのか苦い顔をしている。
「ちょっと不快なくらいに盛り上がるのよね。とくに、あのレイチェル様がね」
「第二王女様のですか?」
「ええ、あの方が、率先して悪い噂を流しているようなの」
「姉妹なのにそういうことするんですねぇ」
(女って怖いなぁ。あ、でも、確かレイチェル様が余計なことを言ったから、ステラ様が引きこもりを拗らせていたんだよな。あー、やだやだ)
「母親が違うせいかしら」
「もしかして、腹違いってだけで仲が悪いんですか?」
「私が知る限り、レイチェル様が一方的にステラ様を嫌っている感じよね。多分、ステラ様のお母上の第一王妃様と、レイチェル様のお母上の第二王妃が犬猿の仲なのも原因じゃないかしら」
「うわぁ、王族あるあるですね」
女同士のあれこれに辟易してしまう。
ステラがレイチェルを嫌っている様子はなかったので、レイチェルの一方的な感情なんだろうが、あまり気持ちのいい話ではない。
「そうね。あと、国王陛下がステラ様を一番気にかけているのも気に入らないらしいわよ」
「よくご存知ですね」
「今はさておき、昔は社交界に出ていたんですから、このくらい嫌でも耳に入ってくるわよ。女が集まると、誰かの悪口ばかりよ」
「うわぁ」
そういうリーゼもうんざりした様子だった。
彼女の性格上、誰かの悪口を言うのも聞くのも嫌なのだろう。
「でも、陛下がステラ様をサムに託したのは良い判断だと思うわ」
「え? そうなんですか?」
「ステラ様を悪く言う人間はさておき、あの麗しいお姿ですから、良からぬ思いを抱く男性も多いと聞くわ」
「それは国王様からも聞きましたけど」
「お父様と敵対している貴族派はもちろん、騎士派の貴族の中にもステラ様をほしがる人間はたくさんいるそうよ」
「まあ、確かにかなりの美人でしたからねぇ」
ステラのことは鮮明に脳裏に焼き付いている。
あの雪のような白い髪と肌。
細く華奢な体つき。
端正に整いながらも、どこか保護欲を唆る顔立ち。
確かに、男どもが群がりそうだ。
「――ふーん」
ステラのことを思い浮かべ、納得するように頷いていると、腕の中からじっとりとした視線が刺さった。
「あ」
素直にステラを美人と褒めたサムに、再びリーゼが頬を膨らませていた。
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