エピローグ「賑やかな日常」
リーゼとの結婚を認められたサムは、その日のうちにウルの墓前に報告に来ていた。
ウルが好きだったと教えてもらった葉巻とウイスキーを手土産に、墓跡の前に座り話しかけていた。
「ウル。俺はリーゼ様と結婚するよ」
きっとウルは笑顔でおめでとうと言ってくれるはずだ。
「ウル以外の人を愛することができるなんて思っていなかったけど、こんな俺を好きだと言ってくれる人と出会えて、愛することができたんだ。それもウルの妹だなんて、不思議だよね」
まったくだ、と天国で苦笑していると思う。
「宮廷魔法使いの地位も、この国最強の魔法使いの座も手に入れたよ。次は大陸最強を目指したいけど、残念ながらどうすれば大陸最強を名乗れるのかわからないんだ」
サムは困ったように笑った。
大陸最強は、残念ながら王国最強を名乗っていたアルバートを倒しただけで手に入るだけの称号ではない。
少なくとも複数の国から認められるか、現時点で大陸最強を名乗る魔法使いを倒さなければならないのだが、その大陸最強がどこの誰だかサムは知らなかった。
「だから、しばらくはこの国の魔法使いとして、スカイ王国とウォーカー伯爵家のために働こうと思っているんだ。結婚するんだし、少しは落ち着かないとね」
風が吹き、サムとウルの墓標を撫でた。
もうそろそろ夏が来る。
夏が終われば、サムも成人だ。
「秋になったら一緒にお酒を飲もう。実を言うと、俺はお酒が結構好きなんだ」
サムはそう言い残して墓標に背を向けた。
「また来るね」
まだ彼女を失った傷は癒えていないが、前に進むと決めた。
リーゼと歩んでいくと、決めたのだ。
だからサムは足を止めない。
最愛の師に恥じないように生きていくのだから。
「もういいの?」
「はい。十分話すことができましたから」
一緒に墓参りに来てくれていたリーゼが、声をかけてきた。
彼女は墓の掃除を終えると、サムをウルとふたりきりにしてくれたのだ。
ウルと話している間、リーゼはずっと離れ場所でサムの背中を見守ってくれた。
「私とサムが婚約したと聞かされて、ウル姉様もきっと困った顔をしていたでしょうね」
「喜んでくれているはずですよ」
「そうならいいけど」
ふたりは自然と手を繋いだ。
思えば、こうして外で彼女と寄り添う時間は初めてだった気がする。
「少し街のほうに行ってみますか?」
「あら、それってデートのお誘い?」
「はい。婚約者らしくデートしましょう。訓練は、たまには休んでもいいでしょう」
「ふふふ、嬉しいわ。じゃあ、いきましょう!」
街へ向かって歩き出すふたり。
その様子は、間違いなく恋人だった。
そんなふたりに無粋な声がかけられる。
「サム! リーゼ!」
聞き覚えのある声に、嫌そうな顔をしたふたりが振り返ると、そこにはデートの出鼻をくじいてくれた男がいた。
「やあ! 君たちもウルリーケの墓参りに来ていたんだね」
真っ白なスーツに身を包んだ、二十代半ばの美青年だ。
すらりとした長身に、スーツはよく似合っているが、あまりにも場違いだ。
「お前なぁ、どこの世界に白いスーツで墓参りに来る馬鹿がいるのだよ。あ、ここにいるか」
「ちょうどいいところであったね。あとでウォーカー伯爵家へ寄ろうと思っていたんだ」
「なんで?」
「君たちが婚約したと聞いたからね」
「早くね? 今朝の話だよ!?」
「ふっ。愛する人のことなら二十四時間いつでも情報が入ってくるのさ」
「なにそれ怖い!」
「僕が言うのもなんだが、ウルリーケも喜んでいるだろう」
「意外ね。ウル姉様以外を――とは言わないのね」
リーゼが口を挟む。
確かにギュンターのウルへの偏愛っぷりを見せられてきたリーゼの疑問はもっともだ。
ウル以外を選んだサムへ憤りを見せてもおかしくないと思う。
「リーゼ、僕だってそこまで無粋じゃないさ。ウルリーケもサムが自分のことをいつまでも引きずっていることは望まないだろうしね。おめでとう、僕からも祝福させてもらうよ」
「あ、あら、ありがとう」
「……意外だけど、うん、ありがとう」
ニコニコと祝福してくれるギュンターがどこか不気味で、素直に喜べなかった。
(いや、せっかく祝福してくれているんだから、素直に感謝しないとな)
サムがそう思った時だった。
「これからは家族三人で仲良くやっていこう!」
「――は?」
「――ああ?」
困惑した声を発したのがサムで、ドスの効いた低い声を出したのがリーゼだった。
顔を引きつらせるふたりに気づかず、ギュンターは歌うように言葉を紡ぐ。
「幸いこの国は一夫多妻が認められているからね。まあ、僕のほうが先にサムの妻になったが、正室の座はリーゼに譲るよ。僕もそこまでずうずうしくないからね。それに、サムへの愛の大きさなら、僕の方が勝っているからね」
「――サム」
「は、はい」
名前しか呼ばれていないが、リーゼの求めているのもがなにか察した。
サムはアイテムボックスからリーゼ用の木刀を取り出す。
刹那、いつの間にかサムの手から消えた木刀を構えてリーゼがギュンターに肉薄する。
そして、渾身の一撃を振り下ろした。
が、ギュンターの固い結界に難なく防がれてしまった。
「――ち」
「おやおや、なにを怒っているのかな、リーゼ? 妻同士が仲良くできないのは感心できないね」
「こいつっ、すっごく斬り殺したいわ!」
「まったくお転婆な子だね。そんなにはしたなくて、サムに可愛がってもらえるのか心配だよ」
無自覚なのか、それともわざとなのか、煽るようなギュンターの発言が続くが、リーゼはにやりと笑みを浮かべて勝ち誇ったように胸を張った。
「ふふん! もう私はサムと一夜を共にしてかわいがってもらったわよ! 残念だったわね!」
「ちょ、リーゼ様! そんな大きな声で!」
なんてことを言い出すんですか、とサムが慌てた。
一方ギュンターは額に汗を浮かべ、動揺を隠せずに体を震わせ始める。
「べ、べべべべ、別に構やしないさ! 僕だって、昨晩夢の中でウルリーケとサムとハッスルしたからね!」
「いや、すんなよ」
「ふーん。せいぜい夢の中だけにしておいてほしいわね。サムは私のものなんだから!」
リーゼはそう言うと、サムと腕を絡め、見せ付けるように寄り添った。
ギュンターが悔しそうにハンカチを取り出し「ぐぎぎ」と噛み始めた。
「ま、待ちたまえ! そこは平等に愛されなければ、家族の中で不和が起きてしまう! サム! 今夜は僕の番だからね!」
「いーやーでーすー!」
「なぜだ!?」
「なぜもなにも、あなた男じゃない!」
「男女差別反対! 僕も妻だ! つーまーなーのー!」
「かわいくごねないでよ! サムがその気になったらどうするの!」
「なりませんよ!」
意外とリーゼに信用されていないのかな、とサムが肩を落とした。
「ああ、もう! せっかくサムといい雰囲気だったのに台無しよ!」
リーゼの叫びが大空に響いた。
サムは、愛する人とのデートは邪魔されてしまったが、こんな賑やかなのもありなのかもしれないと思ってしまった。
ギュンターとどうこうなるつもりはないが。
(ま、毎日楽しくやってるよ、ウル)
サムが心の中で呟くと、ウルの爆笑が聞こえた気がした。
2章までお読みくださりどうもありがとうございました。
続いて3章もお付き合いいただけると幸いです。
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