47「リーゼ様の決意と俺の気持ちです」②
「リーゼ! 自分がなにを言っているのかわかっているのか!?」
「そうですわ! あなたはサムのことを!」
両親が感情をそのまま口にすると、リーゼが少しだけ寂しそうな顔をした。
「――もうご存知と思いますので、今さら気持ちを隠したりたりはしません。私は、サムを愛しています」
「ならば!」
「ですが、あの子のことを考えると私は相応しくないでしょう」
「まさか、一度嫁いだことを気にしているのか?」
「…………」
父の問いかけに、リーゼは沈黙した。
その沈黙が肯定だと、ジョナサンもグレイスもすぐにわかった。
「すまなかった、あの縁談は私が悪い。責められるのはこの私だ」
後悔を浮かべたジョナサンが、ベッドから立ち上がり娘に謝罪した。
だが、リーゼは父を責めず、首を横に振る。
「いいえ、私も納得した上での結婚でしたので、お父様を責めたりするなどお門違いです。でも、やはり出戻りの私がサムと結ばれる――そんなことは許されないと思います」
「――リーゼ、許す許されないなど気にする必要はないのですよ」
「お母様……サムのことを考えたら、もっといい人が現れるはずです」
「あなたはそれでいいの?」
「はい。でも、せめてサムと体だけでも結ばれることができるのなら慰めになります。どうか、そのお役目を私に」
両親の優しい言葉に感謝しながらも、リーゼは最後まで受け入れなかった。
リーゼの想いはサムのことだけを考えていた。
サムのためになるのなら、自分の恋心を殺すことなど平気だった。
リーゼは決意を込めた目で父を見てから、深く頭を下げる。
しばらくして嘆息混じりの言葉が発せられた。
「……そこまでお前が言うのならわかった」
「あなた!」
「顔をあげなさい、リーゼ」
「はい」
言われた通り、リーゼは顔をあげる。
父は真っ直ぐに自分のことを見ていた。
母は顔を真っ赤にして、父を睨んでいる。
「サムのことを、お前に任せる」
「ありがとうございます。では、さっそく私はサムのもとへいきます。おやすみなさい」
両親にあいさつすると、そのまま寝室を出て行ってしまうリーゼ。
残されたふたりはしばらく沈黙を保っていたが、グレイスが痺れを切らしたように声を張り上げた。
「あなた! どうしてリーゼを止めなかったのですか! あれではあとでリーゼもサムも傷つきます!」
「わかっている。だが、人の感情は親でも制御できるものではない。リーゼはサムを強く慕っているために、あんな考えをしてしまったのだろう」
「それはわたくしでもわかります! あの子は、サムと一夜の思い出を作ることで諦めようとしているのです!」
「そのくらい私にもわかる」
「ならば、なぜ!」
グレイスには同じ女として娘の気持ちがわかった。
サムを心から愛しているゆえに、身を引くのが一番だと考えながら、できずにいる。
ならば、せめて一夜だけでも関係を持ち、恋心を終わらせたいのだ。
しかし、その後待っているのは、辛い日々だろう。
サムへの想いを無理に封じ込めることに成功したとしても、感情が簡単に消えることはない。
どこかでリーゼの胸の中で燻り続けるのだ。
そして、サムが誰かと出会い、恋をし、愛し合い、結婚するところを見続けなければならない。
サムとリーゼはもう家族だ。師弟関係でもあるため、縁を切ることなどできない。
ゆえに、リーゼはサムが誰かと結ばれていくのを見守るしかないのだ。
――だが、それはあまりにも残酷だ。
いっそリーゼがサム以外の誰かに恋することができればいいのだが、その可能性はないに等しい。
サムだからこそ、リーゼは愛したのだ。
「リーゼを案じているのは私も同じだ。だが、私たちが考える最悪の事態にはならない気がするのだよ」
「なぜですか?」
「甘い考えだと笑ってくれ。だがな、サムなら、今のリーゼすら受け入れてくれるのではないかと思っている」
「……あなた」
「ふたりを信じよう」
ジョナサンはそう言ってベッドに戻ろうとする。
しかし、グレイスは娘が心配でならなかった。
「わたくしだってサムが好きですし、信じたいですわ。ですが、必ずしもよい結果になると楽観的にはなれません」
「うまくいかない可能性を私だって考えていないわけではない。残念ではあるが、そうなったときはふたりに縁がなかったということだ」
グレイスはすでにサムの部屋に向かってしまったリーゼを止めることができるはずもなく、夫の言葉に渋々頷くしかできなかった。
「――サム。娘のことをお願いしますわ」
届かないとわかっていても、グレイスはそう願わずにはいられなかった。
ご意見、ご感想、ご評価、ブックマーク登録を何卒よろしくお願い致します!




