40「その頃、ラインバッハ男爵家では(ダフネ視点)」④
「そういえば、マニオン様の婚約者様のご実家から婚約破棄したいと正式にご連絡があったそうです」
「でしょうね」
マニオンの婚約者は、サムを気にいっていた子爵家の令嬢だった。
令嬢はマニオンをとても嫌がっていたが、家の命令に逆らえず、ラインバッハ家後継者の婚約者になったのだ。
しかし、マニオンはハリーに後継者の座を奪われてしまった。
で、あれば、もう令嬢にマニオンと婚約しているメリットはなにもなくなったのだ。
「あのクソガキも母親同様に癇癪を起こしてとんでもないことをやらかそうとしましたからね。あれで成人前の子供かと思うとぞっとします」
母ヨランダのようにマニオンも後継者の地位が奪われたことに激昂し、かつてサムにしたように稽古という名目でハリーを痛めつけようとした。
あわよくば殺してしまおうと思っていたのかもしれない。
だが、剣の才能があろうと運動不足で肥えた体躯では才能を発揮できなかったようで、あっさりと返り討ちにあってしまった。
同じく才能がありながら努力を怠らないハリーに、なぜまともに努力したことのないマニオンが勝てると思ったのかダフネたちは不思議だった。
この出来事は父親の耳に入ってしまうこととなる。
肥え太り、性格も悪く傲慢なマニオンを視界に入れないようにしていたカリウスは、これ幸いとハリーを正式な後継者として声を大にした。
マニオンも歳の離れた相手に一太刀も浴びせることなく敗北したことにショックを受けてしまったらしく、今は母親と一緒に屋敷の片隅に軟禁されている。
自信を失い塞ぎ込んでいるようだが、そんな息子にヨランダは励ますどころか、出来損ないの豚、と癇癪を起こし責め立てるので、さらに塞ぎ込んでしまうという悪循環が続いているらしい。
だが、そんなふたりを気に掛ける人間はこの屋敷にいない。
「ヨランダ様のご実家にも今回の一件は伝えられており、引き取るように旦那様が申したそうなのですが……」
「なにか問題でも?」
「殺人未遂を犯すような愚かな娘と、なんの役にも立たない肥えた孫など要らぬ、と突っぱねられてしまっているそうです」
「ま、それだけのことをしているので仕方がないですね。それでは、あのふたりをどうするのですか?」
ダフネとしては、面倒なふたりなどさっさといなくなってほしい。
とくに長年サムを虐げた恨みがあるのだ。
誰が好き好んで世話などするか。
「旦那様は追い出すつもりのようです。反対する人間もいません」
「でしょうね。まあ、あんな馬鹿たちのことはどうでもいいんです。追い出されるのも、のたれ死ぬのも好きにしてください。それよりも私が気になっているのはぼっちゃまのことです!」
「サム坊っちゃまのことといえば」
「決闘以外になにかありましたか?」
「いえ、その、宮廷魔法使いとの決闘に関するお話が旦那様の耳も届いているようで、さすがに無視できなくなったようです」
「――くだらないですね」
ダフネはそう吐き捨てた。
「もう旦那様はサミュエル・ラインバッハはお亡くなりになったと公言したではありませんか。今さら、なんだというのですか」
「ええ、ですが、サム坊っちゃまを気に入っていらした子爵家のご令嬢の耳にも入ってしまったようで、酷くご立腹のようです」
令嬢はサムが亡くなったからということで、いやいやマニオンの婚約者となった。
だが、生きていたと知らされて、激怒したという。
そして、マニオンが後継者から外されたことが重なり、婚約破棄を申し出てきたのだ。
「ご令嬢のお怒りもわからなくはありません。亡くなったからと諦めてあのクソガキの婚約者になったのに、ぼっちゃまが生きていたとなれば私だってふざけるなと言いますよ」
マニオンの婚約者に望まずもなってしまった少女にダフネは心底同情した。
いくら派閥間の関係を強めるためとはいえ、親の言うままに結婚しなければならないことは悲しい。
貴族の義務なのかもしれないが、同じ女としてかわいそうだと思う。
「旦那様は剣の才能こそすべてとおっしゃっていますが、大半の方は希少な魔法使いのほうを剣士よりも重要視します。剣聖レベルなら魔法使いより希少ですが、腕の立つ剣士程度なら騎士団に掃いて捨てるほどいますからね」
「違いありません。正直、驚きのほうが大きいですが、宮廷魔法使いと決闘できるぼっちゃまは相当の実力があるということ。魔法の才能があるというレベルではありません。むしろ、剣が少し使える程度のクソガキよりもはるかに価値があります」
ダフネの言葉に、その通りだとデリックが頷いた。
魔法使いは希少であり、宮廷魔法使いレベルにまで到達するのはさらに少ない。
これは生まれ持った資質が重要であり、魔力を神からの授かりものと感謝する人間もいる。
対して剣は才能も重要だが、努力である程度の領域まで到達できる。
さすがにこの国一番の剣聖レベルは難しいだろうが、騎士団に入団できるレベルには相応の努力をすれば届くのだ。
魔法と剣、どちらの才能に価値があるのか、普通なら考えずともわかる。
(――ぼっちゃまは生まれる家を間違えてしまいましたね。いえ、そのおかげで私が出会えたのも事実なのですが、できることなら魔法の才能を褒め伸ばしてくれる家に生まれて欲しかったです)
「旦那様も口にはしていませんが、内心は慌てているご様子です。交友のある家からも、なぜサム坊っちゃまを手放したと叱責されているようです」
「ざまあみろです」
ラインバッハ家がサムをいらないのであれば、他家がほしがっただろう。
魔法というのはそれだけ希少なのだ。
「聞けば、どうやらサム坊っちゃまは王都でウォーカー伯爵家にお世話になっているようです」
「ウォーカー伯爵家ですか」
「旦那様の所属する貴族派と敵対している王族派の貴族なのです。それゆえに、希少な魔法使いを、それも宮廷魔法使いに匹敵する実力を持つ少年を敵対派閥に渡してしまうなど何事かと、責められているようです」
「自業自得ではないですか」
サムが出奔したことを隠そうとし死亡したとしたが、こうして王都で堂々と決闘されてしまえば、嘘だということが明るみになってしまう。
それ以前に、カリウスの苦し紛れの嘘だったということは多くが知っていたのだが。
「しかし、サム坊っちゃまにはよろしくない状況となるかもしれません」
「なにかあったのですか?」
「旦那様はサム坊っちゃまを、お屋敷に戻そうと考えているようです」
「――そんな馬鹿なことを!?」
「旦那様曰く、追い出したのはマニオン様であり、そのマニオン様も家からいなくなるのですから、戻ってくるはずだ、と」
「いやいや、戻ってくるはずがないでしょう! 旦那様もなにしれっとクソガキに責任を全部押し付けているんですか!」
ダフネからすれば、いじめていたマニオンも、剣の才能がないというだけで放置していたカリウスも同罪だ。
むしろ、父親でありながら、子育てを放棄したカリウスのほうが罪は大きい。
「旦那様は、サム坊っちゃまがご自分の命令に従うと思っているようです」
「旦那様もずいぶんと頭の中がお花畑ですね」
「というわけで、サム坊っちゃまにはよろしくないことになりそうです。ダフネ、
もしサム坊っちゃまから連絡がきたら、このことを全てお伝えし、旦那様に警戒するようにとお願いします」
「わかりました。といっても、伯爵家でお世話になっているのなら、ど田舎の男爵家の権力なんて相手にならないと思いますが」
「言うことを聞かなければ力づくでと思うやもしれませんので、ご注意しておいて損はないでしょう」
「無様に返り討ちになる想像しかできませんが、そうですね。わかりました」
いくらカリウスが武芸に秀でているからとはいえ、宮廷魔法使いを相手に勝てるほどの実力はない。
せいぜい騎士団の部隊長ほどだろう。
魔法を斬ることができるような技術があると聞いたこともない以上、遠距離から魔法を撃たれたら手も足も出ない気がする。
(――いっそ、ぼっちゃまに事情をお伝えするという名目で王都にいくのもアリですね)
そんなことを考え、にやりと笑うダフネ。
(とはいえ、まずはぼっちゃまの決闘が無事に終わることを祈るとしましょう。ですが、私は信じています。いずれ最強の魔法使いを目指すぼっちゃまなら、この程度のことを乗り越えてくださるのだと!)
――数日後、ダフネの願い通りにサムは決闘に勝利し、最強の座を手に入れるのだった。
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