尊敬する人
尊敬する人
千夏
「ね、トモ。ちゃんと届いた?一応今日の日付指定だったんだけど」
「千夏。ほんとこういうのは前もって言ってもらわないと」
家帰って、ご飯食べて、お風呂入って、友和に電話した。っていうかわたしが電話とかする前にありがとうって向こうから言ってくるべきじゃないんかい、とちょっと思いつつ。
「幸いに僕の留守中に届いても母が勝手に人に来た小包を開けるような人間ではなかったのでセーフだったけど、開けられてたら、もう、まずかったよ」
「まずいって何が?」
「バレンタインに僕がチョコなんてもらうことがあったら、我が四谷家は上へ下への大騒ぎになるんだ」
「なんで?」
チョコごときで、なんだそりゃ。
「僕は四谷家の長男だから、それだけ大切にされてるってことだよ」
「なんだ。バレンタインにチョコ一個ももらえないのもかわいそうって思って、家族に自慢できるようにわざわざ家に送ったんだよ」
「余計な気を回さないでよ。この宅配便が中條ちかではなくちなつというちょっと珍しい名前の男のクラスメートから、貸した文庫を返却してもらったんだって苦しい言い訳をしてなんとか逃れたんだよ」
「……」
ちなつ?ちなつって男の名前としていけるの?
「まあ、いいや。ね、次のはいつかき終わるの?また、家の近くまで行くからさ。読ませてよ」
「うーん。まぁ、また教えるよ」
「それとさ。ほんと映画行こうよ。最後なんだからさ」
「君と二人では絶対にやだ」
「別に誰かに見られたって、もう4月には日本でしょ?」
「可能性は低いが、うちの家族に知られたら、それこそ」
「ああ、上へ下への大騒ぎになるね」
「そうだ」
ほんと、めんどくさい家だな。四谷家。
「ねぇ、じゃあさ。もう1人いたらいいでしょ?3人」
「女2人と行くのはもっとだめだ」
「はいはい。じゃ、男2人とわたしの3人は?」
「それから構わないけど、そんな男子いるの?」
「京極君」
トモは黙った。
「彼がこんなマニアックなアニメの映画なんか見る男には見えないけど」
「いや、見ないと思うし、このアニメ自体知らないと思うよ」
「じゃあ、なんでつきあってくれるの?」
「わたし、仲いいんだよ、最近。だから頼んだらついてきてくれると思うけど」
「……」
「トモ?」
「千夏、それは彼氏だってことか?」
「え?いや、友達」
「千夏、彼氏とデートしたいなら2人で行けばいいじゃないか」
いや、ほんとこいつめんどくさい男なんだわ。
「あのね、トモ。わたしはあんたが日本帰っちゃうからさ、最後に友情の証として一緒に好きな映画を見たいわけ。京極君はあんたが2人だとやだっていうから、ついてきてもらうんじゃん。おまけは京極君のほうだって」
「千夏。僕だって男の端くれだから言わせてもらうけど、京極君がかわいそうだ」
「なんで?」
トモ、ため息ついた。
「で、どうなの?行くの?行かないの?」
「京極君にはもう聞いたのか?」
「え?いや、まだだけど。あんたが行くって言ったら聞いてみるよ」
「彼が構わないんなら、僕は構わないよ」
やっとOKか。
「じゃあ、いつにする?映画が来るのは3月だよ。トモはいつまでこっちにいるの?」
「3月の最後の週が引越しになりそうだ」
「じゃ、いつ行く?」
「学期末の試験前や試験中は無理だから、テスト終わって春休み始まってすぐだな」
「うん。わかった」
一樹
春休みに入って数日経った日、千夏に指定された映画館の前へ行くと、隣のクラスの四谷君が立っていた。メガネかけた地味な子。
「こんにちは」
「どうも」
話したことない。まず、接点がない。すごい静かで、部活とかやってるやつじゃないし。
「あの、こんなこと聞いていいのかわかんないんだけど」
「うん」
「中條とどういうつながりなの?」
千夏からは小学部の時からの友達としか聞いてない。
「千夏とは……」
あー、千夏って呼んでる。許されてるんだ。いいな。俺、脳内でしか呼んでないんだけど。
「ごめん。ごめん」
一瞬誰が来たのかわかんなかった。
「なんで?」
「え?あ、なに?このかっこ?」
「いや、それに、なんか化粧してない?」
へへーと千夏は笑った。
「ぎりぎり大学生ぐらいに見えない?」
「見える……かも。でも、なんで?」
「千夏、ちゃんと説明してないの?」
四谷君が渋い顔をする。
「今日見る映画ってR指定なのよ」
「え?」
「ちょっと残虐だったりするのかな?だからちょっと大人に見えたほうがいいかなって」
そんなん聞いてないけど……。
「大丈夫。今まで普通に入ろうとして止められたことないよ」
四谷君が言う。
「そんな何回もR指定のもの見てるの?」
「僕はアニメとかだけじゃなく、結構マイナーな映画を見るから、時々見たよ」
はぁ、そうですか。
「さぁ、いこいこ」
彼女がそう言って先頭に立つ。黒地にグレーと白で描かれた花模様のワンピース。丈は膝下まであるんだけど、薄手の生地で彼女の体のラインに沿っていて、V字の胸元にアクセサリーつけて、きっちりメークして、髪たらして軽く巻いてる。
「絶対、今日同い年に見えないよね」
彼女、軽く笑った。ほんというと、ちょっと目のやり場に困った。制服姿と違いすぎる。太ってると思ったことないけど、こんなに細いとは今日まで知らなかった。あの制服じゃ知りようがない。
不思議なのは四谷君で、
「音響の効果考えると、その席は最悪だ」
2人でチケット買いながら座席の位置相談してる。全然平常心。2人がどういうつながりなのか聞きそびれたけれど、学校で会うのと全然違う千夏を見ても何も変わらないところをみると、完全に女の人として意識してないみたい。それは僕には不思議に思えた。いくら友達だと思っていても、自分が男である以上、こんなふうにきれいな彼女を見たらどきどきしないではいられない。ただ、きっとどきどきしないから、千夏は四谷君と仲がいいのだと思う。そう、人畜無害な四谷君のような態度が、きっと僕にも求められている。
ポップコーンとかは買わずに(なんか神聖な気分なので食べながらはアウトらしい)飲み物だけ買って入る。千夏が先頭に立って、
「こっちこっち」
前へ進む。次に四谷君が、最後に僕。彼女が座席を見つけて列に入り込んでいく時に、四谷君が急に振り向いて、
「京極君が先に行ってください」
僕と順番を入れ替わった。だから、僕が千夏の隣になった。
「あれ?トモ、そっち行っちゃったの?」
「千夏は映画見るときうるさそうだから、間に京極君がいたほうがいい」
「え?何?うるさくなんかないわよ。失礼ね」
「君は存在しているだけでうるさい」
ぶっ思わず笑ってしまった。
「なによ。一樹君まで笑うなんてひどいじゃん」
四谷君は今日まで話したことなかったし、今まで関心を持ったこともなかったけど、いい人だと思った。僕が千夏の隣に座れるように席を換わってくれた。千夏がそれに気がつかないように軽口をたたいてくれた。
映画が始まって、絵が綺麗なのと音楽がかっこいい以外はやたら血が撒き散らされる込み入ったストーリーで、日本のアニメなので言語の問題はないんだけど、意味がわからなかった。こういうののどこをつかまえて面白いというのか?何か予備知識があれば面白いんだろうか。
まぁ、でも映画なんてどうでもよかった。映画館の暗闇の中で彼女の隣に座っているだけで、バスの座席で隣り合わせるより長かったし。もちろん手をつなぎながらなんてことは許されないわけだけど。
そして、次々と変わる鮮やかな場面をただぼんやりと見つめながら、千夏のことを思った。この人、自分が女として見られるのがいやだって言ってるし、思ってるけど、どうやれば女の人として見えるかは知ってるんだなと。僕は千夏が戸惑いもせずに体のラインが見える服を着て、大人みたいに化粧をしてきたことにびっくりしていた。
この人の外見と内面は本当にギャップがある。外は大人で中は子供。この前まであんなに戸惑って悩んでたのに、今日はまるで別人。どっちが本当の彼女なんだろう?
でもきっとどっちも本当の彼女なんだろうな。
***
映画が終わって昼ご飯を食べにいこうといって、3人で歩き出す。千夏は四谷君をつかまえて、見たばかりの映画について興奮して話してる。僕は2人についていく。
ピザやパスタが食べられるお店に入って、
「じゃ、わたし、これ。あと、アイスティー注文しといてね」
そう言って千夏が席を立つ。すると四谷君が、
「じゃあ、帰ります」
と言って、立ち上がった。
「え?」
「映画は約束通り見たし、千夏によろしく伝えてください」
「でも、もう簡単に会えなくなるんでしょ?今日、最後なんじゃないの?」
彼は笑った。
「連絡先はお互い知ってるし。こういうのが好きだって趣味が変わらなければ、どこか将来でまた会うでしょう。彼女としているような話は、ほかの人と話せないから、途絶えないと思う。彼女くらいいろいろ知ってる子は、僕の周りにもそうそういないから」
「君たちのつながりって、結局何なの?」
「ご説明していると、千夏が帰ってきてつかまるので、彼女から聞いてください。今日はこんなつまんないことにつきあってくれてありがとう。せめて君へのお礼に先に帰ります」
そう言って去っていった。四谷君はほんとうにいいやつだった。当の本人は、千夏は、全く何も気づいてないけれど、四谷君のようなほとんど面識ない子がパッと見て分かっちゃうくらい、僕の気持ちって透けて見えるんだろうか。
「あれ?トモは?」
千夏が戻ってきた。
「ごめん。あの、引き止めたんだけど、帰っちゃった」
ほんというと、そんなに熱心に引き止めたわけじゃない。
「え、なに?あいつ」
速攻で電話かけてる。
「あ、電源入ってない」
がっかりしている。
「ごめん」
「え?なに?」
「僕がいなかったら、残ったんじゃない?」
「あ、それはないない。トモはね、学校でも話しかけるなって言われててさ」
「うん」
「わたしといること、特に2人でいることとか、かなり嫌がるんだよ」
「どうして?」
化粧した彼女が口を開いて話をしかけて、ふと言った。
「そういえば、注文した?」
「あ、ごめん」
***
「あの子、いじめられっ子体質なの。日本にいるときが一番ひどかったらしいけど、だから、それはもう極力目立ちたくないんだってさ。わたしといると、みんなに注目されるから嫌だって」
「そもそも、2人ってなんでそんな仲いいの?」
「ああ、言ってなかったね」
そういって笑った。きれいな笑顔だった。
「二人共漫画とかアニメが大好きでさ。で、普通の子供だったら知らないようなのまで知ってたから、なんつうのかな、小学生向けじゃないようなの見てたのよ。小学生の頃から。それで話があって、よく話すようになって、って言っても学校外でだけどね」
料理が来た。
「半分こしよ」
そう言って、僕が頼んだものと彼女が頼んだもの、公平に半分にして取り分けた。
「でもね、わたしがトモにこんだけ執着すんのはもう一つ理由があって」
目をきらきらさせてた。その時、彼女。
「トモってさ、絵がすっごい上手でね。まんが、描いてるの」
「へぇ~」
「すっごい上手なの。才能があるんだよ。いつか絶対プロになるって」
こんなに無邪気で楽しそうな顔、学校でも、僕と帰るバスの中でも見せたことなかった。
「わたし、トモのこと尊敬してるの」
何て難しい人なんだろう。そう思った。こんな顔、僕はきっと、彼女にこんな顔、一生させられない。それにまた、こんなに楽しそうに四谷君のことを尊敬していると言っても、それは恋愛の好きではない。
彼女が男として女として好きとか嫌いとか、そういうのになじめない理由が初めて少しわかった気がした。彼女は男として女としてというのではなく、人間としてという視点を大切にしているのだと思う。人としてどうか、人として尊敬できるかどうか。
ずっとそういうことを大切にして生きてきているから、恋愛はきっと恋愛感情は彼女の純粋な人と人としての人間関係を脅かしてしまうのだと思う。それを恐れている。
「わたしはね、無から何かを作ることができる人を尊敬してるの。自分ができないから」
「そうなんだ」
すごく悲しくなった。自分が虚しくなった。好きだという気持ちと尊敬するという気持ちは同じものではないのかもしれない。尊敬しなくても好きだったり、あるいは尊敬して好きだったり、尊敬してるけど好きじゃなかったり。よくわからない。ただ、ただ、その悲しさは、自分を好きになって欲しいというただの僕の気持ちだった。こんな顔で、こんな笑顔で、僕を好きだと言って欲しい。そして、そう願っても、思っても、それが叶わないのもわかっていて、それが辛かった。こんなに辛い思いをしたのは初めてだった。
「一樹君、どうしたの?なんか具合悪い?」
「いや、そんなことないよ」
僕の中の何かが、届くだろうか、この人に。この人に好きになってもらえるような何かが僕の中にあるだろうか。誰にも負けない優しさとか、何か?一体僕のよさってなんなんだろう。
今まで女の子を好きになったことはなかった。本当の意味で。もっと先でも良かったなと思う。何で今なんだろう?何でこんな中途半端な自分のままで、好きな子ができちゃったんだろう?
千夏
ふと気づくと、なんか一樹君の元気がなかった。自分ばっかり興奮して、しゃべりまくって、ふと気づくと、なんか元気ない。
「ごめん。今日つまんなかったよね。映画」
「え?いや。よくわかんなかったけど、映像とかきれいだったし、おもしろかったよ」
なんだろう?いつもわたしといる時は楽しそうだったのに。わたし、なんか怒らせることしちゃったかな。
「今日はさ、一樹君の興味ないことにつきあわせちゃったからさ、今度はわたしの興味ないことにつきあうよ。なんかあったら言って」
そう言ったら、ちょっとしてうんって言って、少しだけ笑った。
その顔を見てほっとした。
ほっとした後に、ちょっと不思議だった。同じ男の子でも相手がトモだったら、機嫌がよかろうが悪かろうがお互い気にしないけど、なんで一樹君の機嫌は気になるんだろう?たぶん、トモとのほうがつきあいが長いからかな。一樹君にはまだ気を使ってるってことかな。
「タバスコかける?」
「いらない」
でも、ふと、また思う。たしかトモとは友達始めたぐらいから、気を使ってなかった気がする。
「そんなにかけるの?」
「え?ああ、うん」
まあ、トモがああいう性格だからだよね。
「舌おかしくならない?」
「別に」
一樹君とはそれなりに気を使わないとうまくいかなくなるかもしれない。会ってくれなくなるかも。
「千夏って辛いもの好きなの?」
「……」
食べてた手を止めた。思わず。
「あれ?俺なんか変なこと言った?」
自分で気が付いてない。今、名前で呼んだ。
「今、名前で呼んだ。」
「え?あ、ごめん。気付かなかった。四谷君のがうつっちゃった。ごめん、ごめん」
恥ずかしそうに笑った。一樹君が照れている。わたしを千夏と呼ぶのは、家族、親戚、小学校からの友達。たくさんいろいろいるのに、どうしてだろう?ほかの人に呼ばれるのと、例えばトモに呼ばれるのと、一樹君に呼ばれるのは違う。
恥ずかしくて落ち着かない気持ちになるんだけど、気づいた。だけど、嬉しい。喜んでいる自分がいる。奥の方に。
***
「今日、何時頃まで大丈夫なの?」
「ああ、お父さんがゴルフに行ってて」
「うん」
「でも、今日は残念ながら夜まで飲みにはいかないと思うの」
「それ、残念なの?」
「だから、お父さんが夕方帰ってくる前に帰って、服着替えて、化粧落としなさいってお母さんに言われてる」
「ああ、そうなんだ」
「だから、三時ぐらいまでかな。余裕みて」
「じゃあ、何したい?」
店を出る頃には、一樹君はいつものような様子に戻った。
「洋服みてもいい?」
「いいよ」
2人で歩き出した。
「お母さんはお化粧とかするのはだめだって言わないの?」
「しろとは言わないし、するなとも言わない。したいって言ったら、なんで?って言われて、おもしろそうだからって言ったら、いろいろ教えてくれたよ。あ、でも、学校にはしてっちゃだめだって」
「うん」
「でもね、こうも言われたよ。大人になると化粧しないときれいじゃなくなる。でも、女の子には化粧しないでもきれいな年齢がある。その時をちゃんと大切にしなねって。だから、たまに特別なときだけだよ。お化粧するのは」
「いいお母さんだね」
「え?どこらへんが?」
一樹君は笑って答えなかった。
お店入って、レディースのフロアをすたすた歩いて素通りして、お店の真ん中にある階段を降りる。
「あれ、見ないの?下はメンズだよ」
「いいの。いいの」
男物のシャツがかけてあるところへ行って、適当にとって彼の体にあてた。
「なんか違うな」
また、別なのとってあてた。
「誰かにプレゼントでも買うの?」
「いや。一樹君ってどんな色が似合うのかなって思って」
何枚かあててみる。
「意外とさ、赤とか似合うんじゃない?」
「自分じゃ買わない」
「黄色とかもいけるかも」
「買わない」
「じゃ、何色なら買うの?」
「白、黒、青、茶色……」
「もったいない」
困った顔した。
「なんか普段着ない色着ると、落ち着かない」
「でも、明るい色のほうが似合うと思うよ」
一旦取った服を全部戻す。
「あ、そうだ。ね、誕生日っていつ?」
「なんで?」
「ね、いつ?」
「8月だけど」
「そん時にプレゼントあげる。服買うね」
「え?」
彼、しばらく黙った。
「じゃ、中條は?」
「え?わたし?わたしは別にいいよ」
「なんで?もらうだけはできないよ」
「だって、わたしはいろいろお世話になったし」
慌てた。やだなぁ。自分から聞いといて、まるで相手に催促したみたいじゃん。
「何月?」
「……3月」
はははははと一樹君が笑った。
「何欲しい?」
「だから、自分が欲しいから言ったんじゃないよ」
「今日、買ったげるよ。何欲しい?」
「じゃあ、欲しい本がある」
一樹君が時計見た。
「じゃあ、本屋さん行こう。時間あんまないから、すぐ移動しようよ」
日本の本売ってるとこ、地下鉄で移動しないと。
「あれ?」
ラインになんか入った。
「星野ちゃんからだ」
開いてぞくっとした。ほんのさっきわたしたちがこのお店入るときの写真。
「ね、一樹君。なんか星野ちゃんに見られた」
写真見せた。
「なんて言ってきたの?」
『これ、千夏?』
一樹君がふと自分のスマホだした。
「三井からも入ってる。一緒にいるの誰?だって」
「2人一緒に……」
「すぐ近くにいる」
顔見合わせた。
「星野ちゃんの性格だと」
「返信待たずに直接探しに来る。そんでいろいろ根掘り葉掘り聞かれる」
「めんどくさい。それに学校中のうわさになる」
「とりあえず、逃げよう」
一樹君がわたしの手を取った。
「こっちから行こう。上の階から来るから」
そう言って店を出る。中央のエスカレーターに向かわずに端っこの階段で二つおりて外へ出た。
「あ、ごめん」
彼が手を離した。
「どきどきしたね」
それで2人で安心してしばらく笑った。軽く息切れてた。それから地下鉄乗って本屋に移動する。
「どうする?なんて言う?中條に合わせるよ」
「千夏って呼んでもいいよ」
一樹君きょとんとした。
「なんで急に?前にだめって言ったじゃん」
「呼ばれてれば慣れるからいいよ。トモだって呼んでるんだし」
「ああ」
2人でお互い見つめ合った。
「うん」
地下鉄乗って立ったままなんとなく黙った。しばらくして一樹君が話し出す。
「なんて返す?二人に」
「嘘つくのやだから」
「うん」
「一緒に映画に行ったって言う」
「3人で?」
ちょっと考える。
「トモがすごい嫌がるから、もう日本帰るけど」
「うん」
「2人で行ったって言っていい?」
「いいよ」
地下鉄からおりて地下からそのまま百貨店入って、上の階の書店までエスカレーター乗り継いで行く。
「2人ってつきあってるのって聞かれたら、なんて答えたらいいの?」
そう聞かれた。しばらく考える。
「ご想像にお任せしますって言っとく?」
一樹君がそう言って、2人で笑った。
「あの時の先生の顔、おかしかった」
それでその質問の答えはうやむやなまま、本屋さんで本買ってもらって、家へ帰った。いつもみたいにバス乗って、わたしが先に降りる。まだ乗ってる一樹君に手を振った。
夏美
買い物行った帰り道、バス停のところで出かけてた千夏と鉢合わせた。娘はこっちに気が付いてない。バスの中の誰かに手を振ってる。男の子の顔がちょっとだけ見えた。
へー
なんか自分のことのようにどきどきした。あの千夏ちゃんが男の子に手振ってる。
トモ君と三人だからデートじゃないって言ってたけどさ。でも、あの嬉しそうに手を振るの、お父さんやお母さんに振る雰囲気とちょっと違うじゃない。
はぁ~。ため息が出た。
なんというか、嬉しいため息なんだけど。感慨深いわ。よいしょっと。
荷物抱えて歩き出す。
それにしても、あの服とメイクは朝も言ったけどやりすぎだわ。まぁ、18歳ぐらいに見せたいって言ってたから止めなかったけどさ。
「ただいま」
「おかえり」
あれ、太一しかいない。
「お姉ちゃんは?」
「あっち」
顔洗ってるのかな?冷蔵庫に買ってきたものを入れていく。
「あ、太一」
「なに?」
太一なんか絵を描いてる。この子、絵描くの好き。
「お姉ちゃんが今日きれいな服着てお化粧して出かけたのはお父さんに言わないでね」
さらっと言っておく。太一がすがるような目をする。この子、ほんっと真面目なのよ。嘘とかだめなの。
「あのね、太一。聞かれたことに違う話をしたらそれは嘘だけど……」
「……」
ええと、こういう説明もだめなんだわ。この子。
「お父さんにお姉ちゃんは今日お化粧して出かけた?って聞かれて、出かけてないと答えたらそれは嘘だけど、お父さんが何も聞かなくて、こっちも何も言わないのは嘘ついたことにはならないのよ」
太一がじっとわたしのこと見る。どきどきしながら。
「うん。わかった」
だって。かわいいなぁ、この子。千夏と足して2で割ったら普通になると思う反面、このまま世間ずれしててほしいとも思う。
「あ、お帰り。お母さん」
「どうだった。映画」
千夏が興奮していろいろ話し出す。もともとはわたしが好きで見てた監督のアニメ。最近は娘が見てる。
「ねぇ、ごめんね。お母さん見ちゃった。偶然」
「何を?」
「なんだっけ?名前は教えてくれたよね。トモ君じゃないほうの男の子」
「一樹君?」
「そう、いつきくん」
「どこで?」
「なんかバス停で手振ってなかった?」
「ああ……」
なに?ちょっとこの子照れてるじゃない。珍しい。千夏が照れるなんて。
「なんかちらっとしか見えなかったよ。写真とかないの?」
「ないよ」
「え~。クラス同じなのに?集合写真とかないの?」
「ないない」
珍しいな。だってトモ君の写真は簡単に見せてくれたじゃない。他にもおしゃべりしてて話に出てきた男の子の写真。見せてって言ったら見せてくれたのに。
「どんな子?もてる子?」
「いや。フツーの子だよ」
ふうん。そう言ってから、夕食の準備始めるために冷蔵庫開ける。
「まあ、でもさ。中学の時にもててる子って、大抵、大人になったらそうもてないよ。お母さんの経験上」
「そうなの?」
ぱたん。今日は鶏の唐揚げ。下味つけてたお肉出す。春雨のサラダ、あとえーっとなんだっけ?とりあえずサラダ用の野菜切るか。
「中学の時にもてる子ってさ。オレオレ系なのね。お母さん的に」
「何?オレオレ系って」
「こう、オレを見てーって、自己アピールがうまい子。あんた、台所入るんなら手伝ってよ。お米といで」
娘が米をとぐ。
「全ての女の子がさ、そういうオレオレ系と相性がいいわけじゃないの。特にあんたは無理ね。オレ系は」
びしっ。きゅうりで娘を指した。
「お母さん、きゅうり人に向けないでよ」
ごめんなさい。端っこ落として、両端皮をむく。
「なんで、わたしはオレ系だめなの?」
「あなた自身がオレ系だから」
「え~!」
自覚ないのね。包丁たてて、きゅうりのとげとる。
「あんたがさ、一番楽しいのって何か自分の好きなこととかに熱中して、うまくいったりした時にさ、聞いて聞いてってばーっと話してそれ相手がうんうん聞いてくれる時じゃない?」
「……」
ずりずりずりずり、塩かけて板ずりしてます。きゅうり。
「或いは、すっごいやなことあって落ち込んでる時にも、黙って相手がちゃんと聞いてくれたら落ち着くでしょ?まぁ、これはオレ系じゃなくてもそうなんだと思うけど」
ジャー、軽く洗い流す。
「ちょっと、手、止まってるよ。千夏」
「あ、ごめん」
娘はまた米をとぎだす。わたしはスライサー出して、きゅうりを千切りにしていく。
「大人になってきてもてる人って、まぁ、いろんなタイプがいるけどさ。男も女もやっぱり人の話聞くのが上手な人って、これはねぇ。ポイント高いですよ」
「へぇ~」
「そういう子がさ、高校とか、大学とか、社会人なったら、もててくんだよ。ま、でもあんたはがんばっても聞き上手にはならんだろうけどな」
今度は人参だして皮むきだした。
「え~。じゃあ、わたしはもてないってこと?」
「もてないとは言ってないよ。ただ、あなたは自分が聞くんじゃなくってさ、上手にあなたの話を喜んで聞いてくれる人がいたらさ、絶対に離しちゃだめよ。なかなか意外といないのよ。そういう男」
びしっ。今度は人参で娘を指した。
「お母さん。野菜で人を指すのはやめて」
一樹
夜、三井から電話入った。あ、そうそう忘れてた。ほったらかしてた。ラインのメッセージ。
「こんばんは」
「ねえ、お前、今日さ。中條といたの?」
「誰から聞いたの?」
「彼女」
「彼女は中條から聞いたの?」
「うん、そう」
「じゃ、そうだよ」
「なんだ、そりゃ。なになにお前らつきあってるの?」
やっぱり、そうくるよね。えーっと。
「中條はお前の彼女になんて言ったんだ?」
「友達」
……まぁ、そうなると思ってたけど、やっぱりショックだな。
「うん。じゃあ、友達だ」
「なんだよ。変な言い方しやがって。友達なんて、ほんと?」
「中條は俺を友達だと思ってる。だから、友達だ」
「お前は友達だって思ってないってこと?大体いつから友達なんだよ。聞いたことないぞ」
言ってないからね。
「今年入って引越ししてから家近くなって、時々帰り道が一緒になんだよ。その時しゃべってるだけ」
「それで、2人で映画行くくらい仲良くなったの?」
「まぁ、そうだ」
「ふうん」
三井が黙った。
「お前は何とも思ってないの?」
「向こうは俺のこと何とも思ってないけど」
誰かに言いたかった。なんとなく、今晩は。
「俺は好きだよ。普通に」
「おお」
「だから普通の片思いだ。よくある」
「ふうん」
しばらく沈黙。
「あ、でも、今のお前の彼女に話すなよ。絶対」
「なんで?」
「星野に話したら、速攻で中條に話すだろ?」
「中條はお前が中條のこと好きだって知らないの?」
「知らないよ」
「なんで言わないの?」
「言ったらたぶん口きいてもらえなくなる」
「え?そうなの?」
「そうだね。残念ながら」
しばらく三井が黙った。
「大変そうだな。一樹」
「うん、まぁ。でもしょうがないかな」
「他の女の子にしたら?」
はははと笑った。
「別に彼女がほしいとかそういうんじゃないから、中條とうまくいかないんなら、1人でいいんだ」
いいなぁ。軽くて。三井は。そうだよな。他の子にすればいいよな。うまくいかなければ。時間や手間かける必要なんてないよな。だって、女の子なんていっぱいいるじゃない。
適当に話した後で、電話を切る。
同い年だけど、三井と俺は今、全然違うものを見て、全然違うことを考えて、そして全然違うとこにいる。心理上の場所だけど。不思議なものだ。2人、家庭環境や今までしてきた経験は似通ったものだろうに。恋の仕方は全然違う。