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いつも空を見ている①  作者: 汪海妹
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家康と秀吉と信長













家康と秀吉と信長













太一













お母さんにはかなわない。お姉ちゃんにもかなわない。僕はいつもそう思いながら生きてる。物心ついた時から我が家は、お母さんかお姉ちゃん、どっちかの機嫌が悪いとデンジャラスな空間になる。でも、大抵機嫌が悪い時というのは、2人で喧嘩したときなので、その時は2人とも機嫌が悪くて、我が家は暴風雨の状態になる。


自然の中で、動物たちは嵐が来ると自分の巣穴に閉じこもり、嵐が去るまでじっとしている。だから、僕はいつも空模様を眺めている。


「遅い……」


雲行きが怪しくなってきました。お姉ちゃんがいつもより帰ってくるのが遅い。


週2回の塾の日。いつもならどんなに遅くなっても20時過ぎることないのに。今日20時まわっちゃってる。


「ただいまー」


帰ってきた。


「千夏」


うん。鋭い声だ。もうそろそろ、リビング離れようかな?


「あんた、スマホ何のために持たせてると思ってんのよ」

「ええっと」

「遅くなるなら遅くなるで、連絡くらいできるでしょ」

「ごめん。友達と話し込んじゃって」

「彼氏?」


お母さんはこういう話、大好き。


「は?いないってそんなもん」

「でも、この前お父さん真剣な顔して、千夏って彼氏いるのってお母さんに聞いてきたわよ。なんかあんたに言われたって」


どうも警戒レベルを下げても良さそうだ。そのままテレビを見続ける。


「え~。あっ、あれか」

「なに?」

「冗談で言ったことあるかも。1回」


すると、お母さんが噴出して、2人で大笑いしてる。


「もう、やめなさいよ。千夏のことに関してはお父さん、なんでも本気にしちゃうんだから。からかっちゃだめよ」

「ごめん。なんかお父さん、そういうとこかわいいからさ」


2人でまだ笑ってる。仲いい時は結構仲いいんだよ、この2人。でも、ちょっとお父さんがかわいそうだよね。話の流れからすると。

お母さんがお姉ちゃんのご飯温めにキッチン消えて、お姉ちゃんが僕んとこ来た。


「太一」

「お帰り」

「あんた、昨日夕飯のとき、変なこと言ってたじゃん」


思い返す。僕、なんかお姉ちゃん怒らすようなこと言ったっけ?僕的には何もないけど。尊敬するお姉ちゃんを貶めるような話、してないよ?


「安心して。怒ってないから。事実関係を確認したいだけなの」

「なに?」

「なんで姉ちゃんがもててるなんて言ったの?」


それで怒るの?いいことなのに。


「だってクラスの子から、太一君のお姉ちゃん、最近もてもてらしいねって言われたよ」

「……なんて子?」

「星野ちゃん。星野すみれちゃん」

「……太一、ありがとう。よくわかった。で、あんたは別にやな思いとかしてないね?」

「なんで?なんか僕も嬉しかったけど」


お姉ちゃんはじっと僕を見た。


「兄弟がもてると、あんたは嬉しいの?自分のことじゃないのに」

「自分がもてるのが一番嬉しいけど。兄弟がもてるのもそれなりに嬉しいよ。もてないよりもてたほうが」

「……あんた、ほんとそういう純粋なとこ、大事にしなよ」


そう言われた。


お姉ちゃんはちっちゃい頃から周りにきれいとかかわいいとか絶賛される子供だった。久々に仙台にいる小野田のおじいちゃんとおばあちゃんとこいくと、おばあちゃんも茜おばちゃんもまずお姉ちゃんを見て、きゃーきゃー騒ぐ。また、きれいになったとかかわいくなったとか。そして、僕を見て、大きくなったねって言う。なんていうかね、そのコメントの長さと熱意の差が、あからさまなの。


男でよかったなと、つくづく思う。僕も女で見た目でこれだけ差があって比べられたら、いたたまれなかったって思うから。


中條のほうのおじいちゃんとおばあちゃんは、ここまであからさまじゃなかった。特に僕は中條のおばあちゃんが好き。あ、でも、おばあちゃんほんとは中條じゃないんだよね。離婚してるから。たしかフジタって名前だった気がする。でも、僕たちは中條のおばあちゃんって呼んでる。


中條のおばあちゃんは、いつも無口でなんかちょっと怖い感じがするんだけど、


「何描いてるの?太一君」


みんなで集まっておしゃべりしている横で、暇でノート出して落書きしてたら、見られたことがあって、


「すごいね。上手」


すっごく温かい目をしてて、おばあちゃん。それからノートの絵、ひとつひとつ丁寧に見てくれて、そして、言ってくれた。


「太一君は、絵の才能があるね」


あれは何歳だったんだろう?そう言って、おばあちゃんは僕の頭を撫でてくれた。中條のおばあちゃんって孫だからって簡単にすごいとか言わない人だと思う。だけど、褒めてくれた。あれが嬉しかった。


僕は先生やみんなから頑張ってるね、といつも言われる。でも、僕は頑張って頑張って普通。それに比べてお姉ちゃんは顔だけじゃなく勉強だって運動だって、なんだって僕より全然上手にできた。


あの時、おばあちゃんが心を込めてすごいと言わなければ、僕はお姉ちゃんに勝ってるものひとつもないままになったかも。でも、僕は絵とか工作とか手を使って物を作るのが好きで、そういうものに没頭すると時間を忘れるようになって、そして、そういうことだけは、お姉ちゃんより上手になった。おばあちゃんのおかげ。













一樹













「徳川家康と秀吉と信長。どの人がいちばん好き?」


そう聞くと、中條はいつもみたいに「ええ?」と言った。なんでこの子は自分の思ってもみないような方向からボール蹴りこまれるとすぐに不快そうにええ?というのだろう。そのくせ、別に怒ってるわけじゃなくて、内心は愉快に思ってるくせに。


「京極君は?」


ああ、やだな……。


「ごめん。あのさ」

「何?」

「苗字で呼ぶの、やめてくれない?」

「なんで?」

「なんか響きも仰々しい感じも、嫌いなんだよ。この苗字」

「ええっ?」


また出た。


「そんなこと言ったって、一生つきあうじゃん。自分の苗字、男なんだからさ」

「大人になったら平気。なんか今がやなの。名前で呼んでよ。一樹(いつき)

「わかった。一樹君」


ちょっと嬉しかった。バスの帰り道。塾のある週2日。できるだけ中條と同じバスに乗れるように注意するようになった。こっそり。あの日から。


「じゃ、俺も千夏って呼んでいい?」

「それはやだ」

「なんで?呼んでるやついるじゃん。男子で」

「あれは小学校から一緒だから。京極君、間違えた。一樹君は中学からだし、なんか違和感あるからやだ」


そっか、残念。


「で、一樹君は誰が好きなの?3人の中で」

「信長」

「ああ、なんかそう来ると思った」

「なんだ。予想通りか」

「一樹君って、普通が嫌いで変わったものが好きな感じ」

「3人とも普通じゃないと思うけど」

「まぁそうだけど、でもとにかく信長が好きそうな感じはある」


そうなの?まあいいか。


「で、中條は?」

「3人とも嫌いじゃないけど、好きじゃない」

「え?なにそれ。これは3人の中で選ぶんだから、しいていえば誰?」


眉間に皺よせた。そこまで真剣に悩まなくても。


「うーん。みんな同じくらい」

「……でも、3人3様で結構性格違うよね」


3人とも有名で、それで3人の気性がまた全然違うからよく比較対象にされる。


「ごめん。やっぱ、興味ないな。その3人には。わたしはね。徳川慶喜みたいな人が好き」

「なんで?」

「あ、ごめん。着いちゃった」


バイバイ、一樹君。降りてっちゃった。なんでよりによって慶喜が好きなのか、僕はいつ聞けるんだろう?窓からまだ僕に手を振ってる中條を見る。しばらくするとラインにメッセージが入った。


『自由に自分の欲しい物を追い求めることができた人よりも、望まないのに重い荷物を持たされて、長い幕府の最後の将軍として責任を取った人だから。』


中條は結構複雑な人だと、また、思った。一筋縄ではいかない。


「おっと」


降りた。うっかり通り過ぎるとこだった。バス停。


東京にずっといて、小学校までは公立。中学から私立。私立にあがると周りは自分と似たり寄ったりの家庭環境のやつが多くて、そして、別にそんな悪いやつがいたわけではなかったんだけど、子供っぽくて物足りないやつが多いと思った。


中2になるときに親父が香港に赴任になって、2人ともずいぶん迷ったみたいだけど、海外経験が昨今では有利だとでも思ったのかもしれない、香港の日本人学校に編入した。日本と似たり寄ったりだった。いや寧ろ裕福な子の割合が増えたと思う。やっぱり自分には子供っぽく物足りなく思った。


もっとも自分もそういう物足りない人間の1人なんだと思う。


だけど、中條は物足りなくなかった。そういう子に、そういう女の子に会ったのが僕は生まれて初めてだった。













千夏













「ねぇ、お父さん。家康と秀吉と信長、誰が一番好き?」

「お父さんは伊達政宗が好き」


なんだ、それ。


「3人から選んでよ」

「仙台出身だから政宗が好き。他はない」


しょうがないな。もう。


「お母さんは?」

「信長」

「お母さん、仙台なのに政宗じゃないの?」


うーんと考え込む。


「政宗ってなんか絵とか残ってたっけ?信長よりイケメンだったら政宗でもいいんだけど」

「ええっ?」

「なに?」

「顔で選ばないでよ。歴史上の重大人物だよ」


しばらくきょとんとしている。


「お母さんの判断基準っていったら、やっぱりまず顔なんだけど」

「じゃ、どんなに頭よくても偉大なことしても、才能あっても顔がよくなきゃだめってこと?」


お母さん、黙ってコーヒーを一口飲んだ。


「そんなにまじめに考えてませんでした。すみません」

「ちなみにお母さんはそれぞれの人が歴史上でどんなことしたか、よくわかってないと思うよ」


お父さんが横から口を出す。


「せいちゃん」


むっとしてお父さん見てる。お母さん。


「日本史結構ひどかったよね。日本人なのに」

「全体をよく覚えてないだけで、わたしだっていいなと思った人物についてはちゃんと知ってるわよ。歴史」

「じゃ、誰?それ」


横から聞いてみた。


「新選組の土方歳三」

「……」


にこにこ笑ってる。お母さん。


「かっこいいよね。土方歳三」

「うん。そう。すごいかっこいいの」


むっちゃきれいな笑顔。やっぱりそれしかないのか。判断基準は。


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