告白ゲーム
本作品は 僕の幸せな結末までで出てきたせいちゃんとなっちゃんの娘、千夏ちゃんが主人公の話です。話の筋はこちらから読んでいただいたら特に問題なく追えると思いますが、本作お気に入りいただいた方、エピソードがつながっていますので、僕の幸せな結末の方もお読みいただけたら幸いです。
汪海妹
本作品の主な登場人物
メイン
一樹君(千夏ちゃんの中学の同級生)
千夏ちゃん
サブ
せいちゃん(千夏ちゃんのお父さん)
なっちゃん(千夏ちゃんのお母さん)
太一君(弟、小学生)
トモ(千夏ちゃんの小学校からの友達)
三井君(千夏ちゃんと一樹君の同級生)
告白ゲーム
清一
「ねえ、せいちゃん。大根おろしてよ」
キッチンからなつが出てきて、ダイニングのテーブルの上に大根を置いてった。日曜の夕方、今日は家族4人そろってる。
「千夏、大根おろしなよ」
ソファーに座ってスマホいじってる娘に声かけた。最近、機種変してから、ますます利用頻度があがってる。
「今、忙しい」
その機種変の金出してやったのはお父さんだ。言う事を聞け。
「なんだよ。友達とチャットしてるだけだろ?」
「こういうのはすぐ返事しないとだめなんだって。お父さんこそ何してんの?」
「本読んでる」
背表紙見られた。
「また、坂本龍馬?それ、何度も読んでるじゃん」
「好きなんだよ」
千夏は床に転がってゲームしてる太一を見た。
「太一、大根おろしな」
「ええっ?」
残念ながら太一は大根はおろせないと思う。
「お姉ちゃんの言うこと聞けないの?」
「でも……」
太一はなんというか、大根をおろさせると一生懸命がんばってやってくれる。そして、最後にその大根おろしをわざとじゃないんだけど、床にぶちまけたりする。そして、がっかりする。太一ががっかりしているのを見ると、こっちも自分のことよりもっとがっかりしてしまう。
「お父さんがやるからいいよ。もう」
「何よ。お父さんって太一にはやらせないくせに、わたしにはいろいろさせるんだから」
「お前が年上だからだよ」
千夏はぶつくさ言ってなかなかやってくれないけど、何やらせても器用。頼んで安心。太一はそばでじっと見守らないと心配。
「いや。わたしが女だからだ」
千夏がからんでくる。
「今時、女は料理ができないと、なんてないよ、お父さん」
「そんなこと別に言ってないよ」
がしがしがしがし
「でも、いつも太一よりわたしにいろいろ頼むじゃん」
「……」
太一よりお前が器用だからなんだけど、太一のいるとこで言えないよね。それより、すぐ返信しないといけないチャットはどうしたんだよ。
千夏
「あー、やっぱり鍋の気分出ないね」
みんなで食卓囲んだとき、お母さんが言う。
「ほんとに1月なの?全然寒くないんだけど」
お父さんもお母さんも雪国の生まれ育ちなので、冬が温かいのに違和感が拭えないらしい。わたしたちは2年前からお父さんの仕事の都合で香港にいる。
「寒くないと鍋って食べないの?だってタイスキとかだって鍋じゃん」
タイは寒くない。
「まぁ、そうなんだけどさ」
「ねぇ、お母さん」
太一が話しかける。
「後でゲーム一緒にやってよ」
「お姉ちゃんかお父さんにやってもらいなさいよ」
太一は口をきゅっと1回閉じた。
「お母さんじゃないとだめなんだ」
すごい真剣。
「え~」
お父さんがぷっと笑った。
「食器俺が洗ったげるからつきあってやりなよ」
そしてくすくす笑ってる。そう、お母さんじゃないとだめなの。つい最近まで太一もわたしも知らなかったんだけど、うちの家族の中でゲームが一番うまいのはお母さん。次が太一。わたしとお父さんはああいう太一が熱中しているようなゲームは興味ないし、できない。
「大体、なんでずっとやってなかったのに腕が落ちてないの?」
お父さんが言う。
「無駄なスキルだよね。自分でもびっくりしたわよ」
太一は最近お母さんをゲームの神様みたいに崇めている。
「昔、やってたの?」
「うーん。そうねぇ、高校まで?」
「お母さんってどういう高校生だったの?」
「普通の高校生」
「ほんと?お父さん」
お母さんがじろっとお父さんのこと睨んだ。この2人高校一緒なの。
「うん」
「一生懸命勉強してた?」
「そんな昔の話、別に今更聞く必要ないわよ。千夏ちゃん」
お母さんに遮られちゃった。ほんとは聞かないでも仙台のおばあちゃんからいろいろ聞いて知ってんだけど。
「太一、ちゃんと食べてる?」
「うん」
「背、高くないと女の子にもてないわよ」
太一の器に一生懸命いろいろ入れてる。太一は箸を止めてじっと考える。この子、ときどきこういうことある。動作がぴたっと止まるの。弟に声かけてみた。
「どうしたの?」
「僕はもし背が高くなっても、お姉ちゃんのようにはもてないよ」
な、なにをこの子は。お母さんがこっち見た。
「なに?千夏、あんた学校でもててんの?」
「んなわけないじゃん」
「いーなー。羨ましい」
お母さんはそう言った。そしてくるっと太一を見た。
「太一、でもね。お母さんは太一サイドの人間だから。もてるなんて数じゃないんだよ。もててる人と自分を比べるのはやめて、地道にがんばりな。背は高いほうがいいよ。やっぱり」
「うん。がんばる」
2人でなんか話はまとまったらしい。そして、弟はまた食べ始める。お父さんはこういう話は聞こえてないふりをする。
***
最近学校で変な遊びが流行ってる。告白ごっこみたいなやつ。そういうの見るのは別にいいけどさ、部外者でいたいわけ。なのに、部内者になっちゃったの。
休みの日に呼び出されて、クラスの委員長の男の子に告られた。ごめんなさいして、次の週にはみんな知ってた。なんで知ってるのか、絶対本人が言いふらしたに違いない。そしてそれから日をそんなにあけずに、また、別の男の子から手紙もらって、そんでわたしのスマホに何日か後、電話かかってきた。返事聞きたいって。丁重にお断りした。どっちもバスケ部男子。そして、この話も広まった。
そんでも、なんで小学部の太一が知ってんの?広まりすぎだろ、話。
そして、そんな時期に塾からの帰り道。
「あ?」
「あれ?」
「京極君?」
「中條さん」
同じクラスの子が帰りのバスに乗ってた。彼はわたしの顔見て、イヤホン外して席立って、
「座りなよ」
わたしを座らしてくれた。
「あ、ありがとう」
あまり話したことない子。でも、悪い印象は持ってなかった。
「このバスなの?」
「うん」
「前からだったっけ?」
「いや、最近引っ越したから」
「ああ、そうなんだ……」
そして、もう2人話すことがなくなった。彼はでも、話すことがなくなってもイヤホンをつけずに静かにわたしのそばに立っていた。窓から外見てぼんやりしながらふと思い出した。そうだ。この子もバスケ部。
「あのさぁ」
「ん?」
「わたしと三井君と八田君の件って知ってるよね」
「え?」
困ってる。知ってるな。やっぱり。
「あれって、みんなのゲームみたいなやつだったんじゃないの?」
「え?ゲームって?」
「うまくいくかみんなでかけるみたいな。で、三井と八田、どっちが勝つかかけてたとか」
「……」
「でさ、ほんとは星野ちゃんみたいな女子の方が好みなんだけど、これはゲームだからさ。絶対なびかなそうなわたしにしたんじゃないの?」
「……」
「黙ってるって認めてることになるよ」
「正確にはそこまでひどくないよ」
「どういうこと?」
「三井がうちの学年なら星野か中條がいいって言ってて、確率高いなら星野だって話になって。でも、みんなで当たって砕けろって説得したの」
「じゃ、八田君は?」
「三井に対抗意識あるから、あいつ」
ああ、あほくさい。
「そういう男子の遊びはさ、わたしじゃない女の子でやってよ。いろいろ面倒臭いことになっちゃったんだからさ」
「うんっと、俺が悪いの?それ」
「みんなで話してる場にいたんだから同罪」
「えー」
ふと思いついた。
「ねぇ、星野ちゃんに告らせてよ。三井のこと」
「何?俺?」
わたしは頷いた。
「なんで?」
「それで、わたしの静かな毎日がもどってくるからさ」
にこ。サービススマイルしておいた。
星野ちゃんは、ひらひらくるくる系女子で、自他ともに認める学年1の美女で、わたしから言わせると早咲きの人。頭かちわると、1から10までのうちほとんど男の子のこと考えてると思う。頭の中にお花畑が咲いてるのね。
で、星野ちゃんは、うちの現在所属する中学部男子の物色は1~3年生すべて入念に済ませていて、そのお気に入り男子がしぼりにしぼられて10人くらいになってんだけど、その中に三井が入ってた。
それを、ひらひらもくるくるもせず、まだ咲いてもない、男子に興味ない女子(=わたし)に取られたってことで、そろそろ宣戦布告を受けて攻撃受けそうだと思ってる。
「あのね、今、結構きわどいとこなの。できるだけ早く、ASAP、告らせてお願い」
両手でおがんだ。神様、仏さま。京極君の顔を見る。
「今、めんどくさいことに巻き込まれたと思ってるでしょ。なんでよりによって中條なんかと同じバスに乗っちゃったんだって」
「思ってる」
「あのね」
わたしは姿勢を正した。
ほんというと、今回はもうなるようになって、その状況を楽しんでやろうかと思ってたんだけど、女子のいじめ的なやつ、わざわざ経験しなくても何やるか想像つくし、やっぱり部内者改め部外者がいいなと思ってて、そこで、京極君と同じバスに乗ったわけだ。神様からのメッセージを感じるよ。この子、確か三井と八田とも普通に仲良かったはず。
「星野ちゃんって学年一の武装船団持っててさ、もう太刀打ちできないの。わたし、女子の友達いないわけじゃないけど、こう、ゆるやかな関係だから、わたしが攻撃受けたら、わたしの友達は全部我が身を守るためにあちこちいなくなって、わたし孤軍奮闘しないといけないの」
あ、やべ。わたしんちの最寄りのバス停着いちゃったじゃん。うん。でも、今はこっちのほうが大事。このままくっついていってやる。
「中條さん、言ってる意味がよくわかんないんだけど」
すみません。普通の言い方直します。
「星野ちゃんは、ひとつに自分が学年で一番もてるって思ってて、ふたつに三井君のこと結構気に入ってるの。みっつにわたしみたいな彼女とタイプ真逆な女子はもてないって思ってるの。なのに、三井がわたしに告ったので面白くなくて、あともう少しであの星野ちゃんと取り巻きたちにいじめられそうなの。わたし」
「嘘?」
今、彼の頭の中で学年の天使星野ちゃんと中條の言ってることどちらを信じるか、せめぎ合いが起きている。
「星野さんってそんな子なの?」
「えーっと」
疲れるな。ほんと。
「信じてもらってももらわなくても結構で、ただ、三井君が星野ちゃんに告ってくれたら、わたしは満足です」
それでそのニュースバリューで周りを騒がせて、わたしをもといた静かな世界へ戻してくれ。
「中條さんはさ、なんであんなにあっさり三井のことふったの?」
何で話がそっちへ?そして、京極君はわたしから顔をそらした。
「あ、ごめん。着いたわ」
じゃ、また明日と言いながら、彼が降りてく。もちろん、
プシュー
わたしもくっついて降りた。もともと行きすぎちゃってるし。わたしの家。
「え?嘘?同じマンションなの?もしかして」
「いや、違うよ。でも、そんな嫌な顔しなくてもいいじゃん」
少し不可解な顔をした後に、じゃ、またと帰ろうとする彼の腕つかまえた。
「話終わってないって」
わたしから逃げられると思うな。そんな簡単に。
***
「おごるから。何がいい?」
外、寒いから近くのマック入る。
「コーラ」
飲み物受け取って、店内見渡すと、奥の方にいた。京極君。
「なんでこんな奥?」
「誰か知り合いとかに見られたらめんどくさいから」
確かに。京極君がコーラ飲む。わたしも紅茶飲んだ。
「不思議だったんだけど、さっきの話のつづき。三井って結構みんなに人気あるのに、なんであっさり振って、しかも、星野さんに告らせるなんてさ、もったいないなとか思わないの?これっぽっちも」
「え~」
「なに?」
「わたしがしたいのはそういう話じゃなくってさ。三井君をどうやって星野さんに告らせるか具体的な方策についてなんだけど」
京極君がじっとわたしのこと見た。
「俺、中條とあんま話したことなかったから知らなかったけど、結構強引な人だね。自分の話したいことだけ話して、俺の聞きたいことには答えないんだ」
そして、体ごと横向いた。
「そんな態度じゃ、手貸したげるとは言えない」
太一より厄介だな。当たり前か。太一は3つ下だし。
「わたしのことよく知りもしないで好きだなんてばかみたいって思っただけ。三井君となんか数えるくらいしか話したことないから」
そう、あれは本当に重みのない好きだったな。
「第一わたしに振られて落ち込んでなんかいないでしょ。三井君」
「うん。元気。いつも通り」
「だから、ゲームって言ったの。そういうのって好きっていうことじゃないでしょ」
そういう遊びは他の子とやってほしい。わたしはそんな簡単に人を好きになったりなんかしない。そこらへんにあるものから、取捨選択して1人を選ぶようなそんな恋はしない。値する相手がそばにいないなら、ぴんとくる人が現れるまで待つもんだ。初めて人を好きになる年齢なんて人それぞれ違うんだから。
「どう?これで満足?協力する気になった?」
「意外と……」
京極君がまじめな顔してた。体を横に向けたまま、顔だけこっち向いて。
「大人なんだね」
「え?何?わたし子供に見えるの?」
「クラスメート全部、みんな子供に見えるから」
「だって君だって子供じゃん。同い年でしょ?それとも何か理由あって実は年上とか?」
彼は笑った。
「いや、同い年です」
そう言って横向いてた体をちゃんと正面に座りなおした。
「意外と大人だった中條さんに免じて協力してやるよ」
なんか、偉そうじゃない。急に、京極君。まぁ、いいか。
「ええっと、じゃあね。中條は年上好きらしいって噂で聞いたって言って」
「は?」
「双葉先生とかタイプらしいって」
「え?だって、先生って結婚してるじゃん」
「だからいいんだよ」
双葉先生。女子生徒にも保護者のお母さんたちにも人気あるイケメン先生。
「先生みたいなの好みなの?」
「いいや。悪いとは思わないけど」
「じゃ、なんで?」
「年上好きでかなわない片思いしてるって設定あれば、もうめんどくさいこと巻き込まれないじゃん」
彼はちょっとため息ついた。
「ねぇ。今回のはまぁちょっとあいつらもふざけたとこあったと思うけどさ。これから真面目に君のこと好きになってきた子に対してもめんどくさいって切り捨てるの?嘘までついて防御壁張ってさ。誰かを好きだなんて嘘、つかないほうがいいと思うよ」
紅茶のカップを持って、手を温める。香港の短い冬。それでも、温かい飲み物がほしいくらいには冷える時もある。
「あのね」
どうしようかな。あんまりこういう話、誰にも言ったことなかったんだけどな。
「わたし、今まで、結構嫌な目とかそれなりに怖い思いしてきてるの。同い年とかなくても年上の人とかからさ。もちろん深刻なことはなかったんだけど」
自分は星野ちゃんみたいに器用にぐんぐん前に進む女の子じゃない。この前まで子供で今だって十分子供なんだけど、ただ、心をおいて体は大きくなっていく。男の子と女の子がどんどん違うものになっていく。
それが、本当は気持ち悪い。
自分が女なのが気持ち悪い。いや、違う。女なのが気持ち悪いんじゃない。女として見られるのが気持ち悪い。中学になって、今まではそんなふうにお互いを見てなかった同級生まで、男として女として見始めていて、そして話したりするのが、気持ち悪い。
「でも、最近は同い年の子とかも変わってきちゃって、なんか男の子が怖いの。友達として接してくれるなら怖くないけどさ」
お父さんにもお母さんにも、もちろん、太一にもなんか話せないこういう話。
「嘘ついてでも防御壁がほしいかも。最近」
どうしてこの時、京極君に話しちゃったのか、よくわかんなかった。よく知らない子なのに。彼はしばらくじっとわたしを見てから言った。
「中條くらいの外見持ってたら、俺にはわかんないような悩みもあるってことか」
よく知らない子だから反対に、よかったのかもしれない。それに女の子じゃなかったから。女の子って話し方間違えると嫉妬するし。そんなことだって今まで何度もあった。
「わかったよ。じゃ、中條は年上好きだって噂聞いたって話して、やっぱり星野のほうがかわいいよねって話になって」
「そうそう。それで、2人がうまくいって、みんながわたしのこと忘れてくれればいいの」
彼、黙ってじっとわたし見た。
「どうしたの?」
「みんながわたしのこと忘れてくれればいいのって言って、にこにこしてる女の子、生まれて初めて見たよ」
「そう?」
「変わってるね。中條さん」
ため息出た。
「注目されてやなことばっかあったからね。もっともさ、勉強ができるとか運動ができるとかそういうのはいいんだよ。外見でね。注目されるのってわたし、小さい頃から嫌いだった」
スマホ見た。
「やばい。こんな時間。帰んなきゃ」
じゃあね、バイバイ。マックの前で別れる。
「バイバイって、どうやって帰るの?」
「あ、歩いて20分くらい。走れば10分か」
お母さん、怒ってる。やばい。こんなに話し込むと思わなかった。
「1人で大丈夫?」
「うん。平気。平気」
そういって、走り出した。