4.死んでみよう
「で、どのくらい『力』を持っていくの?」
「そこなんだよなぁ」
俺は完全に滅びる前だったのであっさり復活しつつ、ようやく落ち着いたヘレネの問いに対して、しばし考える。
力をどれほど持っていくか、についてはここに来る前にもいろいろと考えたのだが、まだ答えは出ていなかった。
普段、転生する人間に与えてる力を基準にしようにも、正直あまりピンとこない。
例えば人間が、ほじったハナクソを他人に「ピトッ」ってつけたとしよう。
それを見た人が
「今、自分の力をどの程度相手に譲渡した?」
とか聞いてきても、サッパリわからないだろう。
俺が人間に普段与える力など、正直それ以下の感覚だ。
人間で言えば、肉眼で見るのもやっとな小さな虫と、自分を比較した時に、力の差を聞かれてもピンと来ないのと一緒だ。
もっとも、俺たちと人間を比較するとなると、その差は人間と虫どころではないが。
「一億⋯⋯いや、十億分の一程度なら、問題ないか⋯⋯な?」
あまり力の差があると、歩くだけでまわりが吹っ飛んだり、下手したら「存在感」だけで気絶させたりしちゃうからなぁ。
とはいえ、本当の一般人と同じ力だとそれはそれでつまらなそうだ。
楽しむのが目的の転生人生、別に苦労がしたいわけではないのだ。
ほどほどが良いのだが、匙加減が難しい。
「ごちゃごちゃ考えても仕方ないし、それでいいんじゃない? 十億分の一で。
足りなくなったらあとで追加すればいいじゃない」
「金持ちが、子供の仕送り額決めるみたいなテンションだな」
こいつ、明らかにどうでもよさそうだな。
面倒くさそうな口調はともかく、ま、彼女の言うとおりかもな、と納得する。
ダメならリセットすればいいや、気楽にいこう、気楽に。
「そうだな。では余りはここに残しておいて、必要に応じて力を呼び寄せたり、万が一俺が人間界で死んだりしたときは、残した力に意識がもどるようにしよう」
俺の言葉に、それまでどうでもよさそうな態度だったヘレネは、何か思いついたようにハッとした表情を浮かべたあと、興奮したように顔を上気させながら言った。
「あ! じゃあちょっとここで、さっそく一回死んでみてよ! 『おお、死んでしまうとは情けない!』をやってみたい!」
「おお、いいねぇ、じゃあ死んだときの練習してみよう、練習」
彼女の「死ね」という要望を快諾して、早速試してみる。
結構思いつきでここまで来たので、実際に人間になるのは初めてだ。
十億分の一ほど「力」を使って、外見は今の「アバター」と同じ姿をした転生体を生み出し、意識をそちらへと移した。
慣れた姿かたちの方がいいかな? と思い、外見は同じにしたが⋯⋯いやーこれは弱いな。
今まで人間を観察しててわかってたつもりだが、人間ってやっぱり不便だな。
外部情報を感じる手段が五感しかないって⋯⋯あー不便だ。
普段なら自然と感じ取れるものも、なにも感じない。
色々な情報が、遮断されているようでもどかしい。人間で言えば、熱が出て鼻づまり状態?
まぁ、今の感覚は人間なので、例えとしておかしいか。
そういえば、ここに来てから確認してなかったな、聞いてみよう。
「なあヘレネ、ここの『混沌指数』いくつ?」
「82%ね、ちなみに私の世界キュブナイルは⋯⋯」
「あーそっちはいい、それも含めて楽しむから」
「ふふ、わかったわ。
ネタバレ嫌がるなんて、根っからのゲーマーね」
俺たちや、世界を生み出した「混沌」は、可能性に満ちていた。
「混沌指数」が100%だと、ありとあらゆる可能性が存在する「完全可能性」ということになるが、俺たち神や世界が生まれたことにより、この混沌指数100%という「空間」は存在しなくなった。
この混沌指数は、世界に「法則」を設定し、
安定させればさせるほど下がる。
例えになるが「全てを防ぐ盾」を設定すると、「全てを貫く矛」が設定できない、といった具合だ。
「可能性」が具体的な「可能」に変わることにより、「不可能」の存在を肯定してしまうのだ。
混沌指数100%の空間が無くなったのは、「全世界」という範囲で見てしまえば、俺たちも一つの「法則」に則った存在だからだ。
ちなみに20%を切った世界では、人間はいわゆる「魔法」を使用できない。
魔法とは、人間が本来持ちえない能力、まさに可能性の産物だからだ。
だが、俺たち「神」は別だ。
可能性の源、指数100%に近い「混沌」の力を、身に内包して誕生した存在、それが俺たちだ。
俺たちは身に宿した「完全可能性」に限りなく近い「混沌」を利用し、世界の法則に反するような事象や、本来そこに存在しないものを、問答無用に発現できる。
先の例で言えば「全てを防ぐ盾」が存在しても、「そんなもん知らん」と無視して矛で貫いてしまう、それが俺たちだ。
その力を俺たちは「神力」と呼んでいる。
とはいえ、世界に法則が設定され、安定すればするほど、それに反した事象を引き起こすのに必要な「神力」も増す。
当然、本来の力全てを持っていけば、混沌指数がいくらであれ、ほとんどなんでも可能だが⋯⋯今回は力の大半を置いていく。
持っていく力を制限することで、彼女の世界「キュブナイル」の混沌指数が、能力を使う難易度に直結する、ということになる。
十億分の一という、僅かに身に宿る「神力」を右手に集め──ナイフを創造した。
いや、82%でも、ほんのちょっとだが「神力」を消費した感があるな。
十億分の一ってマジで弱いな。
ちょっと先行き不安だが、仕方ない。
自分で決めた事だし。
「物質具現化は問題ないな」
「ねぇ、そんな検証はいいから、はやく、はやくー」
「はいはい」
人間体で初の「神力」使用に感動する暇もないなあ。
せかしてくる彼女のリクエストに応えるため⋯⋯
さくっ。
右手に生み出したナイフを、頸動脈を通過するように、横から喉に突き刺した。