魔王の娘と聖女の町
~現在~
案内人に連れられて、15人ほどの人が、長いらせん状の石階段をゆっくりと15分も掛けて登ってきた。最初20人いたが、5人は、途中で断念されたようだ。
「みなさ~ん、お疲れ様でした。最後の目的地です。砦で一番の眺望をご堪能ください。この風景を見ながら、私の解説に耳を傾けていただければ幸いです。」
砦で最も高い物見の塔てっぺんに着いた観光客は、思い思いの方向に散らばり、始める。360度の大パノラマを堪能し始めた。
「さて、それではちょっとここで注目、東に見えますのが、フィーリウス湖です。この湖は、北の泉からシーア川と呼ばれる川で繋がっていますが、元々は雨季のみ現れる湿原であったと言い伝えられています。川と湖は800年前に魔王の娘が奴隷によって作らせ、建設では多くの奴隷民が亡くなったそうです。そして、正面、南側がこの砦に繋がる都です。メッサリヨの町です。そして、そのさらに南に見えるのが、神聖都市トリニカです。それではここで……」
観光客は、それからしばらくの間風景を堪能して降りていった。
物見の塔、アリシアは、最期の戦いが始まる直前、避難してきた人達の一部をまだ日の上がらないこの場所に案内したことがあった。多くは彼女の親友や遊び仲間、そして避難で心が不安定になっていた子供達である。当然だが、多くの兵士や騎士は警備の支障を理由に、それを拒んだが、あの景色を見せれば、いつか其方等の部下になるものも居るかも知れぬぞ、それとも塔に子供が登っただけでも、其方等は仕事が出来ぬようなものなのかと、説き伏せたという。
昼間の今、風はなく湖面は穏やかに空色を反射していたが、アリシアが好いたのは、朝日が登り始めた時。薄い朝靄の中、キラキラとオレンジに輝く湖面に跳ねる朝日の散乱と、目を覚まし暖かい煙を吐き始めるメッサリヨ町の煙突の息吹が好きだったようだ。夕映えの風景もまた哀愁を感じさせられて綺麗ではあったが、アリシアが好んだのは闇から起き輝き始める時間であった。
観光客の目に映るメッサリヨと呼ばれる廃墟の町も、確かに幻想的であった。その向こう側に見える、大きく立派な建物のあるトリニカの町とのコントラストも独特の風情を醸し出した。しかし、当時のアリシアが見た景色は違っていた。今都市部となっているトリニカの地は、アリシアが土壌を整備し、町の者が荒れ地を耕し作った畑があったため、メッサリヨの方が人々の動く音や声、食事の匂いに、明るく栄えていたのだ。
宝珠や砦が、知っているのはここまでである。
ここからは、宝珠も知らぬ、今の世界の話だ。
アリシアの愛したこの地は、今も不幸なのではないかと思う人も多いだろう。実際に、アリシアの最後は不幸であったし、歴史の殆どは虚構で固められている。しかし、今の現実が不幸という訳では無いことだけは伝えておこうと思う。
むしろ、この地はアリシアの名誉こそ虚構だったが、最も幸福な地の一つと言っても過言ではない。少なくとも、800年前を境に、この地はずっと幸福な方向へ進んでいるのだ。それは、魔王の国とされた豊かな王国の名残は既にここだけだからである。
他の王国、魔王国領は、その後何度かの戦乱に巻き込まれその頃の遺跡は消えてしまった。魔王の娘討伐後、公国と連合によって魔王の国に対する領土争奪戦が繰り広げられたためだ。それらの国々が疲弊した後にも、さらにそれらの国を喰らった別の国がこの周囲で陣取りを続けた。愚かな争いは200年にも渡って断続的に続いたのだ。
ここが200年の戦火を逃れ廃墟として残り続けたのは、これまでの流れを見れば、呪われた地だったため避けたと思われるかもしれない。確かにそんな一面も当初はあったと考えられているが、最も大きかったのはここが聖地でもあったからだ。
現在、メッサリヨはアミズ民主連合国ウエイバ県トリニカ市の北側に荒廃都市メッサリヨとその砦として残っている。かつて、多くの人が住んでいたであろうメッサリヨ荒廃都市内には市の観光局といくつかの宿泊施設があるものの、大半は保護地区となっており、定住しているものは殆どいない。
それに対して、遺跡メッサリヨを内包するトリニカは人口15万人以上を抱え、今も町の裾野が広がり、人々が集まり続ける大都市となった。
トリニカとは800年前のこの地方の言葉で、聖女を表す言葉だったとされる。愛する勇者と、幼馴染みの魔王の娘の間での争いを止めたいと、双方に何度も説得をしたとされる。しかし、それも叶わず戦いは続き、最後は砦の地下で魔王の娘と勇者が戦う中、そこにいた避難民を庇い亡くなったとされる。
その、亡くなった聖女の遺骸を埋葬した地としてトリニカは生まれ、その聖女に教え導かれたものたちが集まって作られたのが、ミファエル神聖教とその総本山となるレイ教会神殿である。現在では荘厳な大神殿がドシンと存在感を示している。
この聖女の話だが、史実としての伝承は幾ら当時の公国やミルバ連合が残した多くの書物を探しても公式のものは何一つ見つかっていない。
尚、聖女の話が最初に大衆に広がったのは、ミファエル神聖教の開祖で、当時のトリニカ村初代村長であったトリニカ・フェル・ブラムス女史の伝記「聖女の軌跡」から始まった。この伝記では、今の聖女像に繋がる奇跡の魔法が3つ描かれている。
1つは、物や小さな生き物の時を止める魔法が使えたというものだ。
1つは、小さな擦り傷を癒やしたり、心を癒やす光る魔法だったそうな。
1つは、違う場所に人々を瞬間で飛ばす魔法であった。
この3つは、魔法学では実現不能とされている。ただ、当時は多くの民衆に受け入れられ、そこから多くの作家、魔法文学、科学に影響を与えたとされる。その後、この作品を元にしたと思われる作品が相次いだ。例えば、文学者シーリズミルによって書かれた「泡沫」や、冒険作家メルスが書いた「聖者の魔術と闇の剣」など、今でも有名な作品は多い。
そして、今に続くおとぎ話の元祖となった「聖女物語」と、絵本「ニカのまほう」が誕生した。これは現存最古の児童文学作家ユーファリアによって書かれた。
この作品は、この国はもとより世界に聖女の存在を伝えるものとなった。
聖女は、公式な史実には残っていない。ただ、聖女のモデルとなったものがいたことは、明らかであり、何故その事実が史実として残らなかったのかが、今も残る謎とされる。それに、本当にその奇跡の聖女がいたかも知れないという謎も今に残っている。
メッサリヨでは、毎年春~夏にプロメスと呼ばれる白花を冠にして砦の最奥にある円形の間にお供えするというミファエル神聖教の神事が1ヶ月間とり行われる。魔王の娘が犯した罪を許すと共に、魔王の娘に犯した罪の許しを請うという。
これが執り行われる期間中、砦とメッサリヨの町が幻想的に淡い白色の光に包まれる。それを見に多くの人が訪れるのだ。
もし、キミが興味を持ったなら、今度旅行に来てみると良い。魔王の娘と聖女が最期を遂げた地、トリニカへ!
ほ:「いかがでしたか?魔王の娘と宝珠の記憶。これで、お話は完結です。読んで頂きありがとうございました。」
???「ちょっと待った~。」
???「た~。」
???「まだあと1話残っていますよ。」
???「すよ~。」
ほ:「なっ、そんなはずは……あっ。」
???「ここからの話にあなたが関わることはありません。あなたは宝箱にお戻りなさい。」
???「そうだそうだ。帰れ帰れ。」
???「ばいば~い!」
ほ:「う~。嫌だ最後までみるんだ。うわぁ~~~」
???「行きましたか?これを宝珠に見せるわけにはいきませんからね。」
???「そうなの?」
???「そうです。お嬢様からの命令でした。」
???「なんか格好いい。」
???「次回最終話は04/27 17時、魔王の娘と、従者の約束です。」
???「絶対読んでくれよな!」
???「な~。」




