砦の城主と魔王の娘
アリシアは、8歳になりこの砦での生活にも慣れ、小さくとも立派な領主へと変わりつつあった。
そんな矢先、その不穏な話は毎週行われていた砦会議でもたらされた。
「魔王?父様が?」
「はい。」
アリシアは、砦の会議で諸国の噂を聞いていた。周辺国と戦乱を繰り返して領土拡大を進めてきた、ミルバ国が周辺属国、アリアン、タルスと軍事連合を組んだという話は聞いていた。そして、我が王国に、連合に入るよう圧力を掛けてきたのは、彼女が赴任して半年後のことだった。ただ、詳しい内容はこれまで父からも、宰相のアルへの手紙でも届くことは無かった。半年前に、父王自らがやって来て、この会議を開き、王都や諸国の話を聞いた時でさえも、こういった話はなかった。
この2年、この辺境は大きく変わった。
アリシアが赴任して、最初の半年でオリジナルの極大地形魔道を用い、砦近くにあった雨季に水没する地帯に、大きな池、湖を作った。地面を掘り、帯水層までクレーターのような大きな穴を掘り、帯水層にある水脈の流れる先、下流側を大石と粘土で固めることで、ある程度まで水が溜まるようにした。
さらに、そこに北の高地から流れ込む雨季には川となり、乾季には乾く枯れ湿原も水のある層まで掘り起こし、その下を石や粘土で覆い固める作業を行った。実に北に30キロ先の乾季でも枯れず水の湧き出す泉まで行った。
さらに、そこからメッサリオの南にある広大な荒れ地に畑を作るために水を供給する灌漑用水が作られた。池の名はアリシアによってフィーリウスと名付けられ、枯れ湿原の川は、シア川と呼ばれるようになり、灌漑用水はシア用水と呼ばれるようになった。これは、アリシアが魔道で整備したことから、周囲のものがいつしかそう呼ぶようになっていた。アリシア本人は恥ずかしがり、命名を変えるようにと訴えたが、結局、町民には広まってしまっており、なし崩しにこの名前が定着した。
雨季になると、フィーリウスは大きな湖へと姿を変えた。1年で、満水とは行かなかったが雨季と乾季が一巡しても、水は十分に残る程度の水を蓄えた。今年の雨季にはほぼ満水になったが、湖の護岸にある土の一部に水が浸透し、流れやすい層と粘土層を重ねた、人口帯水層を作り、その帯水層をせき止めた帯水層の先に上手く繋げたことで溢れることはなかった。
さらに今年はシア用水が完成し、1年前から準備していた大規模農地での作付けが開始された。今は、元々この地に自生していたマルモメと呼ばれる多年草の種と、主食であるテルコスを蒔いて育てているところだ。
マルモメはアリシアがやってくるまで、多くの人からは雑草として見向きもされていなかったが、一部の人々がこれで、細工物を作っていたこと、さらに種に魔力回復効果があったことが判明したことで栽培が決まった。マルモメはアリシアが市井を視察する中、子供やその親がそれで籠を作っていたことから注目を浴びた。魔力回復効果は、アリシアと共にやってきたマギニティの学者が調査した結果であった。
もちろん、ここまで見ると順風に見えるが、全てが容易に進んだわけではない。アリシアの父である王の苦労をアリシアは何度も味わった。最初、代官や豪族には、子供だと甘く見られたし、アリシアを汚い目でみる男や、幼いアリシアを派遣した王や王都の役人、貴族を馬鹿にするものも沢山いた。アリシアは、それらと根気よく話し、時に力を見せ付けて説得し続けてきた。そして、やっと皆との良い信頼関係が出来ていた。
だからなのか、これまで北の豪族の長が、父王が魔王と呼ばれているという噂を出してきたのだった。魔王。それは、太古に現れたという邪神の加護を受けた災いの権化だと伝えられている。
ただ、多くの歴史書を紐解いても、本当に居たという根拠はどれも乏しいものだ。そもそも、魔族という存在がこの世界にはないはずだ。アリシアはそれを知っていただけに、無意識に渋い顔をしていた。
「こら、シア殿下の前で何を不謹慎な。」
「あっ、いや、気にしてるわけじゃないわ。それより、詳しく教えてくれない?」
と咎める進行役の騎士を抑えて、アリシアは笑顔を浮かべ、伝えてきた豪族に続きを促す。
「それがミルバ連合国内では、この1年か、そういう喧伝が行われているというだけでえ。王国王は魔王の末裔だとか、辺境に娘を差し向けて、蹂躙しているという噂でえ。しかも次はミルバを狙っているとか何とかで、勇者を異界からよんだともいとったでえ。」
と、豪族は語った。その言葉に
「何という虚構を……。」「作り話も過ぎるわ。」「シア様は女神というのに哀れな奴らめ」
と、周りの役人や豪族が口々にしゃべり出す。皆感情を露わにしていたが、勇者という言葉にアリシアは引っかかりを覚え思考の海へと沈んでいた。
彼女は、父や宰相との手紙を月に1度ほどやりとりしていた。その中で、当初は1年に1度王都に戻る予定だったことを思い出した。しかし、直前になって急遽中止された。
当初は、特段の問題があるとは思えず、むしろ辺境の民を思うと、一月近くも掛けて王都を往復するより、成果が出てからと喜んだが、半年前の父の痩せた姿にも少し驚いた。少し前に風邪を引いてねと笑っていた。彼女はそれを聞いて父を診察した。どこにも病気は無かったが、大事を取って血のめぐりを良くする魔道まで掛けた。しかし、今思うと何か別の心配があったのではないか……?何かある思い出せ……。
「!」
彼女は今でも同世代の子より、敏い子であった。父王は、何かを隠していた。それはきっと……。
「父上とアル伯父さんに手紙書いて、それから私が王都に戻らないと……」
彼女は、表情暗くなり、小さくぼそりと声を出していた。それを聞いた臣下や豪族は、
「どうされました。」「お主が変な事を言うから。」「我々は皆、魔王などと思っておりません。」
と、いつもの天真爛漫な笑顔から、急速に変わっていく彼女の土気色の顔を案じて、オロオロしていた。アリシアは気が付いていなかったが、会議に出る豪族は既にアリシアの虜であったが、それにアリシアが気が付く余裕もなかった。
***********
アリシアは、泣いていた。いや、彼女だけではなく、彼女の侍女であるマルフェもまた彼女を抱き寄せ、泣いていた。父が王が、いや王都がなくなった。勇敢なるもの、勇者によって殺されたと……。そして、勇者の名の下に王都は蹂躙され、地方もまた今まさに蹂躙が始まっていることを知った。
これは、魔王の話を聞いてからたった3ヶ月後のことだった。あの会議から、数日後に豪族の1人よりもたらされた王都が侵攻を受けていると話があった。アリシアも王都行きを準備していたこともあり、その伝令が戻らない状況から、王都またはその道中で何かが起きている事に気が付いていた。
「今すぐ帰ります。」
と何度も喉元まで出掛かったが、もし事実なら出立してはならないことを、王都で十分い学んでいた。
アリシアの側にはマルフェと騎士長のベイクンが左右に仕え、今、目の前に居るのは2人、そのうちの1人は2年前と変わらぬ姿の「ばあや」だ。彼女は王都王宮での唯一の生き残りだった。父様……国王は、ばあやに伝令を託し勇者と称する者どもの前に散った。父様、国王は魔王などではなく、民を愛し魔道も苦手だったのに……。アリシアは涙が零れぬようギリギリと強く歯を噛みしめ、拳を握っていた。
「魔族狩りと称して、人殺しが横行した。あれは人の所業でねー。あれは、魔王と悪魔とかわらん。」
と、ばあやは呟いた。
「王都陥落後は、方々の領地が降伏したが、どの領地の民も男は良くて奴隷落ち、女子供は陵辱され殺された。そして、連合国家で集められた新しい民が、その地へ入植し始めております。」
ばあやと共に、逃げ延びた隣州のザルツ公爵家、三男はそう言って下唇をかみ、拳に力を入れて震えていた。アリシアは、砦の執務室で側に付けていたマルフェと、砦の騎士長ベイクンと2人の話を静かに聞いていた。いや、アリシアは必死に耐えていたが、マルフェは次々と語られる残虐な言葉に耳を塞ぎ、先ほどから放心して座り込み涙している。
ベイクンは顔を上げ、天井を仰ぎ見て、ザルツ公爵三男と同じように拳に力が入りブルブルと震えていた。
話の最後に、
「今や、この国の王はアリシア様です。すぐにここを逃れ、公国への亡命を……」
と、ザルツ公爵三男は悔しさで詰まりながらもこう言った。アリシアはその言葉を聞いた後、
「よく、生きて来られた。ザルツ家三男のトルイであったか、その方はこれより、ザルツ公爵家当代と王国宰相を任命す。追って沙汰を出す。本日は休みたまえ。ミファエル宮廷魔道士長、伝令ご苦労そなたには、砦魔道師長の職を与える。そなたも休みたまえ。ベイクン騎士長彼らを部屋に案内せよ。……それから、ベイクン騎士長、其方はこれから元帥に任命する。また、この辺境砦を仮王城と定めること、今より2刻後に会議を行う故、砦の諸侯と豪族に伝え招集を伝えよ。」
と少しばかり震える声で、うるうると涙を堪えてではあったが、しかと3名を見渡し、威勢強く命じた。
騎士長、ザルツ公爵、ばあやことミファエル宮廷魔道士は、このアリシアの顔を見て、これまでの怒りや、悲しみ、絶望に震えていた顔を拭い。
「「「はっ」」」
と、応え退出していった。
そこからが、冒頭の状況だった。アリシアはマルフェの側に寄り、耳を塞ぎしゃがむマルフェの肩を寄せようとした。しかし、アリシアの小さな体では、15も年上のマルフェを抱き込むことは出来ない。
「お嬢様、侍女である私の方が取り乱し申し訳ありません。」
覆うようにアリシアが振れたことに気付いて、やっと耳元の手を離して、涙ながらに微笑み言った。そんなマルフェを見て、みるみるとアリシアの目に涙が溢れた。それに呼応し、マルフェはアリシアを抱き寄せた。アリシアは、ワンワンと泣いた。その声は執務室を抜け、外で部屋の警備をする兵にも伝わっていた。皆が怒りと悲しみに耐え、沈み、妥当連合を掲げた。
***************
「公国への使者は?」
「共同条約は蹴られました。ただ、不可侵条約であれば締結可能とのことです。また、亡命を打診したところ……」
「それで良い締結しておけ。亡命はせぬ。」
「よろしいので?」
「構わぬ。どうせ、領民を寄こすならと連合に言われておるのだろう。今となっては、王国の産業も残っておらぬ。彼らが我らを受け入れる理由もないわ。」
「しかし……」
「くどい。それでよい。」
「はっ」
「もうよい。すぐに返答に行け、良いな、連合の通商使節より先に不可侵条約を結べ。」
あれから時間は経ち、アリシアは、先日数えで10歳になった。
条約使節の伝令対応を終えると、ため息をつきつつも、先ほど渡された軍備と糧食の書類を見ながら執務室の椅子に座る。アリシアの体に合わせて、小さく作られたその席で、彼女は日々辺境の王女として、威厳を振るうのに腐心していた。王と陥落を知るまで、幼く子供のようなしゃべりをしていた彼女だったが、今は砦会議で近所のおじさんと、孫や子程度の関係になった豪族や騎士とのやりとりに留まらず、外交使節、砦に徴兵された軍や、王国の敗れた周辺領から逃げ逃れた民や貴族が増えていた。その上、連合の脅威も迫っている手前、アリシアのしゃべりは、あの日以来、国家元首、君主のそれへと変わっていた。
砦の町にとって幸運だったのは、荒れ地の作物が想像より大量に収穫できていることだった。だだっ広い荒れ地に作られた農地はアリシアとばあやによってさらに開拓され、逃げ延びた王国民が増え、既に人口が3倍に膨れ上がった辺境の地でも、十分に食べていける程度の生活は与えられていた。
既にこの辺境を除く王国領はそのほぼ全てが、滅ぼされ入植地となっていたが、辺境はアリシアの極大防御結界と、ばあやの精神結界によって悪意のあるものを拒む体制が作られており、守られていた。
それでも、連合軍が引く気配は無かった。戦線においての朗報は、異界からの勇者と呼ばれたものが去ったというそれだけだった。アリシアや辺境領の民にとって、それは本当に勇者であったかも怪しいものだったが、既にこの辺境しか領土のない王国にとっては危機的な状況であった。
これまで良好な関係を築いてきた公国は、国力の衰退と共に王国と距離を置き始めていたからだ。
アリシアの目下の悩みは、公国との関係悪化である。もし、公国が裏切れば、この国は詰むだろう。最低限の食料や水はあっても、塩や肉は十分に得られないからだ。多く取れる農産品と輸出と引き換えに、そういった足りない物資を辺境は望んでいた。アリシアが書類を眺めながら、想いを巡らせていると、執務室の戸が叩かれた。
「お嬢様、お友達がいらっしゃいましたが、どうされますか?」
「分かった。今行くわ。」
入ってきたマルフェに、そう伝えると彼女は、資料を片付ける。
彼女は、今も市井との交流を続け、同年代の子供との関係を持っていた。今日は、最初に市井で知り合った彼女の親友、シリーとユーファが彼女の部屋で待っていた。
「ごめん。待たせた?」
「ううん。大丈夫。」「私達も今この部屋に案内されたとこ。」
とアリシアを迎えた2人は、クスクス笑いながら言った。この時間、毎日のように市井の子供達が数名やってきた。本当に僅かな時間だが、アリシアは彼女達から、市井の遊びを教わったり、おしゃべりを楽しんでいた。これは、幼いアリシアを想いマルフェとばあや、いやミファエル、ベイクン、宰相トルイ=ザルツがアリシアのために作った時間だった。ミファエルやマルフェの言葉に、アリシアはちっとも平気だと言って、固辞しようとしたのだが、
「アリシア様がこれを認めていただけないなら、私は騎士長を止めねばなりません。」
と、ベイクンに言われたことで、渋々呑んだのだった。
「王たるもの、息抜きすることも必要である、王が息抜きをせねば、騎士達も市井の領民も休めません。」
との、宰相の言葉にはなるほどと納得した。その成果がこれであった。
時にアリシアが、砦の外に出かけることもあったが、戦時故、結果的に仲の良い子供が砦にやってくる形に落ち着いた。これで、アリシアの精神は十分に落ち着いたようだった。
日頃眉間に皺を寄せ、大人より大人びた行動を取ることが多いアリシアだったが、この一時だけでも子供らしい笑顔を見せることも増え、それを見守る、砦の騎士と兵、はたまた砦の外で子供達と遊ぶ姿を見た領民達は、それを糧とし、砦の要塞化や、防御陣の準備、糧食となる農業により力を注いだ。
***************
アリシアは、その日、自室でミファエルの部下となった、口ひげ紳士ハットおじさんこと魔道大隊長と食事をしていた。本来なら姫の私室に兵が入ることはないが、既に砦の部屋数は足りなくなり始めており、最近はこのようなことが時々発生していた。
今、アリシアはオリジナル魔道の質問責めを受けていた。日頃は、アリシアの部屋を訪れる子供達から、口ひげおじさんんとか、ハットおじさんと呼ばれているが、本人は知らない。ちなみに、年の功は22で、彼女はいるが結婚はしていない。
そんな、彼から先ほどまで行われていた軍議で質問を受け、議題の進行に差し支えてはいけないと、アリシアが
「魔道の件は、後ほど個別で良いか?」
と、大人対応で応えた。そして、軍議が終わり昼食を共にしながら、質問に答えることとなった。しかし、今アリシアは後悔していた。既に自分のオリジナル魔法について20もの質問攻めに遭っていたからだ。
「次は保存の魔道の効力だったか?」
「はい。教えていただきたく。」
「物とかを丈夫にする?かな?たぶん。」
とアリシアは首を傾げて応えた。アリシア自身も、どこまで効果があるのかはよく分かっていなかったからだ。
「それは、道具だけですか?」
と身を乗り出して聞かれるので、アリシアはちょっと引き気味にどうどうと手で合図をする。「失礼しました」と彼は下がる。既にこの光景は17回目である。最初は後ろに控える、マルフェが、アーミーナイフを投げ、左耳を掠めるという辞退にまで発展したが、17回目ともなると、誰も反応しなかった。ただ、彼が結婚できないのはこういうことだろうと誰もが思った。閑話休題。アリシアは、もぐもぐと口を動かしながら、大隊長の言葉に首を振って応えた。
「うんにゃ、そりゃは」
「お嬢様!」とマルフェに叱られた。
「-ゴックン-失礼。いいや、それは人にも生き物にも出来るぞ。但し、時間を止めるみたいなもので、丈夫にはなるが動けなくなる。だから、兵に使っても人形になってしまうが……あっ、関節とかは外から動かせるぞ。ほらっ、こんな感じ。」
といって、大隊長に魔道を掛けて見せた。大隊長は水を一口飲み干そうとした体制で固まった。
「……」
「声は聞こえていると思うけど、どう?」
「……」
「うん、わからん。ほれ。」
と、言うと大隊長は動き出し、盛大にむせた。
「ゴホゴホ……なっ、ゴホゴホ……」
「あっ、何かごめん。違った、すまん。」
「ハアハア、痛かった死ぬかと思った。」
「本当にすまん。」
「いえ、分かりました。声は聞こえるけど、動けなくなると。」
「そうそう。」
「これは兵には使えませんか、では物だと、どのぐらい持つのです?」
「それは、込める魔道力次第?だと思う。例えば、この椅子に今魔道を目一杯込めると、うんとこ。ほい。これで、マルフェ、大隊長、これにちょとだけ、傷を付けてみて。あっ、大事なものだからちょっとだけだよ。」
と、王都の職人友達がくれた椅子から、彼女は降り、2人に攻撃を命じる。マルフェと大隊長は、ナイフなどで最初は軽く、椅子に傷をつけようとしたが、付かなかった。徐々に大胆に攻撃を掛けたが付かず、最後はアリシアもそんなはずはないだろうと、試したが小一時間やっても、傷は付かなかった。
「と、まあ、こんな感じかな?」
「はあ……これは使える?」
「あっ、でも砦全体にこれほどは無理だからね。強化や保存の魔道力を込められる量は材質によって0.3~1万魔道ぐらいまでと違うし、体積や範囲が広いと漏れちゃう魔道が多くて効率も悪いから。この椅子ぐらいしっかり詰まったものなら、抜けも少なくて良いけど……あっ。周囲の魔道を吸収して放出する魔道とか、面白いかも……今度、町にかけて見ようかな?イルミネーションに使えそう。」
アリシアは、何かを思いついたようにニヤニヤと笑みを浮かべた。それを見てマルフェが、頭を抱えていたが、大隊長は深く考えないことにして、
「後半は、何を言っているのかよく分かりませんが、全体に使うのは難しいということのようですね。」
と述べると、アリシアも
「武器の補強ぐらいならやるよ。」
と、堅苦しく言うのに飽きたのか、子供っぽく答えた。
「お願いします。では、最後に……」
という大隊長の言葉にアリシアはウンザリという風にこう言った。
「まだあるの?」
「これが最後です。」
アリシアの嫌そうな顔に、頭を苦笑しながら、最後の質問を始めた。
「イルミウンタラも、新魔道案のようですが、我々に見せていない魔道を、まだお持ちですね?」
と、真剣な表情で質問された。アリシアはぎくりという表情を一瞬見せたあと、
「な、なんのことかな~?わたし、子供だからわかんな~い。」
と、てへぺろと舌を出して見せた。
「子供みたいな冗談は止めていただけますか?これは大事なことです。」
と真剣な表情で言う彼に、彼女の表情も真剣になり、
「いや、私、まだ子供だし――」と少しふて腐れた顔をしながらも、少し何かを考えてから言った。
「ある。しかし、理由あって言えぬ。すまん。」
「ではいくつありますか?それぐらいなら教えていただけますよね?」
と尋ねると、頷いてから「ちょっと待て数える」と何やらブツブツ言いながら考え始めた。
「う~ん。100、いやあれってシリーズが……200だった?でも、シリーズって応用だし、誰でも出来るから、外す。あっでも、……うん。」
「新魔道体系は12、そこから応用が600かな?あっ、大隊長やミファエル魔道士の使うどかーんとか、ちゅどーんどかいうのは私無理だから。癒やしと守り専門だから。」
とアリシアはニコニコしながらいった。それを聞いて、マルフェと大隊長は呆然とした。
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アリシアとばあやは、極大防御魔方陣を肥沃な農地へと変わりつつある僻地農場の端から、フィーリウスの湖に掛けて張り巡らせ、何人たりとも魔方陣の内側に入れぬように対策を施していた。最近、その防壁に大規模魔道をぶつけてやぶろうとする連合の攻撃が増えていたが、領民達は勤めて平静に過ごしていた。また、遂に恐れていた公国も王国、いや真王国に宣戦布告を行った。
不可侵条約の締結が行われるより、二日早く連合側の使節との戦時同盟が結ばれたのだ。遂に、王国辺境は風前の灯火へと変わったが、むしろアリシアと領民の絆は増していた。降伏しても死、最後まで戦っても死なら、皆で死ぬという決意が領民にはあった。アリシアや砦の騎士も、非常糧食の多くまで解放し、最後のその日が来たとしても、希望を持ち生き抜こうと努めて明るく過ごしていた。いつしか、この結界の中は、不思議な一体感と心地よさに包まれ、皆が鍛錬や農地での作業、日々の生活に精を出していた。
そんな中で、アリシアはミファエル、(いや今日はばあやと呼べと言われた)から、禁断の魔道を教わることになった。自らが作り上げた湖の畔で、ばあやはアリシアにその魔道の話しを始めた。
「死出の魔道?」
「わしはもう使えぬがな。人生で2度は使えぬ魔道じゃから。」
「どんな魔道。」
「みなを幸せにする魔道じゃ、何でも1度だけ願いが叶うんじゃ。そなたが望むことが1度だけじゃ。」
「ばあやは使ったことがあるってこと?」
「そうじゃ、わしがいまここにおるのは、それをつこうたからじゃ。」
「アリシア、よくお聞き、この魔道は今やアリシアそなたしか使えぬ。わし、わたしのわしら王族の血を色濃く継ぐのは既に其方だけじゃから。」
「それはばあやが曾婆様だから?」
「うん。アリシア、今なんて言うた?」
「曾婆様だからかと……もしかして、秘密でしたか……」
ばあやは、心底驚いた表情をした後に、首を振ると、しわがれた右手でアリシアの髪を軽くなぜ、左頬に優しく触れ、穏やかな笑みを浮かべて優しく言った。
「其方、いつから気付いておったのじゃ。孫のビクティも息子も気付かなかったというのに。」
「幼い頃、母様が曾婆様だと、教えてくれました。ばあやと呼びなさいと。」
「そうかい。」
と、ばあやは湖の先を目を細めて見つめた。きっとこの先にある今はなき、王都や母様のことを想っているのだろうと、アリシアは想った。暫く、ばあやはそうして、黄昏れたあと、静かに口を開いた。
「その通りさ。私は、死出の魔道を1度使ってるからね。そのせいで、老女になっちまった上に、息子や息子の嫁、その孫より長生きする体になっちまったがね。」
「この魔道は、体内の魔道力ではなく、周りの人の死から解放された魔道の残滓を触媒にする禁断魔道じゃ。多くの人が死にゆくときに、其方が其方の父から、受け継いだ珠のそばで願うだけで良い。最後に願ったそれが、ただ一つ叶う。」
-文字通り死んで出来る魔道さ。私が願ったのは、自分と息子を生かすことだったと思う。-と、ばあやと御爺様は、1度闇討ちにあい、死にかけたそうだ。その時に宝珠に願った結果、自分はみすぼらしい老婆の姿になったそうだ。ばあやは、老婆の姿になったことで、王妃という立場を外れた。当時の王は、曾祖父はそれを知っていたそうだが、曾祖母は死んだことにしたそうだ。そして、彼女は魔道が長けていたこともあり宮廷魔道士になった。名を、ミファエル、宮廷魔道士の肩書きを持ち、王家に嫁ぐ前に、市井で薬師のまねごとをしていたことから、薬師兼産婆となったそうだ。
父上が生まれるときに始めて、産婆のまねごとをしたと笑っていた。
アリシアはここまでの話を聞いて、ゴクリと生唾を飲み込んだ。ばあやはアリシアより遙かに長い時間、王である、お父様より多くの時間を生きていた。約80年ずっと同じ姿の老人、死出の魔法による呪いだと言いながら笑った。
「本当なら、ひ孫にここまでの話をするつもりはなかったよ。でも、そいつは持ち主の最後ののぞみを必ず叶える呪いがあるからね。だから、先に言っておこうと思ったのさ。」
ばあやの声が、若返り少しずつ高くなっているような気がした。
「いいかい。自分の将来を願ってはいけないよ。」
「それは、将来必ず後悔に繋がるからね。」
「曾婆様声が……」
「ああ、解けかかってるんだね。」
ばあやはそう言って笑みを浮かべた。年若い女性の成りをしたばあやは、ばあやではなく、まるで母のように美しかった。
「もしかして呪いで死んじゃう?」
「何言ってんだいこの子は、わたしゃまだ死にはしないよ。魔道が解けただけさ。」
と、ばあやの張りのある手が私の頬を抓った。
それからは、大変だった。 ミファエル婆が若返ったのだから……ばあや、ミファエルはアリシアの魔道が暴発したと適当なことを言って、誤魔化した。アリシアは、
周りのものは皆、「アリシアなら」「姫なら」「お嬢様、またやらかしたんですか?」と納得し、「出来れば私にもその魔道を」と申し出るものも沢山いたとか。
結局、ミファエルはアリシアと同じぐらいまで若返ったようだった。何故そこまで若返ったのかは分からなかった。
外の魔道防壁が破られたのは、それから3日後だった。砦に避難した領民は、子供と女性が中心だった。砦の外は、義勇兵と傭兵、志願した農民や町民が連合軍と戦っている。アリシアは、砦の自室と執務室、領民の避難所以外に行くことを砦の騎士とミファエルから禁じられた。
「王を守るのが我々の仕事です。」
「王の手は汚しません。」
「アリシア様をお守りするのが我らの仕事です。」
「王女様、避難所の娘をどうかお守り下さい。」
と、皆に止められた。避難所での炊き出しもアリシアは積極的に行おうとしたが、皆に断られた。守られているだけは嫌だと皆は口々にアリシアに伝え、自らの仕事を探して率先して動いていた。アリシアは知らぬ間に辺境領の人々に愛され、アリシアもまた人々を愛おしく思っていた。互いにそれに応えるため、アリシアもまた皆を守るため必死に防壁に魔道を送り続けた。
砦の西端が破壊されたのは、籠城一週間が過ぎた頃だった。ミファエルが討ち取られたことで、辺境砦の防壁バランスが崩れたのが原因だ。それと同時に、多くの敵軍が砦内になだれ込んで来た。
アリシアは、領民の避難所内に小さな魔道防壁を張って前に立ち守り続けたが、3時間にわたる奮闘虚しく彼女の魔道は失われた。アリシアが魔道力を失うと、すぐに彼女めがけて多くの矢が向けられた。そのアリシアを庇うように数名の領民達が飛び出し、アリシアを庇う。それを助けようとアリシアが前に踏みだし、領民に手をかざそうとするも二射、三射と浴びせられる矢に彼女も倒れた。そこに敵攻撃魔道士による光弾の魔道が降り注いだ。
王国領民ともに彼女の人生はそこで終わった。後には黒い消し炭のような人だった痕跡を持つ物が残っていたという。アリシアの生涯は数えで10年、今の齢では9才と2ヶ月ほどで閉じられたのである。
領民を守りはしても、戦闘に参加しなかったアリシアが何故残虐非道とされたのか?それは若返りし、ばあや、ミファエルがアリシアであると連合軍は思いこんでいたのか、それとも、罪悪感を減らすための嘘だったのかは分からない。連合が何故アリシアを非道と言ったのか、宝珠にも記録はない。
記憶の宝珠に残された記憶の断片はあくまで魔王と魔王の娘と呼ばれた2人のものしかないからだ。記憶の宝珠は持ち主とその先代の記憶を、未来に残すことが出来る、失われた王国の秘宝である。だからこそ、所有者であるアリシア亡き後の話は分からない。
もしも、この宝珠が見つかる日が来るならば、きっと魔王国と呼ばれた王国は、悪を倒した勇者と連合の物語における悪から一転し、悲劇の国へと変わるだろう。だが、今後暫く宝珠が見つかることこれからも無さそうだ。
それは、アリシア最後の魔道を宝珠が聞き遂げたからに他ならない。
彼女は最後に何を願ったのか。それは、アリシアの願いが完遂され、次の所有者に宝珠が渡ったとき、それを手にした者だけが知ることだろう。
ほ:「今回はばあやことミファエルさんにお越し頂きました。」
み:「どうもじゃ。」
ほ:「どうですかこの作品。」
み:「暗いの。それに山場となるところがない。ストーリーが断片的で良く分からん。」
ほ:「でしょ!そうなんですよ。だって宝珠の記憶って血のつながりがないと全部見えないそうなんですよね。だから、見える部分と見えない部分があるそうです。」
み:「なんで、そういう大事な設定を本編中に出さないんじゃ。」
ほ:「だって、ミファエルさんも知らなかったじゃないですか、出しようがないんです。そういう設定にすることで、文字が多くなってげんなりするミファエルさんの格好いい、戦闘シーンとか、我最強とかいっていたところとか、壁の上に登って魔道を放つとき、魔道着のスカートが風に揺れて、下にいた騎士や敵からパンツ見えてたシーンとか、カットしたらしいですよ。よかったですね。」
み:「……」
ほ:「次回の投稿は04/21 17時で魔王の娘と聖女の町です。」