第9話『決着』
このゲームに引き分けはあり得ない。
「…は?」
理解不能だった…メールの内容があまりにも突飛なもので、自分は文面を脳で処理するのに多大な時間を要した。
メールにはこう書かれていた。
“娘 大橋奏 は、本日 12月9日 に永眠いたしました。本人からの頼みなのですが、お伝えしたい事がありますので、この街の市民病院の401号室にどうかいらしてください。”
当然、すぐには受け入れられなかった。彼女が死ぬ理由なんてどこにもなかったはずなのに…
大橋奏は死んだ。
「嘘だ…」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!!!!!」
すぐさま近くの病院へ走り出す…《首吊り公園》の裏手にある市民病院だ。
…そこでまた、自分は信じられない異様な光景を目の当たりにする。
「何だよ…これ。」
…病院の入り口には、“大量の血痕”がそこらじゅうにあり、辺りは酷い臭いだった…“血みどろ”というのは、まさにこういうことを言うのであろう…病院に勤める人達が汚れを落とそうとしているが、この様子では相当時間がかかりそうだ…
恐る恐る病院の中へ足を進めると、床には何かが這うように血の跡が残っており、同様に看護婦が総出で掃除を行っている…もし、これが全て大橋奏のものだとしたら?
震える身体を抑えつつ、床に残る血痕を辿った…血痕は階段にも付着しており、まるで階段を転がり落ちたかのようにも見えた…そして、それを辿るうちに、ある病室へたどり着いた。
(401号室…)
病室のインターホンを押すと、ゆっくりと扉が開き、1人の女性が顔を出した。
「…どちら様?」
「…雨宮 凶介と申します…大橋奏…さんの…友人です。」
「…ああ、あなただったのね…メールのお相手さんは…」
「……」
涙ぐんでいる母親らしき人物の横にあるベッドの上には、血の滲んだ包帯で頭部を巻かれた遺体が安置されていた…
「…これは、死んだ娘です。」
全て、本当だったんだ…
「…娘は、自殺しました。」
「…自殺?」
「…懐に隠し持っていたナイフで頸動脈を切り、大量出血による失血死を遂げました…」
「一体…何故そんなことを…」
「…彼女はきっと、《病気》によって死ぬことを拒んだのでしょう…」
「《病気》…?彼女が?」
「ええ…娘は___」
「末期の《肝臓ガン》患者でした。」
「…癌?」
「肝臓は“沈黙の臓器”とも呼ばれていて…異常があってもなかなか自覚症状が現れないんです。…気づいた頃には既に癌が進行しており…」
「……」
…何もかもが理解不能だった。
…彼女が末期のガン患者…?
…死因はナイフによる失血死…?
…この女性の口から吐き出される言葉の羅列は、どうも頭に入ってこなかった…。
…今はただ…大橋奏が死んだという事実だけが脳内で反響する…。
「それでも、娘は生きることを諦めませんでした…しかし、《吐血》や《強い黄疸(皮膚等が黄色くなること)》、《足のむくみ》や《激しい腹痛》など、末期症状が現れ始め…彼女は抗がん治療をやめることにすると自分の意思で決めたのです。」
「!…」
その症状には、いくつか心当たりがあった…
首吊り公園で会った時に気付いた彼女の《異様に黄色い肌》…
商店街での《足のむくみ》を改善するためのマッサージ…
自分は知らず知らずのうちに、末期のガン患者としての彼女の片鱗を垣間見ていたのだった…
あの楽しい時間の中でも彼女はずっと癌と闘っていた事を知り、自分は彼女の「本当はいっつも苦しい」という言葉の真の意味を理解した。
「彼女は、最期に一度だけ、学校へ行ってみたいと…いつか行けると信じていた憧れの場所へ…そこで、あなたを見つけたようですね。」
「…その話は、娘さんから?」
「いえ…彼女の日記です。日記…というよりは、メモ書きのようなものでしたが…」
そういうと、大橋奏の母親は、病室の日めくりカレンダーに目を向け、日付を一枚はぐった。
すると、カレンダーには言葉が添えられていた。
「抗がん治療をやめた日からずっと書き続けていたようで…読んでみて下さい。」
「……」
“20”と大きく数字が印字されたページからその言葉は書かれていた。日めくりカレンダーだから月は書かれていないが、恐らく11月に書いたものだろう。
(11月)20日(月)
“そろそろ私の人生も終わりを迎えようとしているようです。正直もう少し生きていたいけれど、薬で動けなくなるくらいなら、残り少ない人生を意地でも楽しんで生きてやるぞ!”
「……」
自分は、彼女がかつて「《アイツ》を受け入れることにする…この意味は時期にわかるよ」などと言っていたことを思い出した…これは、癌で死ぬことを受け入れ、延命治療をやめるということを示唆していたのか…
それから何枚かページをめくると、自分が初めて大橋奏と出会った日に辿り着いた。
そこから先の内容は、思い出すだけでも辛かった…